エイジ



第一話

(一)

 彼が最初に感じたのは光だった。
 次いで、その光をさえぎる影が自分の顔の上に落ちてきて、まぶしさを多少感じなくなる。
 それでも逆光の中にあって、自分を見下ろしている相手の表情を見分けるのに、しばらくの時間が必要だった。
 逆光の輪郭から相手が女性であるらしい、彼がそう見当をつけたのとほぼ同時に、頭上から「大丈夫ですか?」と涼やかな声が聞こえてきた。
「一応、生きているみたいだけど、大丈夫かどうかは自分でもわからない」
 彼は率直な感想を述べてみる。己の口から発せられた声は自分で想像していたよりも張りがあり、しっかりしていた。
 そう自覚すると同時に、背中に伝わる砂の感触、吹きぬける潮風の香り、波の音、身体に容赦なく降り注ぐ陽光の熱量などを一挙に感じた。
 五感が本来の役割を取り戻すにつれて明瞭になっていくようだ。
 夏を思わせる激しい太陽の光の元、砂浜に仰向けに寝転がっているのだ、と彼は自分の置かれた状況を理解する。
 彼の上半身は裸だった。腰から下のズボンも、まるで長年にわたって風雨にさらされたかのように擦り切れてしまっている。
「それにしても暑いな」
 ふと呟きが漏れる。さすがに南洋、十二月にしてはやけに暑いなと感じる。が、なぜここが南洋で、十二月だと決めつけられるのか、とっさに判らなくなる。
「それだけはっきり喋れるようなら、大丈夫ですね」
 見下ろしている女性の声に、安堵の色が含まれる。
 彼はあらためてその顔に視線を向け、目を細めて焦点を合わせる。ぼやけ気味の視界の中にあって、女性の顔をはっきりと認識するまでに、多少の時間を要した。
 かがみこんで顔を覗き込んでいるのは、すらりと長い四肢の、垢抜けた面立ちをした女性だった。肩胛骨にかかるあたりまで伸ばした癖のない髪が潮風になびいている。
 声音からの想像通り、年のころは十代後半といったところか、と彼は見当をつける。
「どうかな。ここがどこかもわからないんだ」
 そう応じてから、自分が何者なのか、どうしてこの熱い砂浜の上で寝転がっていたのか、なにも覚えていないことに気づく。
(忘れた? いや違う。俺の中には、記憶は何も存在していない。最初から――) 
 胸の奥、すなわち心臓のある部位に奇妙な痛みが走る。
 ――その問いに、今答えよう。
 どこからともなく、あえて言うなら痛む胸そのものの中から声が聞こえた。
 誰何の間を与えることなく、その声の主の仕業によるものか、頭の奥にはじけるような感触が満ち、視界が暗転した。
 同時に、自分が何者であるか、どんな経験をしてきたのかが一挙にあふれるように頭の中に満ちていく。
 甲子園を舞台に全国大会で各地の好敵手たちと鎬を削った中学時代。
 草薙球場で大リーガー相手に一歩も引かず、その名声を一挙に高めた試合。
 二度の米国遠征と、職業野球選手としてジャイアンツに在籍し、ペナントの行方を争った日々。
 召集を受けて赴いた異国の戦地。
 銃弾に撃ち抜かれた左掌。手りゅう弾の遠投で痛めた右肩。
 野球選手として思うに任せない不本意な戦績。そして、またも召集。
 人の一生をひとまとめに再体験する、異様な感覚にしばし呆然となる。
 そして最期の情景が訪れた。
 乗っていた輸送船が、おそらくは米軍の潜水艦が放った魚雷によって攻撃され、船室に満ちる海水を前に成すすべも無く沈んでいった記憶――。
(俺は、俺の名前は……)
 それらの記憶を辿りつくすまでに、いったいどれぐらいの時間が流れたのか。
 我に返った彼はふと、先ほど笑みをみせたはずの女性が、いまは表情を曇らせて様子を伺っていることに気づいた。その様子に、いたたまれない思いを抱く。
 いかなる理由があっても、彼女にそんな顔をさせてはいけない。そんな使命感にも似た感情がわきあがり、彼は無理に自分の表情を明るくさせた。
「エイジ」
「えっ?」
「俺の名前。どうしてここにいるかは判らなくても、名前は覚えていた。ところで、君の名前は?」
 努めて軽い口調で、彼――エイジは言った。
「小島(こじま)紫吹(しぶき)といいます」
「ありがとう。君がいなかったらこのまま日干しになっていたかも知れない」
「ふふっ。普通はその前に目が覚めますよ」
 表情を緩めて、女性、――紫吹はそう答え、手を差し伸べてきた。
 エイジがその意味を理解する為には、紫吹の言葉を待たねばならなかった。
「立てますか?」
「あ、ああ。なんとか。小島さんの手を借りる必要は無いよ」
 ようやく自分が寝転がったままであることに気づいたエイジは、強張った上半身を自分だけの力で起こした。それから、動作を確かめるようにゆっくりと立ち上がる。
 まだ身体が自分自身のものでないような違和感がある。事実、記憶の中にある酷使に擦り切れた身体とは異なり、若々しい気力が体内に満ちているような気がした。
 そう、あふれんばかりのエネルギーをもてあまし、登板の後にしばしば発熱して寝込んでいた年代の身体に思われた。
「いったい何が起こったんだ……? 俺は本当に生きているのか?」
 意識を取り戻して以来、遠回りしていた疑問があるべきところに戻ってきたせいで、ついそんな呟きが漏れる。
 なぜ死んでいるはずの自分が、こうして実体のある人間としてここにこうしているのか?
 第一、輸送船はかなり沖合を航行していたはずだ。意識を喪った後に奇跡的に沈む船から脱出できたとして、その後で砂浜に流れ着いたということなのか。
 だが、己の存在を目で確かめるかのように眼前に掲げた左掌には、中国大陸に出征した際に彼が銃弾によって負傷した跡がはっきりと残っていた。
 幽霊でも生まれ変わりでもないらしい。
「もしかして、記憶が戻らないんですか?」
 エイジの態度に不安を抱いたのか、紫吹が表情を伺いながら、そう訊ねてくる。
「え? いや、ああ。どうもそうらしい」
 自分の置かれた立場を飲み込めないながらも、エイジは咄嗟に嘘をついていた。彼女に本当のことを言うとかえって状況がまずくなる、根拠はないが、そう直感したのだ。
「そんな……。とにかく、病院に行きましょう」
 表情を強張らせた紫吹は、思いつめた口調でそう提案する。いや、提案などという半端なものではなく、有無を言わせずエイジの手をとり、引っ張っていこうとすらしていた。
「いや、しかし」
 言いよどむエイジに対し、紫吹は訳知り顔になって大きく一度頷いてみせた。
「心配しないでください。病院には、わたしの父がいますから」
(俺が心配している事の理由を、一体どう察した気になっているのやら)
 紫吹の真剣な態度にエイジは内心で苦笑し、また同時に彼女の好きにさせてみることにした。
「小島さんのお父さんは医者なのか」
「あの……。エイジさんって、名前ですよね」
「ああ。名字が思い出せないんだ」
 エイジは記憶喪失のふりをするついでに、とっさにとぼけた。沢村の名字を出すのはまずいと直感的に判断してのことだ。
「じゃあ、紫吹って呼んでもらっていいですよ。わたしもエイジさんって呼びますから」
 そう言って紫吹は、それまで曇らせていた表情を少し明るくした。
 その顔を見ながら、エイジの胸の中にも希望が宿る。
 どのみちなにも判らず、頼るべき相手も他にいない。これから何をするのが正解なのかまるで見えてこない現状が、これ以上悪くなるはずもない。
 楽天的すぎるほどの神経の太さは生来のものか、それとも実感の伴わない記憶のなせる技なのか、エイジ自身にも判断がつかない。しかしそれすらも、どっちでも構わないという開き直りの気持ちが大きくなってくる。
 紫吹に手を引かれて砂の上を歩くエイジの足取りは、次第にしっかりと、力強いものになっていた。

(二)

 強烈な日差しに晒される天場(あまば)高校(こうこう)大日間(おおひま)分校のグラウンドに、骨がうずくような重い音が響いた。
「今日も凄く球が走ってますよ。いや、今までで一番かもしれない。日に日に凄くなってくる」
 感に堪えないといった口調で、分校の野球部に所属し、正捕手であることを示す背番号二を背負う一年生、坊(ぼう)向(むき)武雄(たけお)が何度も飽きずに同じ言葉を繰り返す。先ほどの鈍い響きは、彼のミットから発せられた捕球音だった。
「褒められて悪い気はしないが、ただ投げ込むだけじゃあな」
 ブルペンのマウンドに立つエイジは口をとがらせた。
 なんだかんだとおだててくれるのはいいが、一向に実戦のマウンドに登らせてくれないのが、エイジには不満だった。
「まあ、そう言わないでくださいよ。ブルペンで投げるのだって許可をもらうの大変だったんですから。分校でもなけりゃ、絶対に許可が下りないってこと、判ってくださいよ」
 坊向は眼鏡をかけている。そのレンズの奥の瞳が動揺している。
 が、気弱な態度とは裏腹に絶対に自説は曲げない頑固さも持ち合わせているのを、この数日のやりとりを通じてエイジは理解していた。
「そいつは判ってる。けどなあ」 
「エイジの球が速いのは判ったから、そろそろ本来の仕事に戻ってくれないか」
 目つきの鋭い部員が横合いから険のある声で口を挟んできた。分校野球部のエースである二年生・駒(こま)林(ばやし)俊(とし)弥(や)だ。手にした球を自分のグラブに投げ込んでは取り出す動作を繰り返しながら、エイジと坊向を交互に見据える。
 明確な言葉にこそ出さないものの、怒りや焦りといったものが態度の端々に見え隠れしている。
 無理もない、とエイジは思う。背番号一を背負うプライドがあるなら、女房役である坊向がエースの面倒を放り出して、どこの誰とも知れない相手にご執心という現状がおもしろい筈がない。
「俺はそろそろ休憩だ」
 坊向が口を開くより先に、エイジはそう告げてブルペンのマウンドからを降りた。
 勝手に押し掛けて居候を決め込んでいるような立場で、野球部員と喧嘩するわけにはいかない。
 といってもグラウンドから立ち去るつもりもない。ちょうどブルペンのある一塁側ベンチの後ろは、芝生が植えられた緩やかな土手になっている。
 エイジはそこに腰を投げ出して座り込んだ。
 そのまま、投球練習を始めた駒林と坊向のバッテリーの姿を見るともなしに眺める。これからバッターを打席に迎え入れての打撃練習がはじまるのだ。
 分校の野球部は、かろうじて一チームを編成するのがやっとというこぢんまりとした規模であり、守備位置にはところどころ欠員が生じている。
 お世辞にも充実した戦力を有しているとはいいがたい部であるが、エイジの目に、駒林は決して侮れない力量の持ち主として映っている。
 その投球フォームは無駄がなく、洗練されている。コントロールは正確で、沢村栄治の時代には存在しなかった変化球を自在に駆使している。
(俺の時代には、か)
 ごく当たり前のように頭の中に浮かんできた言葉に、エイジはつい自嘲気味の呟きを口の中で転がす。
 紫吹と初めて出会った際に、咄嗟に記憶喪失を装ったのは正解だった。下手に素性を明かしていたら、精神の均衡を疑われかねなかったのだから。
 芝生に背中を投げ出して空を仰いだエイジは、まぶしい陽光を避けるように左手を掲げ、掌に残る傷を、太陽に透かすようにして見る。
「暑いはずだぜ、沖縄の七月だものな」
 意識を取り戻した時の砂浜での記憶がよぎり、エイジの口からは、ついそんなつぶやきが漏れる。
 今ではエイジは、この島が沖縄県に属する大日間島という離島であり、今日が七月中旬であることを知っている。
(それにしても、いったい俺は何者なんだ?)
 いま、エイジがいるのは二十一世紀だ。
 記録に残る日本陸軍兵長沢村栄治が台湾沖で戦死した日から、すでに六十年以上が経過している計算になる。
 にもかかわらず、というべきか、エイジの身体は駒林や坊向と相応の十代後半の若々しさに満ちている。彼らと混じって練習に参加していてもなんら違和感はない。
 掌の傷跡さえ除けば、記憶にある二十代後半の身体とはまるで違っていた。
 強いて言えば、身体のキレ具合は、草薙球場にて大リーガー相手に惜しくも一失点で負けた十七歳当時のそれを彷彿とさせる。
 自分こそ正真正銘の沢村栄治、あるいはその生まれ変わりだと声を大にして言い切れる自信があるのなら、理屈はどうあれ悩まずに済む。
 確かに、沢村栄治の記憶は自分の頭の中に詰め込まれている。
 しかしそれは、他人の記憶をのぞき見て覚えただけのような、拭いがたい違和感に満ちていた。
 確かに、最期を迎えるまでの数年間、球団と軍隊に酷使されて身体はくたびれ、運動能力の衰えを自覚せざるを得なかった。
 時間の流れを恨み、望んでも得られないと知りつつも十代の頃の身体を何度も渇望したのは事実だ。
 そして、この身体が沢村栄治のものであると証明するための刻印のように左手には傷痕が残っている。
 ここは、いわゆる死後の世界なのだろうか、エイジはそんな考えをめぐらせる。
 天国とも地獄とも思われないが。いや、少なくとも自由に野球をできるのであれば、天国寄りの場所であるのは間違いない。
 今の日本は平和で、自由で、なにより豊かだ。
 なにしろ、手をかざしただけで水の出る蛇口にすら驚くエイジにとって、陸軍の通信兵が担いで運搬する無線機の記憶しかなく、掌の中におさまる携帯電話などは驚異以外のなにものでもなかった。
 沢村栄治が戦死した後の出来事については、掛け値なしに知識がなにもない状態であり、覚えなければならないことはいくらでもあった。
 それが本物の歴史なのか作り物なのか判断する術はなかったが、この世界における常識である、日本がアメリカに敗北を喫したとの事実は、沢村栄治にしてみればなによりの驚きであるはずだった。
 だが、最初にそれを知ったときも、エイジはその衝撃の真実にはなんの感慨も抱かなかった。
 それよりも、日本が軍隊を持たない国として再出発し、技術大国となったこともさることながら、戦後も野球が失われずにいたことがなによりありがたいと感じていた。
「身体の具合はどう?」
 土手の上から声がした。制服のスカートの裾を押さえながら、紫吹が降りてくる。
「体調は万全だけど、こっちがね」
 短めのスカートから伸びる紫吹の足に視線が行きそうになるのをこらえ、エイジはこめかみをつつくようなしぐさをしてみせる。
 紫吹に手を引かれるままに連れられていった病院で検査を受けたのは、もう一週間前のことになる。
 エイジという名前以外の記憶を失っているほかは、海難者が砂浜に打ち上げられたにしては当人も驚くほどに体調は良好だった。
 栄養剤の点滴を受けたのは最初の一晩だけだった。その後も、記憶喪失の治療としてはいくつかの薬を処方される程度で、一日中、病院のベッドで横になっていても暇をもてあまして仕方がない。
 結果、数日前から紫吹の通う天場高校大日間分校に顔を出すようになっていた。
 目当ては当然、分校の野球部だった。
 全校生徒二百名あまりの学校であることを考えれば、部員数が二桁を確保しているのは人気がある部だと考えてもよいだろう。
 当然、奇妙な来訪者に対する部員達の視線は冷たいものだったが、紫吹のとりなしもあってどうにか受け入れてもらえるようになっていた。
 今となっては意外なことに、駒林が紫吹の説得に耳を傾けてくれたのが大きかったようだ。
 だが、なんといっても、ものは試しとばかりに投げさせてみたエイジの球の速さが、周囲を黙らせる力に満ちていたせいもある。
 なかでも実際にボールを受けたキャッチャーの坊向がエイジの資質を絶賛し、後学のためと称してなにかと根回しをしてくれていた。
 幸運と偶然が重なった結果に感謝をせねばならないのだろうが、どうにも現状にただ満足しているだけで済ませられる立場でもないのが辛いところだ。
「何か思い出したことはある?」
 紫吹の問いかけに、エイジは口元に苦笑を浮かべて首を横にふる。
 笑みが漏れたのは、なにも紫吹を馬鹿にしたわけではない。
 あまりにも同じ質問が何度も繰り返されているからだ。
 紫吹自身は自覚していないようだが、顔を合わすたびにエイジの記憶が一部でも戻らないものか、尋ねずにはいられないらしい。
 だが、笑うだけでは真剣な紫吹の気持ちに申し訳ないと思い直し、エイジは言葉を選びながら口を開く。
「残念ながら、特には。まあ、一ついえるのは、俺は野球が好きだと確信したってことかな」
「そうだね」
 見れば判るとばかりに笑い飛ばされるかとエイジは思ったが、紫吹はしみじみとした面持ちで何度もうなずく。
「これから俺はどうなるんだろうな」
 紫吹に尋ねても意味がないとは知りつつ、そんな呟きをもらしつつエイジは坊主頭をつるりと撫でた。
 駒林や坊向をはじめ、分校の野球部員はみな短髪ながら髪型を意識しているが、エイジは軍隊時代の名残なのか、砂浜で紫吹に助けられた時は坊主頭だった。手入れも面倒なので伸ばすつもりもない。
「お父さんは何度か警察にも問い合わせてるんだけど、最近このあたりの海で人が行方不明になるような事故はやっぱり起こってないんだって。捜索願も出てないみたいだし」
 エイジの入院する病院に勤務する紫吹の父のことは、エイジも毎日のように顔を合わせているおかげでよく知っていた。穏やかな物腰は紫吹と似ている気がした。
「警察はアテにならないと思うな」
 エイジは既に、警察に一応の事情聴取を受けている。
 そのまま本島か内地に連れて行かれるのではないかと、紫吹などは本気で心配していたようだが、幸か不幸か大日間島の外に出されるようなことにはならなかった。
 罪を犯したわけではなく、病人には違いないが緊急の治療を要するわけでもないのだから、当然といえば当然の扱いではあった。
 第一、大日間島の病院施設の充実度は、他の同規模の離島と比べても格段に恵まれていた。あえて島外で治療を受けさせる必要もないのだ。
「不思議だよね。はやく、エイジくんの家族や親戚が見つかればいいのに」
 最初、エイジのことをさん付けで呼んでいた紫吹だが、いつの間にかくん付けに変わっていた。年齢が判らないとなにかと話しづらいということで、暫定的に同い年という『設定』にしたためだ。
「死んだと思われていたら、探そうなんて思わないんじゃないか?」
「そんなことないよ。絶対心配してるって」
 真剣な面もちの紫吹を少しからかうつもりの軽口だったが、真っ正面から否定され、エイジは少々バツの悪い思いをする。
 沢村栄治の記憶を引き継いでいることを含め、本当のことを洗いざらい話してしまいたくなる。
 だが、心のどこかでそれはやってはいけないことだと強く引き留める声がして、実行に移せない。
 仕方ないので、エイジは話の方向を少しねじ曲げる。
「どっちにしろ、いつまでも病院で寝てるわけにもいかないよなあ」
「それは……、しばらくは大丈夫だと思うよ。エイジくんはそんなこと心配しなくてもいいからね」
 紫吹が見せる病人に対するいたわりの視線が、エイジには胸に痛い。
 戻るはずのない、それどころか最初から存在しないエイジの記憶が戻ることを祈り続けてくれていることが、なんとも心苦しいのだ。
 しばらくの間、二人のあいだに沈黙が落ちた。エイジは今後の展望が描けず、紫吹は考え込むエイジに声をかけかねている様子だった。
 だが、互いに言葉をかわさない時間がすぎていっても、不思議とエイジは気まずさを感じない。紫吹がどう思っているかは伺い知れないが、無理に話の接ぎ穂を探そうと言葉を発しないあたり、案外似たような考えに至っているのかもしれない。
 そこへ、打撃練習に一区切りをつけた坊向が首を傾げながらエイジの元までやってくる。
「エイジさんは、ウチに転校してくることってできないんですかね」
 口を開くや、そんなことを言い出す。
 エイジは肩をすくめてみせた。自分に聞かれても返答に困る問いだとしか言いようがない。
「俺には学校がどういう仕組みになってるのか判らないよ」
「どっちにしろ、明日が終業式だから、夏休みの間に結論が出れば間に合うよね」
 二人の様子を見ながら、紫吹もどこか弾んだ調子の声で口を挟んでくる。
「予選でさっさと負けちまいましたからね。もう少しはやく島に来てくれていたら、無理やりにでもメンバーに入ってもらいたかったところですけど」
 嫌なことを思い出した、とばかりに坊向がやれやれと首を振る。
「予選って、甲子園か?」
 今は学制が変わり、甲子園を舞台に全国大会が行われるのは中学生ではなく高等学校の在籍者であることは、エイジも病室にあるテレビで見て知っていた。
「もちろんですよ」
「そうか、分校は予選で負けたのか。駒林はいい投手だと思うが」
「そりゃ、悪くはないですよ。なんといってもウチのエースだから。でも、甲子園にいくには、どうしても力が足りないですよ」
 眼鏡をかけ、気弱そうな面立ちに似合わず、一学年先輩の駒林に対して坊向は辛らつだ。小さな島のこと、先輩後輩とはいうものの、小学校にあがる前からの付き合いだというだけあって遠慮がない。
「そういうものなのか」
 エイジは思わずうなってしまう。
 確かに、テレビで見る現代のプロ野球選手の技量の高さには目を見張るものがあった。
 なにしろ、沢村栄治の時代はまるで歯が立たなかった大リーグに、今では日本人選手が当たり前のように何人も参加して活躍しているぐらいなのだ。  
 どうやら現代の高校生は、沢村栄治の知識にある甲子園大会より、予選ですらはるかに高い水準で試合を行っているらしかった。
 一流投手ともてはやされてきた沢村栄治の記憶しか持たないエイジは、自分の野球技術がこの時代に通用するのか不安を抱く。
 本当なら、もっと根本的なことで心配をしなければならないはずなのだが、野球さえできればなんとかなってしまうような気がして仕方がないのだ。
「でもその点、エイジさんの球は凄いですよ」
「そうかな」
 己の憂慮とは裏腹の坊向の言葉に、エイジは素直にうなずけない。
「足を高く蹴り上げるフォームも固まってますし、マジで沢村栄治の生まれ変わりじゃないかって思いますよ」
 不意に坊向の口からその名前が出て、エイジは身体をこわばらせた。
「そっ、そんなこと言っても、実際に見たことはないんだろ。テレビなんてなかったし、紙の記録しか残っていない」
 さりげなく否定しようとして、思わず言葉がつかえてしまう。
「ま、そりゃそうですけど。とにかく、エイジさんの球の速さは間違いないんです。確かに変化球とか配球の組み立てとかの駆け引きは忘れちゃってるのかもしれないですけど、身体は覚えてるもんなんですよ。きちんと練習すれば、きっと凄いピッチャーになれます」
「そりゃ悪い気はしないけど、どうかなあ」
 忘れているのではなく、それを必要とする試合を経験していないだけなのだとの言葉を、期待に満ちた坊向のまなざしを前にしたエイジは言い出す機会を失ってしまう。
 しかしその反面で、内心には突き上げるような衝動を抑えかねていた。言うまでもなく、マウンドに立って実戦を経験したい、との衝動だ。
(今すぐは無理でも、いつかかならず試合で登板してみせる)
 言葉にはせず、ただ内心でそう決意するエイジだった。
 自分の置かれた状況を考えれば、とてもそんなことに執着している場合ではないとの心のささやきが聞こえないでもなかった。だが、自分自身の思いに遠慮してもなにもはじまらないのだ。

(三)

 結局、エイジはいつものように分校野球部の練習が終わるまでグラウンドに居座り続けた。すべての練習に参加させてもらえないのはもどかしくもあったが、学校の関係者でもなんでもないことを思えば、あまり無茶も言えなかった。
 同じように練習を見学していた紫吹と並んで帰り道を歩く。
 エイジは練習用のユニフォーム同様に借り物である分校の制服を着ている。
 もっとも分校には一応制服が定められているが、標準服との呼び方もあり、着用は推奨であって義務ではない。第一、開襟シャツに黒のズボンなので、どの学校でも大差はないが。
 帰るといっても、エイジの向かう先は病院だ。紫吹の自宅はそのすぐ近くにある集合住宅だ。病院関係者が主に借りているのだという。
 エイジが入院している病院は、島の大きさからすればやや不釣り合いなほどの規模に思える。
 それには理由があった。
 大日間島の沖合に、米軍と自衛隊が共同で利用するヘリポートを建設することが決定しており、補償として島への補助が行われているのだ。同時に工事関係者の福利厚生の一環でもあるらしい。
 エイジが個室を使い続けられていられるのも、入院患者に比べて開いている病室が充分にあるからだった。いずれ手狭になることを見込んだ規模が確保されているのだ。
 もっとも、ヘリポートの建設そのものは、島の住民にも一部反対派がいるために計画が遅れ気味で、まだ着工されていないのだという。

「分校の編入試験とか受けるのに、戸籍とか住民票とかが要るんだったら、今のまんまじゃエイジくんにはちょっと厳しいね」
 並んで歩く紫吹は、坊向の話を思い出したのかそんなことを言い出す。
「たとえどうにか試験を受けられても、通る気がしないな。だいたい、どんな試験なんだよ」
 最初、エイジは彼女を野球部の関係者だと考えていた。女子マネージャという仕組みがあることを知っていたので、紫吹がそうだと思いこんでいたのだ。
 だが実際には野球部に籍があるわけでもなんでもなく、ただの一見学者に過ぎないのだという。
 それにしては坊向をはじめ、部員たちが紫吹に見せる態度には解せない面もあったが、深く追求するのはためらわれた。
(なにしろ、こっちは一応、記憶を失って大変だという立場だもんな。他人のことを気にしている場合じゃないわけだし)
「野球の実技だけなら良かったのにね」
 エイジの考えていることを知ってか知らずか、紫吹がエイジに笑顔を向けてくる。
 あきらかにその目は、好ましいものを見るものだとエイジは感じた。
 客観的にみて、紫吹は美人の部類に入るとエイジは率直に感じている。
 男として嬉しくないはずもないが、同時に、そんな風に見られる理由がないと思わずにはいられない。
「あのとき、どうして俺を助けたんだ?」
 不意に、とりとめもない問いかけが口をついて出ていた。
「どうして、って。人が倒れてたら、誰だって助けるんじゃないかな」
 意外なことを尋ねられたとばかりに目を丸くしてから、紫吹はくすくすと笑い、言葉を継ぐ。
「でも、エイジくんはわたしに見つけられて運が良かったのは確かかも。あの砂浜、あんなにきれいなのに、地元の人はあんまり立ち寄らないところだから」
 地元の人、と紫吹が他人事のように言うのは、彼女が大日間島の生まれではなく、島の病院に勤務する父について内地から渡ってきたからだ。大日間島の他の女性とはどこか雰囲気が違っているのはそのためだ。
 この数日の間に、エイジはそこまで彼女の内情を知る間柄になっている。もっとも、あれこれと紫吹が勝手に喋ってくれるだけで、エイジのほうから何かを聞き出したことはない。
「今度、あの砂浜に泳ぎに行こっか。きっと貸し切り状態だと思うよ」
「海か。肩が冷えるのは良くないんだ」
 エイジは肘が逆方向に曲がる典型的な猿腕(外反肘)の右腕をぐるりと回して呟く。
「ピッチャーだから? それって俊弥も前になにかの時に話してたけど、迷信だって言ってたよ」
 何気なく応じてから、紫吹がはっと息をのむ。
「なにか思い出した?」
「あ、いや。そういうわけじゃ。でも、どうも俺の覚えている知識は古いみたいなんだよな」
 六十年前の常識は、現代ではかなり否定されていることが多い。つい当たり前のことを言っているつもりでも紫吹や坊向に驚かれ、その度に記憶喪失のふりをしていることがばれるのではないかとひやりとしてしまう。 
「そうなんだ。でも、それがなにかのヒントになるのかも」
 紫吹は腕をくみ、眉間に小さなしわをよせて考え込む顔つきになる。そんなちょっとした仕草すら可愛らしく思われるが、それをほほえましく見つめている心境にはなれない。
「ちょっと海を見てくる。泳ぐつもりはないが」
 エイジは感情を押し隠すようにぶっきらぼうに言う。
「あっ、気をつけてね」
 顔を上げた紫吹は何か言いたげな顔を一瞬したものの、すぐに表情を緩めた。
 例の砂浜にいけば記憶を取り戻すきっかけがつかめるかもしれない、とエイジが考えている、紫吹はそう思いこんでいるのだろう。
 だがエイジは、自分自身が記憶喪失でないことをよく判っている。それだけに彼女の配慮がつらい。
 気詰まりを感じて、紫吹の近くから離れる口実として海を利用したにすぎなかった。
「あんまり思い詰めなくても大丈夫だから、心配しないで」
 別れ際、紫吹はそう言って胸の前で小さく手を振って見送ってくれた。
 エイジは小高い丘にある病院に向かう道とは逆方向に十分ほど歩き、砂浜に出る。
「どうすりゃいいんだよ」
 ひと気のない砂浜を一人で歩きながら、エイジは誰にともなく毒づく。
 紫吹には伝えていないのだが、気持ちの落ち着かない嫌な胸騒ぎが、日々大きくなっている。
 その原因も理由も説明できないが、記憶喪失のふりをして野球部の押し掛け居候を決め込んでいるだけでは済まない事態が近々やってくる、そんな直感だけがあった。
 だからこそ、紫吹の好意を素直に受け入れるわけにはいかないのか、と自分の行動を振り返りながらエイジは考えをめぐらせる。
(これも定めだの、運命だのというのなら、俺が今ここにこうしている理由は一体なんなんだ?)
 その答えを得るのに、そう遠い時間はかからないような気がした。
 胸に走る痛みに似た違和感がそう告げている。
「ん?」
 水平線の向こうに、得体の知れないゆらぎが見えたような気がした。
 海の現象に熟知しているわけではないが、普通とは違う何かを感じる。
 極端な表現を用いるのなら、胸の中の違和感と海の異常現象とが共鳴していると言っても過言ではない。
「これがいわゆる、嫌な予感ってやつか?」
 何気なく、そんな独り言がもれる。
――その通りだ。
 まったく予期しないことに、エイジの発したただの独り言に応じる声があった。
 しかも、耳の鼓膜をふるわせるのではなく、頭の中に直接語りかけてくるような声だ。
「誰だ!」
 周囲を見回すが、隠れる場所もない砂浜の上のこと、人影を視野に入れることはできなかった。
 ふと、以前にも似たようなことがあったなと思い出す。正確に言えばそれはエイジ自身の実体験ではなく、沢村栄治の記憶なのだが。
 輸送船の上で拾った水晶の記憶が脳裏をよぎる。
――戦いに備えよ。
 謎の声が言い終わるのと相前後して、フォン、と空気を切り裂く音が聞こえた。これは鼓膜を破りかねないほどの衝撃を伴った音だった。
 視界の中に黒い影が走った、とエイジが思った次の瞬間には、轟音とともに砂浜全体が大きく波打って揺れた。
 到底、その場に立っていることなどできず、足元の傾きに振り落とされるように砂の上に這い蹲る。
「な、なんだっ」
 そう声をあげながら、これまた過去に似た体験をしていることを思い出す。
 従って、先ほど同様にエイジ自身の記憶ではなく、沢村栄治のものである。
 召集されて中国大陸で戦った際、大砲の弾が近くに落ちて爆発した時の衝撃に似ているのだ。
 ただ、今回の衝撃はけた違いに大きい。
 砲弾が落ちたと思われる場所は、百メートルほど離れた波打ち際だ。すり鉢状の大穴が開いている。
 だが、エイジはその大きさに驚くよりも先に、その形状に疑問を抱く。
 大穴の中へ海水がなだれ込むこともなく、周囲を含めて砂が海水と一緒くたになって、ただゆらゆらとゆれ続けている。
 そのうえ、四散した筈の砂だけが穴のくぼみに流れ込み、次第に元通りになっていくのだ。
「なにが起こってるんだ?」
 どこから砲撃が加えられたのかを理解するのには、さして時間はかからなかった。
 黒い塊が水平線上にあった。その塊は四本の脚を海水に突き立てて踏ん張る獣の姿だった。頭部の形状は獰猛な虎を思わせる。
 全長は百メートルを優に超える大きさだ。
 そして背中と前脚の両肩には機械的な四角い箱があり、そこから細長い円柱が前方に突き出している。
 その形状は、まさに軍艦の砲塔そのものだった。
 砲塔から突き出した砲身の一本からは薄く白煙が吐き出され、たなびいている。
 ――時は来た。戦え。
 声が頭の中で反響するのにあわせ、胸の奥がうずく。
 エイジの開襟シャツの下で、心臓があるはずの場所から白い光が漏れていた。
 咄嗟に胸を左手で押さえる。すると、掌の中に光は移り、なにかをつかむ感触が伝わってきた。
「これは」
 沢村栄治にとって最期の夜、輸送船の甲板で拾い上げた水晶がそこにあった。
(あの時、消えてなくなったと思っていたこれは、俺の胸の中にあったのか!)
 その驚きの意味をかみしめる間もなく、ふっと頭上の陽光が翳る。
 エイジが反射的に顔を上げると、巨大な黒い獣の影が頭上に覆いかぶさってきていた。
 ちょうど西に傾いた太陽を、黒い獣の体躯が背後に背負って隠す格好となり、長い影がまっすぐこちらに向かって伸びていたのだ。
 奇妙に現実感のないそれを見上げながら、エイジは心のどこかでこの状況を受け入れている自分に気づいていた。
 エイジは黒い獣に視線を向けたまま、手につかんだ水晶に向かって問いかける。
「お前……、生きているのか?」
――生命体と理解してもらって構わない。
「俺は、どうすればいい?」
 途方にくれているというよりも、長い付き合いになる相棒に尋ねるような口調だった。
――強きものの姿を意思に描け。守るべきものの姿を身にまとえ。それが我等の力となる。
「強きもの、か」
 その時、エイジの脳裏に描かれたのは一隻の戦艦の姿だった。
 輸送船の船員が羨望ともあきらめともつかぬ口調で語った、日本海軍最強の戦艦『大和』だ。
 沢村栄治の記憶によれば、実際に目の当たりにしたことはない。
 エイジ自身も、沢村栄治の死後の歴史を調べる際に偶然に絵や写真で見ただけだが、そのディテールは明瞭に思い浮かべることができた。
(これは俺の体験した記憶でも、沢村栄治の記憶でもない。これはこの水晶のもつ情報なのか)
 黒い獣の肩口にある砲塔がうごめき、砲身がエイジに向けられる。この距離では逃げ出すこともままならない。
 恐怖に立ちすくむ以外になにもできないはずの状況にあって、エイジの心は奇妙に平静さを保っていた。
 あるいはこの状況を、頭のどこかで予感していたのかもしれない。
「戦うかどうかはともかくとして、お前の名前ぐらい教えろよな?」
 場違いともいえるそんな問いかけを水晶に向かって放っている。
――地球の人間の固体識別名に該当する名称は存在しない。
「まどろっこしい奴だな。名前が判らなきゃ、なんて呼べばいいかわかんねえだろ」
――では、この水晶体の形式名称であるフィーンと呼べば良い。
「判った」
 冷静に考えれば理不尽きわまりない事態だが、エイジはそれを受け入れていた。というよりも、元々自分はそのために存在していたのだという予感めいた確信が胸の中にあった。
「行くぞっ、フィーン。機関全速、宣候!」
 エイジは叫び声とともに、水晶をつかんだ左手を空に向かって突き上げる。
 輸送船の船員との会話を思いだし、「なにか行動を起こすときはなんでも宣候ですよ」という海軍式に倣って気合いを入れての叫びだった。
 フィーンと名乗った水晶が掌の中で粉々に砕け散る。
 同時にエイジの身体も劇的な変化をはじめる。
 四肢が大きく引き伸ばされ、灰色と赤色に塗り分けられた素材に身体が包み込まれていく感覚がある。
(これが強き者ってことか。じゃあ、俺にとって『守るべきもの』ってなんだ?)
 不思議な感覚に身をゆだねながら、エイジは考えを巡らせる。
 沢村栄治の記憶はあっても、エイジ自身には帰るべき故郷も家族もない。
 不意に、何か言いたげな紫吹の表情が思い浮かんだ。
 それはまったく唐突なイメージであったが、不思議にエイジの腑に落ちた。
(それなら、それでいい)
 次いで、頭上に赤茶けた物体が浮かんでいる幻影が、エイジの脳内を占拠する。
 戦艦大和の艦体、その下腹を見上げている格好だ。
 大和は甲板上の構造物と艦体へと分離する。艦体は艦首部、船体中央、艦尾の三つに宙空で音もなく断ち切られ、さらにそれらは左右に割れた。
 それぞれが、そのままゆっくりと頭上から舞い降りてくる。
 尖った艦首部は籠手となって左右の肘から先に収まった。
 ゆるやかな膨らみを持つ船体中央部分の装甲は、シャープなラインを持つ二対の翼となって背中から長く伸びる。先端が丸みを持つ艦尾は、膝当てと一体化した鋼鉄製のブーツとなり、膝から下を装甲した。
 次いで、宙に取り残されていた甲板上の構造物も変化をはじめる。
 二基の砲塔が乗った前部上甲板は左肩へ、おなじく後部上甲板は右肩へと舞い降り、鎌倉時代の大鎧の楯のように両肩から垂れ下がった。
 煙突を取り巻く高角砲群をはじめとする環境構造物は背中に、そしてその前後を固めている副砲塔も左右の腰当てとなって装着される。
 艦橋基部の司令塔は胸当てに、頂部の射撃指揮所は頭を守る兜になった。
 華奢な身体を押しつぶしてしまいそうな外見とは裏腹に、エイジはまるで重さを感じていない。レギオが生み出した構造物の全てが、自分の血の通う身体の一部になったようだ。
 途端、夢から覚めるように視界がクリアになり、五感の感触が戻ってくる。
 まず感じたのは視界の広さだ。水平線の位置が低い。
 見上げるほどに巨大だった黒い獣が、自分とさほど違わぬ大きさであることに気づく。
 相手が小さくなったのではなく、自分が巨大化したのだと気づくのに、さほどの時間は必要としなかった。
――戦え。グクムスを討て。
 頭の中にフィーンの声が響く。グクムスとは、眼前の黒い獣を指しているのだとエイジは理解した。
 それと同時に、グクムスと呼ばれた黒い獣が肩と背中から生やした砲塔をうごめかせ、砲口をエイジに向けてくる。
「くっ」
 エイジが右半身を引いて構えるのと同時に、グクムスの振り向けた主砲が一斉に火を噴いた。白く輝くエネルギーが砲弾となって飛来する。
 外れた砲弾はエイジの周囲と後方に着弾して爆発する。しかし近距離ということもあって少なくとも三発がエイジの突き出した左肩の盾に命中していた。
 ドラム缶の押し込められて外側からバットでぶん殴られるような衝撃が走る。しかし裏を返せば、砂浜に大穴をあけるような砲弾を浴びても、それだけで済んだということでもある。
 事実、グクムスのエネルギー弾は盾の装甲を貫けず、砕けて飛び散って消える。
――反撃だ。
「言われなくても!」
 小憎らしいまでに平静なフィーンの声に、エイジは心の中で怒鳴り返す。四肢を動かすのと同様に神経が通っているかのごとく、左盾に装着された二つの砲塔がそれぞれ独立した生き物のように旋回し、砲身が仰角をとってその砲口がグクムスの身体に向けられる。
 大和の主砲は主に三種類の弾を用いることが出来る。フィーンから言葉をもちいて教わることもなく、その事実だけがとってつけたようにエイジの知識として付け加えられる。
 分厚い装甲を打ち抜く徹甲弾、炸裂して広範囲を破壊するりゅう弾、そして対空用に小弾を撒き散らす三式弾だ。
 今回用いるのは当然、徹甲弾しかない。
 エイジの視界の中に、照準環が浮かぶ。一斉射撃のイメージを脳裏に描くと同時に六門の主砲が同時に火を噴いた。
 徹甲弾と同等の破壊力を有する白く輝くエネルギー弾が光の軌跡を曳いてグクムスに襲いかかる。
「なっ」
 エイジは目を大きく見開いた。
 獲物に襲いかかる肉食獣さながらに低く身構えていたグクムスは、大和の発砲炎を網膜に映すと同時に横っ飛びに飛んでいた。
 六発の砲弾のうち五発がむなしく海面をへこませる。
 だが、残る一発がグクムスの後ろ足をかすめた。グクムスは頭部から海面に突っ込み、水しぶきをあげながら勢い余って縦に一回転する。海面が大きくえぐれた。
「ええい、そういうことか」
 追い討ちをかけようとしてエイジは思わず舌打ちする。
 砲弾の再装填には、およそ四十秒が必要なことを知覚したのだ。
 一斉射撃は、相手の動きが鈍っているときのとどめとして使う以外にはむやみに用いるべきではないようだ。
 兵器としての性能であればフィーンは正確に知識を植え付けてくれるが、その使い方までは教える気ないようだ。あるいはフィーン自身も知らないのか。いずれにせよ、エイジ自身が考え、行動しなければならないことに違いはない。
(全部ぶっ放してなくて正解か)
 三連装主砲を有する砲塔は、右肩の盾にも一基あるのだ。本来の姿であれば後部甲板に設置されている第三砲塔だ。
 エイジは今度は、右肩を突き出すように射撃姿勢をとる。
 その途端、先手をとるように体勢を立て直したグクムスの主砲が放たれた。
 射撃に意識を集中しすぎたせいで、回避行動が遅れた。というよりも、人間の反射神経に基づいて「かわせない」と思いこんで動けなかったというのが正確なところだ。
 今度は面積の小さな右盾だけではなく、右太ももに直撃弾を受ける。衝撃は骨を直接揺さぶるように鋭い。
「うっ」
 エイジは痛みに耐えかね、もんどりうって背中から倒れる。
 海中に沈んだ身体は、強い力で海面上へと押し戻される。さながら、膨らませた風船を水の中に押し込もうとした際に感じるような反動だ。
 しりもちをついたような姿勢で唖然とばかりもしていられない。腹筋に力を込めて身体を起こす。
 体内に満ちる力に呼応するように、背中の煙突から一際勢い良く排気煙が吹き出る。
(まだ戦えるか?)
 自分に問いかける。痛みは感じる。息苦しさもある。いつまでもこの姿に変身し続けることは出来ないのだ、ということは本能的な感覚で理解できる。
 それでも、まだ大丈夫だ。
 一方、勝利を確信したかのごとく、グクムスが獣の咆吼をあげた。
 そのまま四肢を大きく曲げ、一気に跳躍して頭上から飛び掛ってくる。
(主砲だけでは戦えないってことか)
 エイジは恐怖に頭の中が白くなりながらも、なかば本能的な反応で前転してかわす。無様なよけ方だったが、なりふりなど構っていられない。
 いったん間合いを広げようと足を動かすが、身体を構成するのが元々フネであるためなのか、海面において足はくるぶしあたりまでしか沈み込まず、身体の大部分が海面上に浮いた状態になっている。
 足場が不安定すぎて走ることも、もちろん泳ぐこともできない。
(なんなんだ、これは)
 両手をふってもがくように走るうち、足を滑らせれば勢いをつけて前に進めることに気づく。
 いわゆるスケートの要領だ。
 数回前傾姿勢で海面を蹴ってすべると、たちまちに加速する。
(よし、これならいける)
 左右の体重移動で旋回も可能だ。風を切る疾走感はなかなかに心地よく、こんな状況でなければ、スケートごっこを楽しんでいたいような気分になる。
 つかの間の感慨を断ち切るように空気をこする音がして、グクムスの放った砲弾が海面上に着弾し、水柱をたてた。
 間近に伝わった衝撃に息をのむが、客観的にみて、グクムスの主砲はエイジの持つ大和の主砲よりも小さいようだ。
(フィーンはヤツの正体を知っているんだろ? いったいなんなんだ、あいつは)
 胸の内で呟く。反応はすぐに返ってくる。
――そうだ。情報はお互いに共有している。
 無機質な言葉に次いで、フィーンが有している情報がそのままエイジの頭の中に流れ込んでくる。
 兵器の母体となっているのはアメリカの戦艦『アリゾナ』だった。
 太平洋戦争勃発直後、真珠湾で日本海軍の航空攻撃で撃沈された戦艦だ。本物のアリゾナの艦体は今もなお真珠湾の底に沈み、当時の戦いを伝える記念碑的な存在となっている。
 生命体の母体となっているのはベンガル虎のようだ。色が黒い理由までは判らない。
 ともかく獰猛な獣という点では、人間を母体にするよりも効果的であるのかもしれない。
 人間を選んだフィーンのほうが変わっているのか、エイジには判らない。
(相手の情報がここまで丸判りじゃあ、わざわざお互いに戦う必要があるのか?)
 そんな疑問を抱くが、自分自身にもこの戦いの結果は予測できないのだから、これはこれで彼らには意味があるのかもしれない。
 戦いの勝敗は数値化された情報だけでは計り知れない。その事実の重みをあらためて感じる。
 理不尽さにあらためて憤る一方、エイジは心のどこかにたぎるものを感じている。勝負事が好きな資質は、沢村栄治のそれを受けついたものだろうか。
(どっちだろうとかまわねえ。やってやる!)
 身体の前傾を深くし、速度をあげる。海面上に弧状の航跡を描いて間合いを計りつつ、主砲弾が再装填されるタイミングを待って一気に突進をかける。
 風圧を受け、目の前にかかって視界を妨げる前髪を左手で払う。
(前髪?)
 坊主頭の自分にそんなものがあるはずがないことに気づいて疑問を抱くが、すぐに意識は前方の敵に向けられる。海上で四肢を踏ん張る黒い獣――グクムスの背中の主砲がこちらを指向するのが見える。
「今度はこっちの番だ!」
 そう叫んだつもりだったが、実際に喉から発せられたのは自分でもその意味を理解出来ない奇声だった。その理由を考えるより前に、再び左盾の第一・第二砲塔の計六門から一斉にエネルギー徹甲弾が発射された。
 最初より距離が近い。かつグクムスが発砲の瞬間に飛んでかわそうとしても逃さないようにかつ砲身に微妙に左右に角度をつけていた。その策が奏功し、再び命中弾を得た。
 今度は二発。一発は左肩付近。もう一発が背中に背負った砲塔の前盾を貫いた。
 爆発が起こり、砲塔が内側から膨れ上がる。突き出していた四本の砲身が根元から突き飛ばされたように飛び出し、海に落ちた。
 そのままグクムスの身体そのものが炸裂するかと期待したが、ダメージは砲塔部分だけにとどまったようだ。黒煙を曳きつつ、活動を止める気配はない。
「しぶとい」
 そうつぶやいたエイジだが、やはり音として外部に響いたのは言葉として知覚できない種類の、高音のうなりだけだった。
 発声器官が人間の状態とはまったく異なっているのか、あるいは彼らの言語に変換されているのかもしれない。
 だが、痛打を立て続けに与えたことは間違いなく、グクムスの動きが鈍りつつある。
 機能を残している砲塔から打ち返してくるエネルギー弾も、照準に正確性を欠き、脅威ではなくなっている。
 海面を這い、のたうつ様は哀れさえ感じさせるが、手負いの獣に情けをかけて逆襲を食らうような不覚をとるわけにもいかない。
 とはいえ、相手は元はといえばフィーンと同じ目的をもって飛来した仲間だという。
「本当に倒していいのか?」
――その為に来ているのだ。戦いをやめる理由はない。
 感情を押し殺しているというよりも、ごく当たり前のことのようにフィーンは応じる。
(なら、ここでとどめをさしてやるしかない)
 価値観の違いをあげつらっている暇はない。第一、相手にどんな能力が秘められているのか、すべて知っているわけではないのだ。
 胸の前で両腕を交差させて構え、両肩の盾に装着された九門全ての砲門を正面に向ける。
 その動きを察知したのか、グクムスは身体を正面に向け、低く構えて最後の力を振り絞って突進してくる。
 そのすばやい動きに、エイジの人間としての本能が、恐怖心から発砲を促す。
 しかし、それを押し殺してぎりぎりまでひきつける。下手に遠距離から撃ったのではかわされる可能性があるからだ。
 押さえ込まれていた本能が、ここだ、と悲鳴をあげたのと同時に、グクムスは予備動作なしで大きく斜め前方に跳躍した。振りかぶった前足の爪が陽光を浴びてきらめく。
(俺の、勝ちだ!)
 エイジの自我は本能の叫びをねじふせ、なおも己の主砲に発砲を許していなかった。恐怖心に負けて撃っていればむなしく海面に水柱を打ち立てるだけになっていたはずだ。
 その瞬間、勝利を確信する。
 砲身が旋回し、九門の砲口が正確にがらあきとなったグクムスの腹に向けられる。
(弾種一式、斉発!)
 砲口から光弾がほとばしった。一発あたり一・五トンの徹甲弾と同等の運動エネルギーと破壊力を有する光の弾が、人間の感覚では捉えきれないほどのわずかな時間差をもって次々に腹部に命中する。
 グクムスの悲痛な呻き声が海上に響きわたった。
 斉射を一点に叩き込まれた胴体は空中にあってくの字に折れ曲がり、衝撃の反作用で四肢が大きく前方に投げ出される。
 虎の顔で短い咆哮を放った次の瞬間、内側からの爆発がグクムスの全身を飲み込んだ。
 巨大な火球がばらばらになって次々に海面へと落ちてくる。
「勝った」
 呆然となって呟く。その場にへたり込んでしまいそうになるが、彼自身も今の姿を保ち続けているのが難しくなりつつあった。
 このまま海の上で元の姿に戻ったのではまた海難者になってしまう。変身が解ける前に元いた砂浜まで戻らねばならない。
 これから自分はどうなってしまうのか。いきなり降って沸いた事態を前に、勝利の喜びなどあるはずもなかった。

(四)

 穿たれた弾痕など戦いの残滓がまだわずかに残る砂浜には、少なからぬ数の人だかりができていた。
 それは、先ほどの戦闘がまぎれもない事実として多くの人の目に触れたことを意味していた。
「説明を聞かせてもらおうか」
 エイジはそれらの人の目を避けるように、砂浜の端に積まれたテトラポットの陰にしゃがみこんでいた。
 心の中で思うだけで、心臓のあるべき場所に居座っている相手と話すというのは、どうにもやりづらい。仕方なく、自分の胸に掌を押し当てながら声に出してつぶやく。
――われらの星を守るためだ。
 フィーンの声が聞こえた。
「星?」
 エイジが問い返すと、男とも女ともつかぬ奇妙な声音でフィーンは語り始めた。

 もともとフィーンは、彼らがオーリラと呼ぶ、太陽系からはるかかなたに離れた星に住む、いわゆる宇宙人だ。
 だが、単純に宇宙人と呼ぶには、彼らの生態はあまりにも人間と違いすぎていた。
 レギオと称する彼らは珪素を主成分とし、固体としての自我を持たない。有機的な接続によって状況に応じて自在に形状を変化させる能力を持っている。
 全体で一つの生命体と考えることも可能だろう。
 彼らレギオは外敵らしい外敵もいないオーリラにて平和的に繁栄を続け、生存圏を拡大させ、ついには宇宙へと進出するだけの力を得た。
 そして、二つの異星に存在する文明と接触するようになった。
 一つは地球に住む人類であり、もう一つはよりレギオに近い形態を有する、彼らにとっての異星人・ジェロバクトであった。
 とりあえず、惑星の外に出ることも満足にできない地球文明は、彼らにとって異質さ故に興味深い観察対象であっても、敵視すべき存在ではなかった。
 だがジェロバクトは、レギオにとって直接的な脅威となっていた。
 いずれ、近い将来に両者の間で戦闘が行われるのは不可避と考えられていた。
 レギオは対策を余儀なくされた。だが、その発展において『戦争』を経験していない彼らは、どう戦い、勝利すべきか、具体的な方策を決めかねることとなった。
 そして彼らは一つの方法を思いつく。それは、戦争を繰り返しながら発展を続ける地球人類の元に赴き、いわば戦争のノウハウを学ぶというものだった。
 フィーンをはじめ、合計十二の素体が、一種の戦争留学生として地球上に送り込まれることになったのだ。
「それが六十年前の話か? ずいぶんと暢気な話じゃないのか、それは」
――われわれと地球人とでは時間に対する概念が根本的に異なるようだ。
「どうもそうらしいな。じゃあ、俺たちが戦った相手も、お前の仲間なのか」
――そうだ。グクムスも素体の一つだ。我々は観察をしている段階を終え、実地で検証し、学習の成果を確認することになったのだ。
 フィーンは事も無げに言い、先ほどの姿こそ粉砕されたが、グクムスの本来の姿に戻っただけであり、地球の生命体で言うところの『死』を迎えたわけではないと付け加えた。
 確かに、せっかく貴重な情報を収集した仲間なのだ。お互いに殺し合って情報を失ったのではなんの意味もない。
 エイジはおぼろげながら輪郭がつかめてきた事情を前に嘆息する。
「お前たちの事情は察するが、だからって人間を巻き込むなよ」
――われわれの戦いは、次元の位相を人為的にずらした領域で行われている。攻撃によって空間の次元がゆがむことはあっても、壊れることはない。構造物だけでなく、人間の身体と自我も同様だ。
 妙な言い回しだが、ようするに砲弾が落ちた場所はゆがみが一時的に発生するだけで、実際には壊れていないのだということであるらしい。
「よくわからんが、結局は紅白戦で腕を試してるってことか。で、俺はいったいなんでここにいるんだ?」
 エイジは根本的な疑問を口にする。自分が存在するに至った経緯がおぼろげながら見えてきている気がした。真実を知ることは恐ろしくもあったが、胸の中にフィーンが収まっている以上は逃げも隠れもできるはずがない。
――最初、地球に飛来した際、地球における『英雄』の一人だという人間の情報を収集した。だが、その英雄の力は我らが求める戦いにおいては非力だった。人間の能力を極端に超越した力は持っていなかった。
 つまりは、フィーンの言う英雄こそが沢村栄治なのだろう、とエイジは見当をつける。
 記憶と身体のデータは沢村栄治のものであっても、自我は人工的に作られたまったくの別物ということだ。
 つまりは、生まれ変わりとは言いがたい別人だ。
――それでも、地球の人類が我々にとって戦争の師であることに変わりはなかった。だが、レギオの姿のまま直接接触して教えを乞うことは困難だった。
「交渉の窓口としての身代わりか?」
――『英雄』の姿を再現することによって、高度な知恵を有する自我が生まれたのは半ば自動的な結果であり、予想外でもあった。
 無遠慮なフィーンの物言いにエイジは鼻を鳴らした。
 自分という存在が、手違いで生み出された副産物に過ぎないことを、こうもはっきりと聞かされて気分の良い筈がない。
――ヒトの姿を写し取って形成することはできても、思考形態の違う我々がそのまま地球人類と接触するのはやはり無謀であろう。その意味では、エイジの存在はむしろ好都合だ。
 フィーンなりに場を取り繕うつもりなのか、そんな言葉を付け加えるが、エイジには腹立たしいだけだ。
「うるせえ」
 それ以上の説明を聞く気にもなれず、エイジはむっつりと黙り込んだ。
 砂浜に集まっている人々がいなくなるまで、のこのこと出ていくのはためらわれ、心臓の中に収まる奇妙な同居人と気まずい空気の中、時間を過ごさざるを得なかった。
 元々饒舌ではないらしいフィーンも、聞かれたこと以上に長々と話をするつもりはないらしい。
 沈黙が落ちるなか、エイジはこれからなにをどうすれば良いのか、途方にくれることしかできなかった。

 第二話に続く

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