『鋼鉄のヴァルキューレ』(改) 第一話


REDSUN IN WONDERLAND
SUPPLEMENT STORY:01



 プロローグ

 新舞鶴。

 機体番号『UN−0876−32』を持つUN重戦闘機が噴射口を下に向け、着陸態勢に入った。
 キャビンの窓からは、着艦目標となるフネの姿が間近に見えた。夕闇迫る新舞鶴の軍港。何隻かの護衛艦が投錨している。
 その中に、一際目を引くフネがいた。西日を浴びて黒々としたシルエットを浮かばせるそのフネは、他を圧する威圧感と、神々しささえ感じさせる優美さに溢れていた。水平に寝かされた異様に長い砲身は、敵に穂先を向けた長槍のように見えた。
「こうして見下ろしてみると、結構綺麗なデザインですね」
 キャビンで向かい合って座る伊吹マヤ二尉の驚きの声にも、赤木リツコ博士は少し眉を上げただけだった。ただ、彼女の口から小さな声が漏れる。
「久しぶりね、『鋼鉄のヴァルキューレ』……」
 彼女達の眼下には、基準排水量28500トンを誇る、海上自衛隊最大級の護衛艦『たかちほ』の勇姿があった。
「こんな事になるのなら」
 彼女の呟きは続いていた。こんな事になるのなら、あの時、意地でも断っておくんだった、と。
 リツコの思いは、いつしか一年以上前のある日へと飛んでいた。E計画責任者である彼女が抱えた、最大のアルバイトに関する、どうしても割り切れないモノの残る記憶へ。

 1・来襲者

 第三新東京市。ジオフロント内中央作戦室発令所。

 ネルフ職員に、士気という概念を当てはめるなら、必ずしも高い水準に維持されているとは言い難い。D級勤務者ともなればなおさらだ。
 無理もない。彼らの仕事は、来るべき使徒との人類の存亡を賭けた決戦である。だが、その時が何時来るのかを知っているのはほんの一握り。残りの者は、海水浴場で砂の城を作っているような徒労感を腹の底に押し込みながら、日々の仕事に従事しなければならない。
 自然、彼ら(特に、女子職員は)の興味は仕事よりも、周囲の人間関係へと向いていく。今日も、未だ使われることのない発令所では、うわさ話に花が咲いている。
「それでね……」
「あ、その話聞いたことある」
「……一尉って、実はさ」
「えー!」
 彼女達は話に熱中するあまり、その後ろに、話題の人物の一人が立っていることにも気づかない。
「何の話かしら?」
 声を掛けられ、全員がぴたりと言葉を飲み込んだ。
「あ、おはようございます、赤木博士」
 赤木リツコ博士は、固い表情で頷いた。
「で、何の話?」
「えーと、それはですね」
 周りにせっつかれて、女子職員の一人、オペレータの伊吹マヤ二尉が矢面に立たされる羽目になった。彼女がリツコと一番親しいからだった。
「あ、そういえば、先輩にお客様が見えてらっしゃいますよ」
 マヤがわざとらしく話を逸らす。
「聞いてないわ、誰かしら」
「ほら。海上自衛隊の早川一佐」
「またなの?」
 リツコは心底うんざりという顔をした。それを見て、女子職員達は笑いをこらえ、肩を震わせる。
「まんざらでもないんじゃないか、って話をしてたんですよ」
 マヤがそう言って舌をぺろりと出す。
「よしてよ、冗談じゃないわ。そうそうにお引き取り願って頂戴」
「直接言って下さいよぉ」
「……仕方ないわね」
 リツコは小さく溜め息をついた。

「何度でも申し上げますがね、赤木博士――」
 海上自衛隊艦政本部設計官、早川ジュウジ一等海佐は、躁病を疑わせるような強引な口調を改めもせず、リツコの説得を続けていた。
 場所は、職員の休憩所。自動販売機やテーブル、長椅子などが置かれた所で、非公式な会談とはいえ、不似合いも甚だしい。
 とはいえ、本格的に会議室を抑えるのも却って煩わしいし、かといってリツコは自室にこんな厄介な客を招き入れるつもりは毛頭無かった。
 時間が時間であるために休んでいる人の姿は無いが、たまにジュースを買いに職員が顔を出す。オープンに過ぎる場所であるから、あまり突っ込んだ話は出来まい、リツコはそう言う読みも含めてここへ早川を誘った。
 だが、早川は平気で軍事機密に属するような内容を並べ立てていた。リツコの思惑は完全に外れた。
「――我々は、砲撃管制に最も優れたコンピュータを搭載したいと考えています。というよりは、各種誘導装置を有するミサイル並、いや、それ以上の命中率が得られない場合、我々の目論見は海の藻屑、砂上の楼閣です」
 どうせ、”我々”とは言うものの、この馬力の有り余った男が周囲を引きずっているんでしょうけど。リツコは醒めた目で熱弁を振るう早川の顔を見つめていた。
「これが、通常の管制コンピュータを用いた場合の命中率――散布界を示したデータです」
 苦み走った顔立ちは、それほど悪くない。歳に比べると立ち振る舞いも言葉遣いも若々しい。だが、通常であれば好感を抱かせる要因となるそれらを加えても、リツコは早川の押しの強さに閉口していた。恐らくは軍事機密に属するであろう事項について、部外者である自分に簡単にさらけ出してしまうやり口も気に入らなかった。
(男は寡黙が一番なのよ……)
 赤木の思いに気づくはずもなく、早川の説明は続いていた。
「そしてこっちが、MAGIによる砲撃管制を受けた場合の命中率の予測値です」
 両者を比べれば、その違いは明らかだった。
 リツコはタバコの灰を手慣れた仕草で落として、
「MAGIはそのような目的のために作られたのではありませんよ」
 とだけ言った。すぐさま早川の反撃が惹起される。
「何、コンピュータというのは元々弾道計算機ですよ。事の起こりは――」
「やめて下さい。貴男にコンピュータに関する講義を受けたいとは思いません。これでも、第七世代有機コンピュータと人格移植OSに関して博士号を持っている身です」
 やや気色ばんだリツコの態度を、早川は楽しんでいるかのように眺めていた。
「判っていますとも」
「……」
「何も、MAGIそのものである必要はないのです。指揮決定、兵器管制、およびレーダー管制に特化したデチューンタイプ、モンキーモデルで結構。作戦立案に関してまで、コンピュータにやって貰いたいとは個人的には考えておりませんからな。第一、海自は人材が豊富です」
 どう扱っていいものか途方に暮れてしまったリツコを救ったのは、足早に歩み寄ってきた早川の副官だった。
「早川一佐。そろそろ技研四課の担当者との打ち合わせに参りませんと……」
「ん? そうかあ。参ったな。カオリ君、なんとかならんか?」
「はあ……」
 いきなり名前で呼ばれた名取カオリ二尉は困惑の表情ながらも、自分の任務に忠実たらんとした。
「あちらの機嫌を損ねるのも、得策ではないように思われますが」
「うん、まあ、国防大一選抜のエリートさんの進言を聞かない幹部は愚か者だな。仕方ないな。そういう訳ですので赤木博士、自分は今日の所はこれで失礼させていただきます。とはいえ、MAGI採用の言質を頂くまで、諦めるつもりはありませんので。どうか善処願いますよ」

 2・自己欺瞞

 九三式高機動車のハンドルを自ら握りながら、早川は、井上ナルミの『オーバーロード』を鼻歌で歌っていた。助手席の名取は、その歌が、ヒットチャートの三位に食い込む曲だとは知っていたが、それ以上のバックボーンに関しては何の知識も持たなかった。もし彼女が、井上ナルミの本職が声優で、『オーバーロード』が、国防省の協力を得た結果、ひどくマニアックになってしまったアニメ『超機動戦史ガンダムA』の主題歌である事を知っていれば、早川に対する偏見をより一層強めた結果になっただろう。

「一佐。失礼なことをお聞きしますが」
 名取は、以前から訊ねたかった事柄を口にしようと決意していた。何故これほど早川が赤木博士に執心なのか、どうしても聞いておきたかったのだ。彼女の目には、MAGIに対する執着というより、赤木博士に対する個人的な興味が優先しているように見えて仕方がなかった。
「確か、その、独身でいらっしゃるとか?」
「ああ。正式に言えば、一度失敗した」
 離婚した、ということか。名取はまずいことを聞いたかな、と思った。が、それ以上に、経歴に傷を付けながら、彼がここまで登りつめられた秘訣を聞きたい誘惑に駆られた。自衛隊において離婚、あるいは独身で居続けることは、それだけで出世の障害となる。無論、セカンドインパクト前のように、つまらぬ人事に構ってばかりでもいられないが、原則が変わったわけではない。
「なにがあったんです?」
 恐らく怒鳴られるだろうな、そう思いつつ訊ねる。
「……。うん、これは軍機だから誰にも言うなよ。実はな……」
 意に反して、早川は珍しく照れるような表情を見せた。そして、昔を懐かしむような口調で話し始めた。

 十年前。
「気分はどうだい?」
 早川が聞く。病床にある彼の妻は、力無く首を振る。
「あんまり良くないわ。この部屋、あまり見晴らしが良くないから」
 高台にあるその病室からは、港が見えた。旧小田原、今は新横須賀と呼ばれる港が。投錨している数は、さほど多くない。
「戦艦が見たいわ」
 彼女は、セカンドインパクト以前であれば考えられないような台詞を口にした。  だが。東京へのN2爆雷投下で両親を失った者の言葉としては、それなりの重みがある。
「アイオワ級? それとも。”メキシコ湾の孤独の貴婦人”『モンタナ』?」
「いいえ。貴男が話してくれた、大和や長門、伊勢、金剛、山城……」
この願いは、いくら早川でも叶えることは出来ない。彼女が挙げた名前のフネは、既にこの世の者でなくなって久しい。第一、戦艦という艦種自体、現実にはほとんど絶滅している。
「妙な願いだな」
「貴男のせいよ。初めて会ったときから、貴男は戦艦の事ばかり話すんだもの。あんまり意味が判らないのも癪だから、色々調べている内に」
返す言葉を失った早川を見かねてか、彼の妻は微笑んだ。
「でもね。あの世に行ったら、きっと私、戦艦に会えるような気がするの」
「馬鹿なことを」
 早川が気色ばむ。
「ごめんなさい」
「謝ることは無い。……俺が作ってやる。戦艦――君の見たいフネを、俺の手で作ってみせる」
「貴男が造るフネなら、きっと強いフネなんでしょうね」
「ああそうだ。そうだとも。俺のフネは誰にも負けない。世界を敵に回しても一歩も引かない。だから、君は俺の造るフネを見届けなければならない。これは、俺の妻としての義務だ。君は義務を果たさなければならないんだ。言っている意味が判るね?」
「ええ。……なんだか、眠くなってしまったわ」
そう言って彼女は軽く目を閉じた。
「眠るといい。早く身体を良くしないとな」
「はい……」

「皮肉な話だ。彼女の発病が五年早かったら、死なずに済んだ。セカンドインパクトが起こる前なら、あの程度の病気を直せる医者は、掃いて捨てるほど居たんだ。彼女を護りきれなかった。失敗だよ」
 早川はそう吐き捨てるように言って昔話を終えた。
「どうだ? 笑いたいなら笑って良いぜ」
「いえ、とんでもありません。……私、一佐の事を誤解してました」
 名取は、瞳に本物の感動をたたえて首を振った。無き妻に捧げた誓い。確かにそれさえあれば、如何なる手段をも正統化されよう。この無遠慮な男は、妻と、妻が愛した戦艦に対する手向けとして、フネを作ろうとしている――。
「……。うん、これは意外といけるかもしれんな」
 早川がにやりとする。名取が意味を理解するのに、しばらくかかった。
「……あ。もしかして、今の話、全部作り話なんですか?」
 名取の眉間に皺が寄る。
「『後ろを見ながら敵を撃て』って、綾波鹿之介一飛曹も言っている。相手を攻めているつもりの時が、一番無防備になっている。さっきの君がそれだ」
 太平洋戦争時の隠れ撃墜王の言葉を引いて、早川はやんわりした調子で諭した。
「……」
「敵を騙すにはまず味方から、って言葉もある。身持ちの固い赤木博士をオトすには、これくらいの法螺の一つも吹かないことにはな」
 さらに早川はそう言って、げらげら笑った。
 出かかった私の涙はどうしてくれるのよ、そう叫びたい衝動を抑えて、名取は早川の横顔を睨み付けた。
「なあ。カオリ君よ。君はNADIAシステム開発に携わっていた技術者だ。それをなんで俺の副官に引っ張ってきたか、判ってるんだろうな?」
 早川が血圧の上がりかかった声で言い放つ。
 NADIAシステムとは、二十世紀中に実用化された艦隊防空システムであるイージスの後継である。イージスは、四四八〇のエレメント(小アンテナ)を持つ四枚のSPY−1レーダーとUYK−1コンピュータ十二基を組み合わせ、二百以上の空中目標を捕捉し、二十前後の目標に対して追尾を行う。
 それに対し、NADIAは七千二百のエレメントで構成されたSPY−1DJ改レーダーアンテナと、富士通SSC−6801を十六基搭載し、SSC−6801四基を目標追尾・誘導用に使用することで、捕捉可能な三五〇の目標全てに追尾が可能となっている。
 NADIAとは『Navigational Aspect Direction Integurate Analysis』の略称で、冷静に考えるとこれらの単語の羅列にほとんど現実的な意味はないのだが、この手の命名は語感とノリが第一なので、文句を付ける者はいない。
 名取は渋い顔で応じる。
  「……MAGI採用による、NADIAシステムに対するアドヴァンテージを誰よりも理解しているから、ですか」
「なんだ、ちゃんと判ってるじゃないか。だったら、策の一つでも出してくれよ」
「自分の仕事にケチを付けられているようで、気分のいいモノではありません」
「おいおい、頼むよ」
 早川は軽くハンドルの縁をぽんぽんと叩いた。
「NADIAの泣き所は、結局はマシンパワーの限界だ。何せ、セントラルコンピュータである富士通のスパコン、SSC−6801は、超格子素子を用いた第五世代コンピュータだからな」
「確かに、ハードの限界をソフトで補っているのがNADIAですが……」
 名取が語尾を濁す。一般にNADIAは、ハードに無茶なソフトを詰め込んだ結果、作動に安定性を欠く、というのが通り相場だったが、そのシステム開発に従事した名取は、口が裂けてもその点は認めることが出来ない。
「だからだよ。無尽蔵のマシンパワーをふんだんに使ったシステム。NADIAはスパコンを一六基も積んでいたが、MAGIはたった三基で、しかもその能力たるや文字通りの桁違い。これを使わずして何を使えってんだ? やってみたいとは思わんのか、スペシャル・NADIAのシステム開発を?」
「うぅ」
 名取が唸った。同時に、こういう技術屋のプライドに訴えかける手段で、赤木博士も説得できるかも知れない、と考える。早い話、名取は早川に汚染されつつあるのだった。

 3・同好の士

 富士演習場。

 砲口から、赤黒い火炎と煙が一緒くたになって噴き出した。空気が歪み、同心円上に衝撃波が広がっていく。同時に轟音が耳を圧することは言うまでもない。
「30G(G=カノン砲の意)ってのは、技術屋の、いや、男のロマンですな」
 十式重カノン砲の開発責任者である二佐は何度も自分の言葉に頷いていた。傍らではほとんど同じ表情を浮かべた早川が、十五キロ先にある小高い丘に据えられた装甲板に、ツァイス製の双眼鏡を構えている。
「最大射程四万の砲の目標としては、少々近すぎるとは思えるがな」
「ま、上層部を騙すために、過小評価で試算を挙げてますから――」
 見張り台の陸自隊員が拡声器で声を響かせ、二人の会話を遮った。
「5、4、3、弾ちゃーく、今!」
 装甲板を中心に、黄ばんだ煙が逆円錐型に広がった。土くれと砕かれた装甲板の破片が一緒になって舞い散る。続いて、雷のような爆発音が、距離のある分だけ遅れて到達した。
「それに、四万での試射なんて、ここでは無理ですよ。第一、ニュータウン建設の予定地に内定しかかってますからね、ここ」
 二佐が話を再開した。
「教導隊が戦自に引っ張られてからこっち、上手くないな」
「ええ」
「コンピュータの中じゃ、試射は腐るほどやってるんだろう?」
「勿論です。艦載砲として扱う以上、それなりの対策が必要ですからね」
「よしよし。君。そのデータを貸して貰うぞ。ちょっとした策に使う」
 早川が二佐の肩を叩く。
「そりゃ、喜んで。ですが、何の策ですか?」
「実はな……」
 早川は頬の両端をつり上げて腹案を語った。

 4・意地

 第三新東京市。ジオフロント。

「受けちゃえば? その話」
 ジオフロントの”夜景”を一望するラウンジで、ミサトは軽い調子で言った。
「どうしてよ?」
不機嫌そうなリツコの声。ミサトは一瞬だけ口をへの字にし、それからおもむろに口を開いた。
「海幕のほうから三角パスが回ってきたのよ。一朝有事――この場合、使徒の襲来ね――に、海自との連携を計るためにも、MAGIに関する技術供与を、ってね」
「あの男が仕組んだのね。全く、いい歳して、何処からあんな馬力を出してるのかしら」
「さあ? 案外、リツコの顔が見たくて日参してるんじゃないの? ふふん、良かったじゃん」
「良くないわよ」
 しばしの沈黙。そして期せずして笑いが漏れる。
 ひとしきり”男女の仲”に関する考察を披露した後、ミサトが大きく頭を振った。脱線した話を本題に戻す、という合図だった。
「碇司令にはなんて?」
「……まだ、話してないのよ」
「どうしてぇ?」
「たぶん、早川一佐のほうで、ねじ込んでいるのは間違いないんだろうけど」
「だったら、ゲタをあずけちゃえばいいのに?」
「私のプライドが許さない。ことMAGIに関してはね」
「そういうもんなんだ」
「……」
 とりあえず話を聞くだけでも、という早川の攻勢にリツコが屈するのに、それから三日を要した。

 5・独壇場

 新横須賀。

 自衛艦隊司令部の建物にある会議室の一室に、リツコは居た。早川が押し進めている砲撃護衛艦建造計画の推進会議に、砲撃管制コンピュータ用MAGIのシステム開発責任者として参加しているのだ。ネルフの作戦部代表として、ミサトも出席している。二人の鞄持ち兼その他雑用係として、マヤも駆り出されている。
 非公式な会合、と早川が強調したせいか、かなり会議室内は砕けた雰囲気があった。というか、早川の気迫に汚染されて、緊迫感が出ない、と言ったほうが正しいかも知れない。
(汚染されているのは、部屋の空気も同じかも)
 リツコはタバコを指で軽く弾き、かなり長くなった灰を灰皿に落とした。空調管理がいい加減なのか、部屋の天井ではかなり濃密に紫煙がただよっている。潔癖性であるマヤにとってはかなり居心地の悪い場所らしく、顔をしかめている。
 ミサトのほうは、自分でタバコは喫っていないものの、さして気にする様子もない。これはどうやら、日頃隠れて人目につかないところで喫っているな、とリツコは推理した。
会議開始の定刻五分前に、早川が壇上に立った。欠席者の有無の確認も、出席者に対する感謝の言葉も何も無し。いきなり本題に入る。
「現在。対艦ミサイルを数百発用いても、数隻のイージス艦で対処可能であります。それに、我が海上自衛隊の現在建造中の艦を見ればほとんど全てがステルス性を持ち、イージスシステムとのデータリンクを可能としております。ならば、そう遠くない未来、対艦ミサイルは全く用をさなくなる、と言えるのではないか。小官はそう考えます。では、どうすべきか」
 早川は、一体誰に向けて語っているのか判りかねる口調で、そう切り出した。
 自衛艦隊司令部、海上幕僚監部、UN作戦本部から派遣されてきた士官達は、小馬鹿にするか、呆れたような視線で彼の言葉を聞き流している。
 リツコもそうしたかったが、周りの雰囲気がこうも否定的であれば、それに乗ってばかりもいたくはなかった。彼女もまた、へそ曲がりという点では早川にも劣らない。
 早川の言葉は続いていた。
「解決策は一つ。砲撃戦であります。誰も大和型を作れなんぞ言いません。作るのは、……昔の用語でいうところの装甲巡洋艦クラスで十分です。装甲材にセラミック系複合装甲を用い、攻撃力は長砲身化と投射弾数、命中精度でカバー出来るものと判断します」
 しかし、彼の言い分はさして感慨を与えた様子は無かった。
「いくら言葉を労したところで、百聞は一見にしかずでしょう。まずは、ある状況におけるシミュレーションを見ていただきます」
 会議室前面のスクリーンに、CGを駆使した映像が映される。
 日本海で通商破壊を行なっていたロシア太平洋艦隊の巡洋戦艦『セヴァストポリ』が日本籍のタンカー船団に襲いかかり、三十センチ砲で瞬く間に数隻を撃沈した。『セヴァストポリ』は、火蓋を切るその瞬間まで敵対意志を見せなかった為、主砲の射程内に捉えられた状態で交戦となった。彼我の距離は約四十キロ。船団護衛の任についていたイージス護衛艦『きりしま』が『ハープーン』対艦ミサイルを発射する。だが、イージス用SPY−1レーダーを装備した『セヴァストポリ』は、浴びせられた十六発のミサイル全てを撃破した。
 ミサイル攻撃を凌いだ『セヴァストポリ』が、反撃に移る。三連装三基計九門の三十センチ砲が仰角を取り、斉射する。
 第一斉射から『きりしま』の船体を夾叉する。白い水柱が奔騰し、一万トンに満たない『きりしま』の船体を揺さぶる。
「イージスで砲弾は防げない……」
 海幕から派遣されてきた士官が強ばった顔で呟く。
 『セヴァストポリ』第二斉射。一発が後部艦橋構造物に命中した。ラティス・ポールが跳ね飛んだ。黒煙をあげて速度を落とした『きりしま』の頭上から、第三斉射が襲いかかった。
 閃光。
 『きりしま』は、計三発の命中弾を受け、真っ二つに折れて沈没した。

 全部で十五分ほどのCGアニメーションは、巧みな構成とカット割りで、そのまま映画のワンシーンとして使えそうな質の良さを持っていた。その為、ここで描かれた情景が決して早川の妄想で終わらない事を主張していた。
 沈痛な空気が会議室を支配していた。早川だけが一人、意気軒昂である。
「ヴァレンタイン休戦条約からこっち、世界の先進国軍隊は徒党を組みました。結果、露助もまあ、アメちゃんやおフランスの技術を堂々とかすめ取ることが出来るようになっとります」
 スクリーンに、再びフネの画像が映し出された。今度はCGではなく、本物の写真だ。
「クロンシュタット級巡洋戦艦『セヴァストポリ』。現在、UN太平洋艦隊に属しておりますが、この度、艦隊の能力をボトムアップする目的で、ウラジオストックにてイージスの追加装備や、通信機能の強化を目指した改装工事に入っております」
「仮想敵にしては、随分と露骨じゃないですか?」
 戦略自衛隊から派遣されている若手の三佐が訊ねた。
「なに、向こうも百も承知ですよ。第一、軍隊ってのは、敵がいて貰わないことには存在に意味が無くなりますから」
 あまりに直接的な物言いに、若手の三佐は鼻白んだ表情で黙り込んだ。
「ハープーンの射程は百キロを超える。砲弾の届かない距離からのアウトレンジで攻撃を仕掛ければいい」
 苦虫を噛み潰した顔で自衛艦隊司令部派遣の士官が言う。彼の顔付きが冴えないのは、自分の意見がどう反論されるのか、ある程度予想がついているからだろう。
「勿論、それが可能な状況であれば、そうするに越した事はありません。私がガラにもなく、CGアニメなどという代物を持ち出した理由はお解りでしょう? 相手は、必ずしも宣戦布告を交わした敵国のフネとはかぎらんのです」
早川は、嫌みな事に、再び『きりしま』の攻撃が阻止されるシーンをスクリーンに映していた。
「対艦ミサイルを、相手の対空処理能力を超えた数で同時に叩き込むような事が何時でも出来うるのか。小官が疑問に感じているのはまさにその点なのです。どこへでも、望むべき戦力を投入できるのであれば誰も文句は言いません」
士官達は沈黙した。早川の毒気に当てられたのかも知れなかった。
 早川は無意味な咳払いをしてから言葉を継いだ。
「手元に資料をお配りしております。今のところ、画餅よりも頼りない人畜無害の代物ですから、持って帰って家族親戚知人に言いふらすも、インターネットのホームページに掲載するも大いに結構です」
 とんでもない奴、リツコは呆れながら、机の前に置かれたレジメを手に取った。
「三ページ目までは、見た目をそれらしくするためのはったりです。四ページ目に、現段階における基本図案と性能諸元を掲げてあります」
 ページをめくる音が響き、続いてあちこちから、溜め息ともうなり声ともつかぬ声が漏れ聞こえてきた。
 リツコとミサトは顔を見合わせた。そこには、彼女達には造詣の深くない要素に関するデータで埋まっていた。

 * * *

 ・砲撃護衛艦”DDC−065”要目
 全長:245m
 全幅:27.5m
 速力:35ノット
 基準排水量:28500t
 兵装:71口径30cm砲3連装3基
    VLS128セル(64セル×2)
    20mmCIWS×4
    75口径76mm速射砲×2
 機関:CODLAG(ガスタービン・ディーゼル電気推進併用機関)
    33万6500馬力 四軸推進
 乗員:320名

 艦載砲:10式71口径30cm”重カノン砲”
 初速:徹甲弾使用時。1200m/秒。榴弾使用時。800m/秒
 射撃間隔:全力射撃時、十発/分
 砲身命数:徹甲弾のみの場合、200発。榴弾のみの場合、350発。

 * * *

「七十一口径三十センチ? 随分と長い砲身では?」
「まさに、その通りです。超長砲身の意味は説明するまでもないでしょうが、勿論、初速を増し、命中精度と破壊力を高める為の措置です」
「……砲身命数の低下、という点は?」
「その点、勿論考慮しております。シミュレーションによれば、そこに記したとおり、徹甲弾のみであれば二百発、榴弾のみであれば三百五十発で命数が尽きます。現在二門の試作砲を富士演習場にて試験中で、素材の改良等により、もう少し寿命を伸ばすことが出来るかも知れません。
「射程は?」
「有効最大射程は四万メートル。ちなみにアイオワ級は四万六千、クロンシュタット級で四万五千と想定されます。モンタナに関しては……現状が現状ですので不明ですが、四万を切ることはあり得ないでしょう」
「おいおい、それじゃアウトレンジされるのはこっちじゃないか?」
「ですから、このフネの戦術としては、一気に相手艦隊の懐に飛び込むよりありません。勿論、九十式戦車以来培ってきた複合装甲のノウハウを最大限に発揮していただき、直接防御力を高める努力は致します」

「……リツコ、どう思う?」
 交わされる会話についていけないミサトが、リツコに小声で聞いてくる。
「一つ言えるのは、手堅い設計ということね」
「確かに。ウチのエヴァが装備する予定のパレットライフルって確か……」
「120ミリ劣化ウラン弾を毎分――」
「それはまあ、費用対効果という奴ですよ」
 早川の言葉が、ミサトとリツコの会話に対して向けられていることに二人が気づくのに、数拍を要した。
「あ、その」
 ばつの悪そうな顔をするミサトに目もくれず、早川が自説を展開し始めた。
「先ほども申し上げましたが、このフネが想定しているのは、あくまでもアイオワ級、あるいはクロンシュタット級で、得体の知れない”使徒”ではありませんから」
士官の間から失笑が起こる。むかっ腹を立てたミサトが言い返す。
「有事には、UN軍も我が方の指揮下に従っていただくことをお忘れ無く」
「そうでしたそうでした。ええ。その時には精一杯やらせて頂きますとも。現在、N2弾頭砲弾の試験も行っております。これがあれば、”使徒”とも多少は戦えるでしょう」
 しばらく、軍人同士の質疑応答が繰り返される。早川は大抵の質問によどみなく応えていた。
「最後に一つだけ」
 会議(ほとんど早川のプレゼンテーションに終始したが)の終わり間際に、ミサトが挙手した。
「なんでもどうぞ」
「先ほどから、DDC−065という艦番のみ仰っておられますが、このフネの名称は決定されていないんでしょうか?」
 素人じみた問いに、場の空気が和む。
「いえ」
 早川は快心の笑みを浮かべた。
「DDC−065の予定艦名は、砲撃護衛艦『たかちほ』です」

 6・アナロジー

 お開きになった会議室から、三々五々立ち去る士官達。リツコとミサトも席を立つ。
 廊下に出たところで、ミサトが名取に呼び止められた。
「早川一佐が、葛城一尉にお話があるそうです」
「あたしに? リツコ――赤木博士じゃなくて?」
 ミサトがきょとんとした顔をする。
「はい。こちらへ」
「どういう了見かしら」
 名取に促され、ミサトは救いを求めるような視線でリツコの顔を伺う。
「気に入られちゃったんじゃないの? じゃ、私は先に。タクシーでも拾って帰るから」
「え、そんな〜。直ぐ済ませるから、ちょっと待っててよ」
「仕方ないわね」
 リツコが肩の力を抜き、小さく息をつく。その様子を見てミサトは片手拝みをしてから、名取の後に続いた。

 ミサトが名取に案内されたのは、小さな研究室のような部屋だった。船舶工学に関する書籍が本棚を埋め尽くしている。端末のモニターの幾つかは、スクリーンセーバーが起動し、不規則なワイヤーが揺らめいている。それだけなら特にどうという感想も抱きようがないが、本棚の脇に、当たり前のような顔で新進気鋭の若手女優・栗田ミサオのポスターが貼ってある辺り、どこか正気を疑わせるものがあった。
「ちょっと、見て貰いたい代物があるんですよ」
 早川は、何の挨拶も前置きもなしにそう切り出した。
「どうして私に?」
 組織が違うとはいえ、相手は三つも階級が上の存在である。しかし、ミサトにはどうも敬意を抱いて話すことが出来ない。これはミサトだけでなく、リツコも同様であろう。
「赤木博士に直接お見せするには、少々心臓に悪いかと。それに、作戦部長が目を通しておくことも無駄ではありますまい」
 早川は端末の一つに向かい、マウスを慣れた手つきで操作した。
 ウインドウが開き、先ほど会議室で見せたCGアニメーションに似た映像が呼び出される。場所は海ではなく、地平線が三百六十度広がる、緑色の大地。その中に、ぽつんと細長いものが台座に乗せられて置かれている。
「これは、DDC−065が採用を予定している、技研四課で開発中の新型砲の射撃シミュレーションです。国防省とUN参本をだまくらかす為に”重カノン砲”、なんて大嘘こいてますが、実際は艦載砲です。ま、30Gというのも、味がある、とは開発者の言葉ですが」
 早川は一気にまくし立てた。これでも、彼にしては珍しく勿体をつけている様子だった。
(平気で軍機をペラペラと……。どういう性根かしら)
 ミサトが疑わしげな視線を向けるが、早川は動じない。
「で、こいつに、同じく開発段階の劣化プルトニウム弾芯の徹甲弾を装填します」
 マウスのクリック音。浅い仰角を与えられた砲尾に、見えざる手によって砲弾が押し込まれる。
「ちょっと待って。劣化プルトニウム?」
「はい。30センチ砲仕様のものはまだ実物は出来てませんが。30ミリ用でしたら、CIWS(個艦防御用近接対空機関砲)のバルカン・テルシオで既に実戦配備されています。海自では『いそなみ』級DD(護衛艦)と『いせ』級DDH(ヘリ護衛艦)が採用しております。効能云々は、説明無用でしょうな」
 間髪入れずに早川が言い、さらにアニメーションを進行させた。
「射撃目標は、――お宅では特殊装甲と呼んでおられるんでしたかな。複合装甲板です。ちなみに一万二千枚を一体化したものです」
 画面が切り替わった。四角い板が何もない空間に出現し、視点が一気にバックして砲と板の両方を捉えられるポイントで固定される。画面右下に30,000mという表示が現れる。
「一万二千枚? その数字は一体何処から……?」
 ミサトの顔がここに来て曇った。一万二千枚の特殊装甲というのは、まさにエヴァンゲリオンの装甲そのものであるからだ。ATフィールドによる防御システムがコンバット・プローブンされていない現状においては、特殊装甲こそエヴァの防御力の基盤と言える。
「さて、何を仰りたいのか判りませんが……」
 明らかにすっとぼけている、という口調で早川はミサトの疑問符を聞き流した。
「距離は約三万メートル。いわゆる主砲戦距離という奴ですな。……行きますよ」
 クリック。画面の中の重カノン砲が発砲した。砲弾は目で追いきれないほどの速度で飛翔し、装甲板に命中。そして。
「ご覧の通り、貫通します。この事実を日本政府の偉い方が知ったら、なんというでしょうかな。こんな脆い代物を『汎用人型決戦兵器』など、お笑いだ、とでものたまうでしょうかね……」
 画面を食い入るように見ていたミサトが息を呑んだ。
「……こんなもの、いくらでもでっち上げられるわ」
「勿論、そう言われるだろうと思っておりました」
 早川は、敬語とぶっきらぼうな口調を奇妙に融合させつつ、流れるような演説を開始した。
「とにかく分厚い板を撃ち抜くという観点においては、徹甲弾に勝るものはありません。物理的エネルギーをそのまま叩き付けますから、弾が重く、そして砲身が長い――初速が早いということですな、そういう砲であれば、その貫通力は常識を超えます。特殊装甲は、ミサイルやレーザー、ビームの類には効果があるでしょう。しかし、ウチの重カノン砲が力任せに殴りつけたら、壊れない訳にはいきませんのです、これが」
「私の質問に応えて下さい。これがでっち上げでないと言う証拠は?」
 焦れた調子になってミサトが聞く。マイペースの早川とは対照的に、表情から余裕が失われている。
「はい。このシミュレーションはカタログデータの組み合わせですから。当然詳細な数値に基づいてます。本来は軍機ですが、他ならぬ葛城一尉の頼みとあらば、提出しますよ」
 何がどう、『他ならぬ』なのか判らないが、早川はそこで言葉を切ってにんまりとする。
「ただし、数値が膨大すぎて、分析に時間がかかるかと思いますが。このプログラムだって、二週間、三人がかりで完徹しながら汲み上げた結果ですからねぇ。これを疑われるのであればどうしようもない。信じてくれ、としか現状では申し上げようがないですな。実物は存在していないわけだし、第一こんなところで嘘をついても仕方がない」
「……しかし」
「カオリ君、これ、間違いないよな」
「え、は、はあ。間違いありません」
 唐突に話題を振られた名取が、戸惑い気味に返事をかえす。
「私にどうしろって仰るんですか?」
 険を含んだ声でミサトが聞く。
「赤木博士を説得して下さい。指揮管制用MAGIのシステム開発を、どうしてもやっていただきたいのです」

 ミサトが疲れた足どりで部屋を辞すると、名取は大きな溜め息を付いた。
「よくもあんな大嘘を……」
「嘘じゃあない。強いて言えば大法螺だな。『装甲板の特性』を使わせて貰っただけだ」
 早川が見せたデータは、砲弾が一万二千枚の特殊装甲の中心を貫通するというものでは無かった。単に、特殊装甲の端を食いちぎったに過ぎない。『装甲板の特性』とは、”装甲板が設計上の防御力を発揮するのは、砲弾の直径の二.五倍程度、装甲板の端から中心部に寄った場所に命中した場合である”、ということを指している。端に近づけば、それだけ防御力は低下する。薄い鉄板の真ん中を指一本で変形させることは不可能でも、縁であれば可能になる、そういう事だった。
「あの膨大なデータを解析すれば法螺に気づくだろうが、ネルフも暇じゃないからな。出したところで何かに使えるわけでもないデータ解析に、そう時間を割けるとも思えない」
「卑劣だとは思いませんか?」
「随分はっきりした物言いだな」
「一佐と行動を共にしていれば、好むと好まざるとに関わらず影響されます」
 名取は憮然とした顔になって言った。
「ま、そう言うなって。お陰で楽しい目を見られそうじゃないか?」
「何故、直接赤木博士に仰らなかったんです?」
「こういうのは、搦め手から攻めるもんなんだ。葛城一尉の伝聞という形になれば、『詳細は判らないが、信じるしかない』となるだろうが。直接見せて感づかれたんじゃ、やぶ蛇も良いところだ」
 もし葛城一尉が感づいたらどうするつもりだったのだろう、名取は納得できないものを感じていた。結局早川一佐は、赤木博士を騙すのが忍びなかっただけなんじゃないだろうか……。

 7・事の次第

「ねえ、リツコ……」
 ルノー・アルピーヌA310のハンドルを握るミサトが、左側の助手席で、外の景色を眺めているリツコに声を掛けた。
「なによ?」
「ほら、その。そろそろOKしちゃってもいいんじゃないの?」
「あのフネにMAGIを載せる事を?」
「そうそう。断り続けてたんじゃ、先方にも悪いし」
「貴女が相手のことを気にかけるなんて、意外ね」
 ミサトの猫なで声に対し、返ってきたのはリツコの冷たい言葉。
「そんなこと言わないでさぁ」
「あんな男の言う事なんて、聞きたくも無いわ」
「そりゃ、やな奴だと思うわよ、早川一佐は。……実は、さっきね、あのフネに積む新型砲の威力ってのを見せられたのよ」
「それで?」
「新型砲が劣化プルトニウム弾を使えば、エヴァの特殊装甲を貫通させられるって」
「……」
 気のない返事をしていたリツコが黙り込む。
「もし協力が得られないなら、この情報を政府にリークするって。そうなったら困るのはネルフよ。なにせ、まだ使徒と戦ったこともないエヴァを認めさせるのに、碇司令や冬月副司令がどれだけ力を注いだか」
「……そのデータ、信用出来るんでしょうね? 一杯食わされたとは思わないの?」
「そりゃ、疑おうと思えばいくらでも疑えるわ。でも、あの自信は間違いなく本物よ。女の勘って奴」
 言うまでもなく、彼女の勘は外れている。この点、早川の思惑は完全に奏効した。
 リツコは疑わしげな目でミサトの横顔を見ていたが、頭ごなしに否定できるわけでもなかった。エヴァが、単なる対使徒用の兵器では収まらない存在である、と今の段階で口にすることも許されない。
「選択肢はないのね。……仕方ないわ」
「やってくれるのね! ありがとう、持つべきはやっぱり親友よね!」
 ミサトがアクセルを力強く踏み込んだ。

 『たかちほ』の建造が開始されたのはその日から一ヶ月半後、大分県大神にある日本重化学工業共同体の工廠においてであった。


第二話に続く

危惧庫に戻る

サブグラウンドに戻る

INDEXに戻る