『鋼鉄のヴァルキューレ』(改) 第三話


REDSUN IN WONDERLAND
SUPPLEMENT STORY:03


 1・後追い説明

 新横須賀。

 日差しは相変わらず強い。
 その中、自衛隊の制服に身を包み、埠頭に立つ女性士官の肌は、驚くほど白かった。
 彼女の見上げる先には、セカンドインパクト前に建造された、ややくたびれた感のある一隻のフネが接岸している。
 海上自衛隊開発指導隊群所属の試験艦『あすか』(艦番ASE−6102 4250トン)。
「宮村前艦長が退艦なされる。総員、敬礼!」
 艦内スピーカの声に合わせ、舷側に整列した隊員達が、一斉に敬礼を送る。
 埠頭に立つ女性士官――前任艦長、宮村サワコ一佐は感慨深げな表情で答礼し、しっかりとした足どりでその場を後にした。
「あの艦。欠陥ばかり抱え込んだ問題児だったけど――」
 宮村は歩きながら、彼女と時を同じくして『あすか』勤務の任を解かれた三佐に話し掛けた。彼は艦政本部から派遣されていたミサイル管制の専門家で、次の配属先でも、攻撃管制の部署に携わることになっている。おそらく砲雷長か戦務長あたりだろう。
「元の設計に難がありましたからね。命中率三%では、壮大な無駄遣いに終わりそうですよ」
「色々と手は尽くしたんだけど。結局は管制システムの限界なのよね」
 溜め息混じりに、宮村は『あすか』の姿を振り返った。船内をくりぬいてそっくり新兵器試験のプラットフォームに改造された為、全体的な機能美を損なっているように彼女の目には映った。無理している。そう思わずにいられない。
「ええ。なんですか、これでDDC−066の設計案にも影響が出るのは避けられないでしょう。この土壇場になって」
 三佐の言葉は、最後は吐き捨てるような調子になった。出来の悪い兵器に長い間つき合わされたことに、忸怩たる思いを感じているようだった。
「双胴船形式って聞いてるけど」宮村は眉を寄せ、泣き笑いのような表情を作った。「私、操艦って苦手なのよね。そんな見慣れないフネに乗せられても困ってしまうわ」
 元々技術畑の彼女が現場に出ていたのは、半ば技術主任としての意味合いもあった。現場も判る技術屋、という評価が定まってしまえば、そう簡単に研究室に戻るわけにも行かなかった。彼女の本職は大陸間弾道弾迎撃システム関連であるのだが、妙に海に相性がいいというので引っぱり出されてきたのだ。
「そういうのは、海の本職に任せておけば良いんです。よろしいじゃないですか。設計案は国防省発の第二案のほうにほぼ決まりでしょうから。六十四セルVLS八基を搭載した兵器庫艦。羨ましいですよ。『あすか』にはもううんざりです」
 国防省がUN統合参謀本部からの要請で建造に着手し、外殻だけは完成しているDDC−066。このフネは、就役の暁にはUN太平洋艦隊に配属されることに内定している。
「さて、どうなることかしら。大体、私を艤装委員に引っ張るというのは、兵器庫艦の方向には行かない、と宣言してるようなものよ?」
 三佐は少しだけ首を傾げた。
「その点に関しては、自分にも疑問ですが。恐らく、第一案を推している人々の顔を立てる為でしょう」
「感心しないわよねえ、作ってる途中であれこれといじるなんてのは」
「同感です」
「……兵器庫艦、ね。”鷹計画”も進んでるのに」
 宮村は、わずかに不満げな口振りになった。彼女は三佐と違い、『あすか』で試験の行われていた新兵器に、未練を残している様子だった。いや、問題児の『あすか』そのものに愛着を抱いている、といったほうが正解かも知れない。
 ちなみに鷹計画とは、国防省が、民間船舶の建造に当たって七割の補助金を負担し、有事には兵器庫艦に改造出来る形に設計させる、というものだ。兵器庫艦とは、とにかく大量のミサイルランチャーを搭載しているだけのフネで、個艦防衛は他の艦艇に任せきる為、図体のでかいフネであれば、船殻は民間船舶であっても一向に構わないのだ。
「エネルギー指向兵器とミサイル。この組み合わせを如何に有効に活用するかが現代の海軍のあり方です。それ以外に気を取られて予算を浪費するのは無意味です」
 宮村は、くすっと笑った。階級相応の年齢を重ねているとは思えないほど、若々しい表情になる。
「貴男の持論は、新しい配属先では異端かも知れないわね」
「全く残念です」
 憤然として三佐は前を向いたまま言った。
「小耳に挟んだんだけど、何でもあっちはネルフが技術協力して管制システムを構築しているとか? 貴男、その話聞いてない?」
「自分はネルフとは無関係ですよ。……叔父貴は、自分のことなど覚えちゃいません」
 三佐――六分儀ノリヒデは言下に関連を否定した。更に言葉を継ぐ。
「もし繋がりがあれば、そちらに手を回してでも止めさせたいところです」
「物騒な事は考えないでね。貴男は技術は確かだけど、人間関係の円滑な構築に関しては経験が不足しているようだから」
 拗ねたような表情になった六分儀の横顔を見る宮村は、年齢不詳の笑みを浮かべていた。

 2・ヴァルキューレ

 大分県。大神工廠。

 建造途中である『たかちほ』の居住区画に泊まり込んでのリツコ達のシステム構築は、公言通り一週間を経て、ほぼ完成を迎えていた。
 ”ウルザブルン”に早川を迎え、リツコが、THANATOSの説明を行っている。彼女は、「きちんとした仕様書は後で作成しますが」、と前置きして話し始めた。
「まず、三基はマルチ・パーパスとして、目的を限定せずに活用します。基本的に、SPY−1DJ改の四枚のレーダーアンテナを制御するのが”スクルド”、指揮・決定システムを”ウルド”、兵器統制システムを”ベルダンディー”がそれぞれ担当します」
「ほう」
「また、この三基はそれぞれ、過去の行動パターンのデータ蓄積、現在の彼我の位置関係のデータ化、未来位置予測を担当する多重構造にもなっています。防空戦闘は”スクルド”、対艦ミサイル攻撃は”ベルダンディー”が優先権を与えられます。で、本システムの目玉となる砲撃管制ですが、これは三基全てを投入して、MAGIの討議システムを応用して行います」
 ふう、とリツコは息をついた。喉の渇きを覚え、傍らの端末横に置かれたペットボトルのミネラルウォーターを紙コップに注ぎ、一気に飲み干す。
「いいですねぇ、続けて下さい」
 早川が続きを促した。リツコは大きく息を吸い、言葉が上滑りしないように自分にブレーキを掛けつつ話し始めた。
「……照準データは、それぞれ光学――これには、偵察衛星による画像データも含まれます――、レーダー照準、赤外線を主に用いて導きます。勿論、三基全てが各方式での管制データを弾き出しますが、それぞれの優先順位を変えてあります。具体的に言うと、”ウルド”が光学照準”、ベルダンディー”がレーダー、”スクルド”が赤外線を主体としています」
 目を充血させ、目の下にはっきりとしたクマを作りながらも、端末の椅子に座って足を組むリツコは凄絶な笑みを浮かべていた。その傍らではマヤが、リツコにもたれかかるような形で眠っている。いや、睡眠と言うよりは、気絶や失神という形で意識を喪失している、と言ったほうが正しいかも知れない。
 その後ろでは名取達が端末に向かい、最後まで残っていた”スクルド”のデバッグ作業に追われている。既に限界線はとっくに超えていたが、技術者としての意地が彼女達をつき動かしていた。
「もちろん、照準に必要な要素はそれだけにはとどまりません。距離に加え、風向きとその速さ。気温と湿度。海流を考慮に加えた上での彼我の速力と進行方向。砲の磨耗と、弾薬の製造期間から判断される劣化。果ては重力の偏向と地球の自転さえも考慮しなければ、高い命中率は期待できません。砲撃管制プログラムには、砲弾が受けるであろう、考え得る限りの物理的影響を計算に入れています」
「で、その後に三基が導いたデータを討議させて、最も妥当と思われるものを採用するわけですな」
 早川が、後ろの三人の状況をまるで気にかけずに満足げに言った。
「まず間違いなく、貴男の理想とする命中率を発揮するものと確信しています」
「有り難いことです。こちらも、前にお話しした本艦と敵の間に横たわる環境データ採取用の、観測砲弾の開発を進めさせております。これと砲撃管制システムを組み合わせれば」
「概算ですが、命中率は八割を超えます。誘導弾を使えばより精度は向上するでしょう。無論、相手が等速直線運動――停止状態もこれに含まれます――をしている場合ですが。とはいえ、先ほども申し上げましたが”スクルド”には、”ウルド”が貯め込む過去の行動パターンデータから、未来位置を推定するプログラムを組み込んでいます。低空飛行する飛行機を相手にでもしない限り、最悪でも命中率が五割を切ることはないでしょう」
「結構結構。いや、流石は赤木博士。石本一尉達も専門家ですが、やはり有機コンピュータの特性に関しては貴女に一日の長がありますな。彼らだけではとても、ここまでの短期間ではこうは行かないでしょう。……それにしても」
 早川がわずかながら顔付きを引き締める。
「なにか?」
「いやなに。”鋼鉄のヴァルキューレ”の名は、むしろ貴女にこそふさわしいのではないか、そんな気がしたもので」
「なんです、それは?」
「このフネの二つ名です。私が考えました。重カノン砲という名の長槍を振り上げ、死すべき勇者をヴァルハラに送るフネ。これ以外の呼び名はないでしょう。まあ、船体の素材は大部分がチタンや炭素繊維で、鋼鉄ってのは不正確ですが、こういうのはノリと語感が第一ですから」
 そう言う早川の顔は、これ以上は無いという喜びに溢れていた。

 3・結論

 大分県。大神工廠。

 『たかちほ』の甲板上に出たリツコは、そこから見える眺めが、一週間前とは違っていることに気づいた。初め、相違点がどこか判らなかった。が、すぐに思い当たる。
 前部甲板に、二基の主砲塔が据えられていた。余りにも大きすぎて、咄嗟に理解できなかったのだ。複合装甲で覆われた角張った砲塔からは、三本の砲身が真っ直ぐに伸びている。
 リツコは早足で第二砲塔のバーペットの元に歩み寄り、前方に向かってやや俯角を与えられた超長砲身を見上げた。それは単純な円柱に過ぎない筈なのに、原始的な力強さに満ちているように彼女には思われた。
(これが、あの男が望んだモノ。そういう事なのね)
 リツコはそう理解した。必ずしも納得できる訳ではなかったが。

 ”ウルザブルン”。名取が散らかった室内の後かたづけを行っている。石本と神通も既に引き上げている。早川は呑気にTHANATOSの勇姿を眺めていた。
「ひどいコトさせますね、貴男は……」
 無惨にやつれた顔付きの名取が、恨めしげな視線を早川に向けた。
「一週間もまともに睡眠を取れなかった女性の肌がどうなるか、貴男には関係のないことでしょうけど……。赤木博士も伊吹二尉も、とても見られた顔じゃなかったですよ」
「お肌の曲がり角での敵前大回頭は、とっくの昔に終えたってか?」
 早川の軽口に、名取の機嫌はますます悪くなっていく。
「冗談じゃないですよ、全く」
「だが、その甲斐はあったぞ」
 にやりとして早川が言う。
「この管制プログラムは、『たかちほ』一隻の独占では終わらない。新横須賀で国防省がUN参本とつるんで建造しているDDC−066にも、そっくり応用できるんだからな。元が出来ている以上、後は移植作業を行うだけだ。連中、喜ぶぞ」
「DDC−066? 『たかちほ』の二番艦ですか。確か予定艦名は『なにわ』とか……」
 名取の言葉に、早川が口をV字にした。
「君もそこまでしか知らない、か。結構結構。ま。今はおおっぴらには出来ない存在ではあるがね、そのうちにTHANATOSが個艦管制システムの標準になるだろうな。DDC−066はその手始めだ」
「そうですか、それはおめでとうございます」
 憮然とした名取の顔を見て、早川の笑みがさらに大きくなった。
「何言ってやがる、他人事みたいに」
「は?」
「それ、君の仕事なんだからな。なにしろこの方面にかけては、君が第一人者なんだから」
 返事をかえす気力も失せた名取は、放心したように天を仰いだ。

 その後――

 新舞鶴。

 UN重戦闘機が『たかちほ』の後部甲板に降り立つ鈍い衝撃が、リツコを現実の世界に引き戻した。と、すぐさま何人かの隊員達が駆け寄って来る。その中に、リツコ達が見慣れた早川の姿もあった。
「いやあ、どうもどうも! 何度もお手数をおかけして申し訳ありませんな!」
 重戦闘機のジェットエンジンが発する爆音に負けじと、早川が大声を張り上げる。灰色のヘルメットとライフジャケットを身につけた姿が、様になっているかどうかはリツコにも何とも言えなかった。
 なんだか、いつもこういう形で顔を合わせている、とリツコは思った。出来れば金輪際にしてほしい、とも。
「そう言えば、伊吹二尉」
 早川が嬉しそうに話し掛けてくる。
「はい?」
「ヘリ護衛艦『いせ』級の三番艦、『やましろ』に半分決まってましたがね、貴女のお名前を使わせていただくことになりましたよ。『いぶき』です」
「そうなんですか?」
 マヤは少し気恥ずかしげな表情を見せた。
「……馬鹿ね、ただの偶然に決まってるでしょ」
 リツコがすかさず口を挟む。マヤは真っ赤になってうつむいた。
「ところで状況はどうなってるんですか? 確か、全力公試の最中なのでは?」
 マヤの様子を気にも留めず、リツコは早川に聞いた。
「ええ。そうなんですがね。ご存じの通り、状況が変化しました。我が『たかちほ』は、臨時に編成された特五護衛隊群の旗艦として、”マジックナイト”作戦の中核を握ります。極東共和国軍の第四次上陸部隊とその護衛艦隊を撃滅し、連中の補給路を断つ作戦です。さらには上越物資集積所も吹き飛ばします」
「いきなり実戦という訳ね」
「ええ。ですから、お二人をお呼びしたんです。もし万が一問題が起こっても、我々では手に負えません」
「……もう、どうしてこんなものに手を貸しちゃったのかしら。実戦の度に一々呼び出されたんじゃ、たまったものじゃない」
 リツコが嘆息する。
「今回だけですよ。このたびは、UNがネルフにあれこれと頼ってしまって申し訳ない」
「早めにこの騒ぎを収めてくれるのであれば、我慢します」
「申し訳ないです」
 少しも悪びれた様子を見せず、早川が頭を下げた。
「……あの。こちらへどうぞ」
 たまたま暇そうにしていたところを――実際はあれこれと忙しいのだが――早川に見つかり、案内役を押しつけられた戦務長・六分儀三佐が口を挟んだ。彼に連れられ、リツコとマヤが艦内に入る。
 一人ヘリ甲板に残った早川は空を見上げ――、その視線を上部構造物の後ろ姿に向けた。第三砲塔の向こうにそびえる艦橋構造物と煙突の間。そこから伸びる通信用マストにたなびく白い布を見て、口の端を歪める。
 レーダーマストには、”非理法権天”と墨痕鮮やかに記された幟がはためいていた。

 新舞鶴に集結し、接岸あるいは投錨している特五護衛隊群の顔ぶれは、玉石混淆の様相を呈していた。
 一番の古株は、『しらね』級ヘリ護衛艦、『ひえい』(艦番DDH−142 五千五十トン)、『くらま』(艦番DDH−144 五千二百トン)。
 逆に最も真新しいフネは、つい一週間前に改装工事が完了した、波浪貫通型双胴船外洋フェリー『なでしこ200』改め、兵器庫護衛艦『なでしこ』(艦番DAY−2196 二万二千トン)である。ちなみに今後数が増える、鷹計画準拠の民間船改造型兵器庫護衛艦には、かつての帝国海軍における護衛駆逐艦の命名基準である、花木の名が付けられることになっている。

 改装前とほとんど変わっていない航海艦橋の指令席で、艦長の桑島アキラ二佐は不敵な笑みを浮かべている。
「なあに。いざ実戦となれば本艦一隻で充分。『ウラジオストック』は勿論、『クロンシュタット』級二隻もウチで戴く。『たかちほ』に出番は与えない」
 自分が改装護衛艦の艦長に任じられたのは、出世コースから外れたことを意味しているのでは――、などという後ろ向きの思考は、桑島にとっては端から頭にない。呆れるほどの楽観主義が、桑島の真骨頂だった。くだけた雰囲気の持ち主ながら、国防大学校一期生で第一選抜のエリートである事実が、そのまま自信に繋がっているという側面もある。
 鼻息の荒い桑島の傍らでは、副長である南ナオミ三佐が醒め切った目で桑島を見ている。
「本艦の最大速力に任せて、突出したりしないで下さい」
「……判ってる。そのくらいの分別はある」
 やや気勢を削がれ、拗ねたような表情の桑島。一方の南は凍り付いたような無表情。
 この両極端な二人の性格こそ、『なでしこ』の二つの胴体同様、このフネのバランスを支えている。乗り組んでいる三〇名ほどの隊員達は、誰もがそう信じていた。

 一方、『たかちほ』より一足早く就役したばかりの新鋭艦、艦隊防空指揮護衛艦『まるやま』(艦番DDGN−180 一万二千八百トン)の航海艦橋では、艦長の作間トシミツ一佐が気難しい顔で、VTOL機の降り立った『たかちほ』の艦尾を眺めていた。
「『あやなみ』で中東くんだりまで出かけていたほうが、まだ楽だったな。ありゃあ、単艦できつい仕事だったが、ワンマン・ネイビーだったものな」
 作間は『まるやま』の艦長職を拝命する前、外洋での船団護衛を主目的に建造された『いそなみ』級三番艦『あやなみ』の艦長を勤めていた。
「今回は、下手をすりゃあ、自分より防空力も対艦攻撃力もあるフネを”護衛”せにゃならん。逆に護衛される羽目になっても、俺は知らんぞ」
 ま、そう悲観したもんでもないか。
 作間がぼやいてみせるのは、隊員の気持ちを引き締めるための半ば演技だった。内心では多少の自信を抱いている。
 何しろ、本艦は新鋭艦で、しかも仮称『あきづき』級防空護衛艦(つい最近まで特務艦として在籍していたとかで、ネームシップを『ふゆづき』にしようかなどと言い出した輩がいるらしいが)の試験艦としての意味合いもあり、かなり贅沢なつくりになっている。
 NADIAに関しても、コンピュータこそ『いそなみ』級のそれと変わらないが、プログラムが改良されて、信頼性が高められた新式のNADIA21型が採用されている。
「防空戦闘となれば、こっちが優先指揮権を有するんだ。『たかちほ』も『なでしこ』も手駒にして、派手に使ってやるさ」
 そして何よりも。同艦は自衛隊では初めて原子力機関を装備しているフネである(『たかちほ』では、砲撃時や被弾時を考慮し、採用が見送られた)。原子力機関は二門の十二式改対空レーザー砲のエネルギー供給だけでなく、大電力がモノを言う電子戦でも効果を発揮するだろう。
 つまり、作間の自信にはそれなりの根拠があるのだった。

 『たかちほ』航海艦橋。
 木っ端なマニアが”大和級の再来”と呼び、本当に腰の据わったオタクが”第七九号艦型大型巡の現代版”と評価する、三連装三基九門の主砲を構える砲撃護衛艦には、戦意が漲っていた。いきなりの実戦に対する恐怖心は、わずかも伺えない。それは、主として主要スタッフの資質に拠るところが大きかった。
「赤木博士、他一名、乗艦完了しました!」
「VTOL、離艦します!」
 見張り員のきびきびした声が届く。
「そろそろ時間だな」
 特五護衛隊群司令、角田カズマサ海将補の言葉に、艦橋に居合わせた者達が艦内に掛けられた時計を注視した。17:55。
「機関始動」
 『たかちほ』艦長、黛ヨシタカ一佐が重い声を出した。
「機関始動します。CODLAG作動良好」
「見張り員は周囲警戒を厳に為せ」
「アイ、艦長」
「通信より、護衛隊全艦に通達。”<ぶるーどらごん>本隊ハコレヨリ出撃スル。日本国ノ興廃此ノ一戦ニアリ。各員一層粉骨砕身、奮励努力セヨ”」
「通信、送ります」
 しばらくの間。
「各艦より了解信号を確認」
 見張り員が報告する。
「こちら通信。新舞鶴基地隊より発光信号を確認。本文。”<まじっくないと>作戦ニオケル貴隊ノ奮戦ヲ確信シ、健闘ヲ祈ル。正義ハ我等ニ在リ”。以上」
「了解した。……如何致します?」
 にやりと笑った黛は、後方に控える角田司令と、艦隊幕僚長の神シゲハル一佐のほうに向き直った。
「無論、返信すべきでしょう。今時発光信号などという、古風なやり方をしてきた稚気に応えねばなりまっしぇん」
神がそう断じる。”稚気”と言い切る辺りが、彼らしかった。
「護衛隊群司令より基地隊司令に返信。本文、”我、誓ッテ戦果ヲ揚グ。海上自衛隊ノ誉レタラン”。以上」
 角田は短く言い切った。そして。
「出港。機関、前進微速!」
 『たかちほ』のガスタービン機関が金属質の咆吼を轟かせた。艦首がゆっくりと波を蹴立てて前進し始める。他の護衛艦も一斉に動き始めた。彼らはこれから、日本海の覇者を決する戦いに赴くのだ。
 向かうは能登半島沖。後に、”第二次日本海海戦”と称される海戦の舞台であるその海域では、天気は明朗ながら、やや波が高かった。

第四話に続く

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