『バック・チェンジ』
中編




(四)


 月曜日の放課後。西蘭高体育館。
 大きな模造紙に記された体育館利用の時間割を背に、柊が立った。彼女の前にはウォーミングアップを終えた部員達が柊の言葉を待っている。
 バスケット部は練習前に主将がその日のメニューを発表することになっている。大まかな内容は前もって決められているし、日によってそれほど変化するわけでもない。
 だからその日、零美が口にした練習メニューに部員達は困惑を隠せなかった。
「六時まで自主練習。各自、弱点を克服するなり、長所を伸ばすなり、連係プレイを確認するなり、課題を守って取り組むように。以上」
 柊はそういってさっさとボール籠から掴みあげたボールをドリブルし、コート上に弧を描くスリー・ポイント・ラインぎりぎりから、シュートを放った。ボードに跳ね返り、リングには当たったが外側に転げた。
 柊はちょっと首を傾げながらバウンドするボールまでダッシュし、つかみ取ると同時に反射的に足を広げて踏ん張り、キープの態勢をとる。
 と、他の部員が唖然とした様子で一箇所に固まったままであることに気づく。
「どうしたの? 練習時間は限られているんだから、さっさと始める!」
 柊が声を張り上げると、一年生部員があたふたと動き始めた。二、三年生部員の反応は鈍い。
 柊は再びゴールポストから距離をとり、スリー・ポイント・シュートの練習を始める。零美やケイトがみせる、軽々としたシュートをイメージするが、うまくいかない。よほど力を込めてアーチを描くように投じないと、ゴールリング前でお辞儀をしてしまう。
 シュートを放った後、いつまでもゴールの可否を見定めて突っ立っている訳にはいかない。すぐさま次のプレイを予想して動き出す必要がある。柊はゴール確率の低いスリー・ポイント・シュートを放ってはゴール下に突っ込み、自らボールを確保する動きを繰り返した。
 十回ほどそれを続けたところへ、二年生が二人やってきた。
「あの、外にロードワークに出たいんですけど」
 おずおずと訊ねてくる。柊は六時までには必ず戻るように、と言って許可した。二年生部員二人は喜色を浮かべて体育館から出ていった。
 入れ替わるようにして、斯波が歩み寄ってきた。その表情は険しい。
「キャプテン。どういうつもりですか」
「今まで、締め付けすぎてたかも、って反省したんだ。それがもし、個性……いや、もっと伸ばすべき長所を押さえつけていたとしたら勿体ないと思ってね」
「ですけど。あの娘達はきっとまともに走り込みなんてしませんよ。外に出てぶらぶら歩くだけです」
「私は、課題をもって取り組むようにと言ったはずよ。それが自主的な判断なら、私はとめるつもりはない」
 柊の言葉に、斯波は不満げな表情を隠さなかった。柊は、この責任感の強い副主将をかっていた。呆れるほどに生真面目で、熱心に部のことを考えている。
 しかし、今になってみると、その考え方の固さが試合運びにも影響を与えているような気が柊にはしていた。
「この間の練習試合が原因ですか。あの十二番のせいですか」
「どうしてそう思うの?」
「あれは特殊なプレイヤーです。誰もがあんな個人技に頼ったプレイをする必要はないと思います」
「その通りよ」
 柊は斯波のほうを見ていなかった。スリー・ポイント・シュートを放つ。今度はボードに触れることなく、直接リング内に沈んだ。成功には違いないが、イメージとは違う。ボードに当てて落とすつもりで投げたボールだったのだ。まだまだ、思うような軌道を描いてくれない。
 ボールを拾って、軽くドリブルしながら元の場所に戻る。斯波がその場で立ちつくしたままだった。
「部員達が好き勝手やって、強くなれる筈がありません!」
 シュートを放とうとしていた柊が手を止める。
「斯波、勝ちたい? 強くなりたい?」
「もちろんです」
「みんなはどう思っているのかしらね」
 柊は体育館内を見回した。バスケットシューズが床面に擦れる高い音。ボールの弾むリズミカルな低音。
 それぞれの自主判断に基づく練習が、ようやく熱を帯び始めていた。パス回しをしているもの、柊のようにシュート練習を行っているもの、筋力トレーニングに励んでいるもの。
 それなりではあるが、目を見張るほど鬼気迫るものは無い。勝手が判らないから当然といえば当然だが。
「それは……」
「誤解しないで頂戴ね。私はべつに、強くならなきゃ、勝てるチームを作らなきゃ、ってシャカリキにならなくてもいいんじゃないかって思うようになったの。自分のイメージするプレイが出来るようになることの方が、勝ち負けより楽しい事のような気がしてきたのよ」
 柊の脳裏には、零美やケイトがみせた溌剌としたプレイのイメージがある。あの二人のようにプレイしたい、その思いを募らせている。もちろん、そんな気持ちを事情を知らない斯波が理解できるはずもない。
「試合は勝たなければ意味がありません」
 固い声で言い、斯波は失礼します、と頭を下げて柊の元から離れていった。
 しばらくその後ろ姿を見送っていた柊は、やがてゴールポストに向き直り、練習を再開した。

  (五)


 土曜日の練習を柊は軽めで切り上げた。練習メニューの決定権を持つ主将だけに、その気になれば、簡単な事だった。監督は元々バスケット部出身ではないためか、そのあたりの判断は全て柊に任せてくれる。
 帰宅した柊は、すぐにトレーニングウェアに着替えて公園に向かった。前に会ったとき、土日は大体一日中そこにいる、と零美が言っていたことを柊は覚えていた。
 あいつのプレイを間近で見ることのほうが、単調な練習を毎日続けるよりも今は私には役に立つ。事情を知らない斯波には一言も説明しなかったが、柊はそう思っていた。
 バスケットスペースには零美の姿があった。オレンジ色のバンダナは良い目印だ。ただ、彼女以外の数人の男女の姿は予想外だった。
 困ったことに、どう贔屓目に見ても友好的な空気は感じられなかった。零美は、頭二つ分も三つ分も大柄な男達に周囲を取り囲まれているのだから。
 黒いTシャツが一応のユニフォームらしい、背の高い男子三人組。リーダー格らしい男の横には彼女と思しき、見栄えのしない女性の姿もある。そろいもそろって髪の毛を派手な色に染めている。
「零美っ!」
 ジョギングコースの上から大声で呼ぶと、零美が振り返った。鼻白んだように包囲の輪が解ける。零美は悠々とした足取りで、柊の元まで芝生の斜面を駆け上がってやってきた。
「やあ」
「やあ、じゃなくて。なにがあったの」
 ちらちらとコート上に視線を送りながら柊が問う。いつ、あの不穏な連中が敵意をもって動き出すかと思うと柊は気が気でない。一方の零美は彼らに背中を見せながら泰然としたものだ。
「ワン・オン・ワンの勝負を挑んできたから、受けてたった。ボクが勝ったら、怒った」
「そんなことじゃないかと思ったわ」
 はあ、と大きな溜め息をひとつ。零美らしいとは思うが、状況はヤバすぎる。
「もうすぐケイトが来る。そうしたらもう一戦やることになってるんだ」
「そんな無茶な。あの連中相手に?」
「ちょっと厳しくなるかもね。戦術は任せるからさ、上手い方法考えてよ」
「……え?」
 零美の言葉を理解するのに数拍を要した。
「ちょっと、私に試合に出ろって?」
「キミとなら、うまく行きそうな気がする。もちろん、ケイトと三人でね」
 零美が言い終わらないうちに、ジョギングコース上にケイトの姿が見えた。この間、審判をしていた青年の腕をとり、引きずるようにして駆けてくる。
「おまたせです!」
 と、ケイトの間の抜けた日本語が響く。
「この間の人だよね。誰なの?」
 柊が小声で零美に尋ねる。
「嶋崎さん。家の隣りに住んでる人。一応高校時代はバスケット部だったってさ。……さあ、今度こそ叩きのめしてやれるぞ」
 簡単に説明した零美が揉み手をしながら嬉しそうに言い、対照的に柊は胃の辺りに嫌な感触がせり上がってくるのを感じていた。
 断ることは出来なくもない。しかし、ここまで来て引き下がるのもどうかと思い、なし崩し的に出場することになってしまった。
「急にこの娘が来て一大事っていうから、何事かと思ったよ」
 肩をすくめながら言う嶋崎の立ち会いの元、ルールの取り決めを行う。
 試合は五分一本勝負。残り時間計測の停止は無し。オフェンスの得点時と、ディフェンスがボールを奪ってラインアウトした時に攻守交代となる。二十秒ルール適用。胡散臭いローカルルールは無し。
 後々つまらぬ言いがかりを付けられないためにも、このあたりはきちんとしておく必要がある。審判がいてくれるのがなんともありがたい。
 黒Tシャツ姿の相手チームは全員男子で、皆身長は百八十センチ以上あった。まともに戦えると思う方がどうかしている。
 パス回しをしながら体を温める柊は緊張していたが、心のどこかでなんとかなるのではないか、という淡い期待を感じていた。それは、今までバスケット部の主将として味わったことのない種類の感触だった。
(今までは、どんな格下に思える相手でも、いつこっちのチームプレイが破綻しないかとひやひやしっぱなしだったものね)
 零美とケイト、この二人と組んでいる限り、その心配だけは無用だった。この二人と組んで試合が出来る。その驚きが次第に喜びに変わっていく。
 だが、ともかく、楽しむことよりも、ここは勝たねばならない。ウォーミングアップを終えた三人で頭を突き合わせて、ミーティングらしきものをやる。
「ふん。茶髪、ガングロ、厚底ブーツ。敵役としては安っぽすぎるきらいがあるね」
 零美は顎を撫でながら、コート脇で横柄な視線を向けてきている相手チームの連れを一瞥し、真顔で言い放った。相変わらず、小柄な見かけに寄らない口調と声音だった。
「どこ見てるのよ、零美。とにかく、零美が前衛で突っ込んで連中を引きつけ、後衛に残るケイトにボールを回してスリー・ポイント・シュートを決める。もちろん、相手の状況をみて、零美が放り込んでくれても良い。問題はある?」
「問題はないけど、キミはどうするの?」
「せいぜい派手に動いてひっかきまわしてやるわ」
「オッケイ」
 ケイトが親指を立てた。やはりこういう仕草をさせるとアメリカ人はさまになる。
「よし行こう!」
 嶋崎のコイントス。柊達が勝ち、オフェンスをとった。
 にやついた笑みを口元に張り付かせた大男が三人、眼前に立ちはだかる。
 夕闇迫る屋外でバスケットをやるのはいったいいつ以来だろうか、と柊はふと思った。部活動ではもっぱら体育館の中だった。太陽光が目に入らないよう注意する必要があった。
 足元は固いコンクリート。バスケットシューズのきしむ音が聞こえないゲームも久しぶりだな、つま先で地面をノックしながらそんな考えが頭に浮かぶ。
(ともかく、零美達がいてくれれば、勝機は、ある!)
 柊からケイトへのパスで試合が動き出す。数歩ドリブルしたケイトが、オープンに開いていた零美に回す。
 途端、弾かれたように加速してボールを受け取った零美が、ゴール下へとまっしぐらにドリブルしながら切り込んでいく。
 立ちふさがるディフェンス二人の合間に身体をねじ込むようにして瞬時にすり抜ける。この動きを見ていると、相手の股の下すら突破出来そうな零美の小柄さそのものが、武器になっているのが判る。
 ゴール下に待つディフェンスとの一騎打ちになる。
 零美は臆することなく重心を沈めてから、驚くほどの跳躍力をみせて空中でシュート、と思わせて左斜め後方に回り込んでいたケイトにパス。小憎らしいほどにキレの良いフェイクだった。
 ケイトはボールを受け取ると、相手チームに邪魔されない貴重な数拍をもちいて慎重にセット・シュートを放った。いかなる長身でも防ぎようのない高い孤を描いてゴールリングに直接ボールが落ちる。
「グッドジョブ、ジーク!」
 ハイタッチを求めて掌を掲げたケイト。駆け戻ってきた零美が掌を打ち付けようとするタイミングを見計らって腕を上に伸ばす。零美もそれは判っていて、ダンク・シュートを打ち込むように高々と飛び上がって手をはたいた。
 その凸凹コンビぶりに柊は思わず噴き出していた。我ながら余裕があるな、と感じる。やはりこの二人と組めばなんとかなりそうだった。

 しかしその後は、さすがに攻撃が成功するばかりではなかった。いかに零美が体格差を感じさせない素早さの持ち主とはいえ、物理法則の壁を越えられる訳ではない。ケイトや柊にしても全く同様だった。
 通ると思ったパスはカットされる。ディフェンスについていたにもかかわらず頭上を割られる。柊は何度も悔しい思いを味わった。チャラチャラした見かけよりも、基礎は出来ていると認めざるを得なかった。
 それに、男子が相手だ。当たり負けするのはやむを得なかった。
 もっとも、点を取られるかわりにこっちも点を奪った。相手は体格にものを言わせてゴール下まで堂々と切り込んでくる。序盤、スリー・ポイント・シュートのリバウンドをケイトと柊が上手い具合に捌いたので、接近戦に切り替えてきていたのだ。
 逆に柊達はあくまでもケイトのスリー・ポイント・シュートの破壊力を中心に組み立てた。
 そして内容の濃い五分間が過ぎた。
 タイムアップ直前、ケイトの上背を活かしたブロックに業を煮やした敵チームが、苦し紛れのスリー・ポイント・シュートを放つ。しかし飛距離が足りず、リングに外側からぶつかった。すかさず柊がリバウンドを確保した。
 どっしりと膝を曲げ、腕を巻き込むようにしてボールを抱え込む。時計を睨んでいた嶋崎がタイムアップを宣言した。
 スコア十五対十三。
 初っぱなのケイトのスリー・ポイント・シュートで得たリードを最後まで守りきり、零美達は勝った。
「ちくしょう……」
 黒Tシャツのリーダーがうめき、もの凄い表情で零美を睨んでいた。ただし、審判の嶋崎の鋭い目が光っているため、暴力に訴えることはなかった。忌々しげに唾を吐くと、負け惜しみの台詞すら残さずにその場を去っていった。
「嶋崎さん呼んできて、正解だったな」
 肩の力を抜く仕草をして、零美が呟いた。全く無茶をする、相手は選ぶべきだぜ、と嶋崎が零美の頭を小突くふりをした。
「ありがとうございました」
 柊は嶋崎に向かって頭を下げる。零美の言うとおり、審判のジャッジがなければどんなラフプレイを仕掛けられたかしれたものではない。
「ま、一応公正な審判を心がけたから、一方からだけ礼を言われるのはどうかと思うけど」
 皮肉っぽい言いぐささえ、嶋崎が言うと爽やかに聞こえた。

  (六)


 高く鋭いパスが出た。正直言って、柊の位置から簡単に手の届く場所ではなかった。だが、だからといって指をくわえて見逃す訳にもいかなかった。
 軽く膝を曲げていかなる状況にも瞬時に反応する態勢で構えていた柊は膝に力を込め、ためらうことなくボールの未来位置へ向けてダッシュした。
 相手選手がおあつらえ向きに飛んでくるボールに正対している。
「柊、シュートだよっ!」
 零美の声。無責任なこと言いやがって。腹の中で毒づきながら柊は飛んだ。普通だったら、ボールを手にしても態勢が崩れてシュートなど出来るはずもない。
 が、そこには相手の選手がいた。ボールをかすめ取った柊は敢えてそのまま、身体を相手選手にぶつけて制動させた。それどころか自分の運動エネルギーのベクトルをねじ曲げる反射板の役目さえ、相手選手の身体に押しつけた。
 ラフすぎるプレイ。ファウルぎりぎりどころか、バスケット部の試合だったらファウルそのもの。
 しかし柊は、スリー・オン・スリーがかなり荒っぽいプレイでも試合を中断させるほど大きなものでなければ、審判もファウルよりゲームの流れを優先することをここ数試合で学んでいた。
 身体ごと上方にバウンドした柊は、強引な動きでバランスを崩しながらもシュートを放った。リングの上を戸惑うように一周したボールは、観念したかのようにリングの中に沈み込んだ。
 ボールが落ちてきたところで試合終了。
 スコア、十三対十。スリー・ポイント・シュート一発で追いつかれる得点差とはいえ、勝ちは勝ち。点差ほど実力差が拮抗していたとは柊は思わない。
(こっちは、互いの連携を実戦でチェックする余裕だってあったんだから)
 ハイタッチをかわしあう。皆、笑顔を満面に浮かべている。
「今日はリズムが良かったです」
 と、ケイト。
「だいぶ、チームプレイに余裕がでてきたような気がする」
 これは柊の弁。
「うん。柊がチームをまとめてくれているからね」
 零美がうなずきながら言った。零美が下手な世辞など言わないことを知っているだけに柊は素直に嬉しかった。
「ありがと。でも、まだまだ一つ一つのプレイが、二人に追いつかないから悔しいな」
 柊はコート脇の芝の張られた斜面に座り込みながら呟いた。

 黒Tシャツの三人組に僅差の勝利を収めて以来、数週間が経っていた。柊は週末ごとに公園のバスケットスペースに足を運んでは、零美とケイトの三人でゲームに臨むようになっていた。
 柊が見込んだ通り、この二人と組めば向かうところ敵なしだった。もともと、男女の別をあまり考慮しないスリー・オン・スリーだったが、柊達はもっぱら男子チームばかりを相手にしていた。
 高校のバスケット部ではまずお目にかかれないような、身長百九十センチ近い長身の男子選手相手のゲームは、柊にとっても有意義だった。反面、二人のプレイに見劣りする自分の動きに、後ろめたいものを感じていた。
「気にすることはないよ。誰にだって長所も短所もあるから」
 零美は、そう言ってにんまり笑う。そして不承不承うなずく柊に、彼女らしいきつい言葉を一発。
「簡単に追いつかれたら、こっちの立場がないもの。追いつけるものなら追いついてみなさい、ってところね」
「……ぶっつぶしてやる」
 低い声で柊は応え、しばらくして堪えきれずに肩を震わせ、笑い出した。
 しばらくの間、芝生の上に三人は座り込んでコート上の他のチームが繰り広げるゲームを眺めていた。
 柊は二つのチームの動きを少しも見逃すまいと目を凝らし、あぐらをかいた零美はリズムを取るように右膝を軽く叩き続けている。
 ケイトは相変わらず何を考えているか判らない笑みを浮かべて周囲を見回している。その目がなにかを捉えたらしく、あ、と声を挙げた。
 柊がその視線の先を伺う。よく審判を務めてくれる嶋崎だった。
 彼はやあやあと言いながらやってきて、カラー刷りのチラシを零美に手渡した。
「全国大会?」とチラシの文面をざっと目で追った零美が不思議そうに呟いた。
「の、予選をここでやるって話」
 君たちなら出場できるよ、彼はそう言い残して別のチームの所へと向かっていった。
「なんで嶋崎さんが? 運営委員かなにかなの?」
「さあ……。ああ、判った。この主催者って、嶋崎さんの会社だ」
 柊の問いに、零美がぱしんと右膝を叩いて、得心したようにうなずく。
「全国大会ねえ……。どう思う?」
 零美の持ったチラシを、柊とケイトが額を寄せ合って覗き込む。
 スポーツ用品メーカー主催の、スリー・オン・スリーの全国大会。今まで考えたこともなかったが、確かにこの近辺の常連チーム相手だと大抵勝てる現状では、それぐらいの目標があったほうが張り合いがあるように思えた。
「悪くないんじゃないの?」
 言って、柊はケイトの横顔をちらりと見た。
「賞金はでますか?」
 ケイトのあまりに判りやすい反応に、零美は呆れたように鼻を鳴らした。
「優勝賞金三十万円だってさ。そう書いてある。全国大会にしちゃ、安くない?」
「やりましょう!」
 対照的にケイトが目を輝かせる。物が絡むと、いつもより燃えるタイプらしかった。
「いいんじゃない? 出るだけ出てみたら。本気の本気で勝負出来るよ。あ、それとも二人はそういう型にはまった試合は嫌いかな?」
「そんなことはないけれど……」
 零美は妙に歯切れが悪い。
「なによ?」
「いやほら、日程がさ」
「……あ」
 柊も言われて初めて気づく。地区予選の日程も、全国大会の日程も、計ったようにバスケット部の夏の県大会とシンクロしている。そろそろ夏の大会に向けてバスケット部も調整を始めているから、柊はその意味を理解できた。
「これってさあ、踏み絵だよね」
 零美が苦い表情をしていた。
「フミエ? 誰ですか?」
「はいはい、お約束のボケをしない。ケイトには関係ないかも知れないし、ボクだって気にしないけど。柊はそうはいかないんじゃないの? キャプテンだもん」
 零美の言葉に、柊は考え込む顔つきになった。このところバスケット部の活動に、熱意が入らなくなっているのは事実だ。練習にこそ参加しているが、半ば、副主将の斯波に任せてしまっているところがある。
「確かにそうかも知れないけど……」
「柊にはバスケット部があるから、無理はしない方がいいと思う。友達無くしたら困るだろうから」
「へえ。零美がそういうことに気を使うとは意外だな」
「ボクをなんだと思ってるんだよ。……ひとりって、寂しいよ」
 零美にしては実に珍しく、うつむき加減にぽつりとそんな言葉を漏らした。
 結局その日は、大会の参加の話は次回持ち越しの課題として、それぞれが考えておくことになった。

後編に続く

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