初出:1997年7月19日
NEON
GENESIS
EVANGELION
SUPPLEMENT EPISODE:03
Even a worm will turn.
1.スレイヤーズ
Xdayマイナス九〇日――硫黄島中部居住区
避難壕に、わずかな振動と爆音が響いてきた。それまで整然と避難を行っていた人々の間に動揺が走る。
「何かしら……?」
境は、さして気にも留めていない様子だった。が、タカトラはへの字口で天井に取り付けられた照明を見上げている。
「やっぱり、何かが起こっているんだな」
硫黄島には、計四十八発の巡航ミサイルが飛来していた。
その内三十二発は陸上自衛隊の守備隊によって迎撃された。四発が機械的な不良により目標に達しなかった。が、残った十二発が、定められていた目標に命中した。
問題は、『ヴェルセルプ』『トマホーク』新旧混合で放たれた巡航ミサイルの内、十四発が『ヴェルセルプ』で、しかも着弾した全てもまた、この新型ミサイルである点だった。これは、既存の対空火器では『トマホーク』は落とせても、『ヴェルセルプ』が相手では苦戦を強いられるという事実を如実に示していた。
着弾は、島北部の空港施設と、自衛隊のレーダーサイトに集中していた。硫黄島空港は民間との共用になっていたため、やや手控えたらしい。滑走路に大穴が開いたが、民間施設には被害が及ばなかった。可能な限り堅固な掩体壕に収められていた戦闘機の損害も最小限ですんだ。
建造途中の宇宙港には、二発が命中した。幸いなことに、どちらも滑走路の土台としての機能しか持たない、文字通り鉄とコンクリートの塊のブロックに着弾していた。もし管制あるいは整備等の施設を内蔵しているブロックが被弾していたら完成が大幅に遅れる事になっただろう。
とはいえ、硫黄島の基地機能は完全に停止し、既に離陸していた戦闘機隊は、攻撃ではなく、代替着陸地を求めて北に飛び去らねばならなくなった。
UFがまず先手を取った。
Xdayマイナス九〇日――小笠原沖
『かつらぎ』から発進した一〇一空第一小隊四機は、フィンガーチップ隊形で飛行を続けている。EC−4Jからのデータがリンクされ、FV−Xのレーダーディスプレイに映し出されている。FV−X自体はレーダー発信を停止している。が、機体がレーダー波に晒されていることを示すESM反応は、離陸直後から現れている。相手もこちらと同様にE−2C早期警戒管制機を上げているからだ。
緒戦は電子戦機によるECM,ECCM戦である。二機しか電子戦機を搭載していない『かつらぎ』はそれだけで不利である。その代わりに、硫黄島から発進したEC−4J早期警戒管制機が出て、強力な電子戦を開始することになっている。
EC−4Jが機体上面に背負う巨大なレドームアンテナは、軍用機が通常使用している周波数帯の全域にジャミングをかけることが出来る。勿論、味方機もレーダー及び通信が不能に陥るが、格闘性能ではFV−Xは現存する如何なる戦闘機にもひけは取らない。その点だけが、菱刈二佐の安心材料だった。
ふいに、EC−4Jからリンクされたレーダー情報に、『ラングレーIII』から発進した総勢三十六機もの編隊が侵攻してくる様が映された。編隊は前衛、中衛、後衛の三個挺団に分かれている。先頭はSu−35『スーパーフランカー』、真ん中がF/A−18『ホーネット』、後ろがF−14B『ボムキャット』だと菱刈二佐はあたりをつける。
Su−35が自分たち戦闘機隊を押さえ、F/A−18はハープーンによる艦隊の攻撃、F−14Bは対艦ミサイルを搭載出来ないから、大型爆弾による浮体ブロックへの攻撃が主任務だろう。だとすれば、おのずから対応も決まってくる。菱刈二佐は命じた。
「俺とロックは後方のF−14Bを抑える。ヴァリスとノヴァは先頭のスホーイを引きつけてくれ」
「了解」
ここで一番大事なのは、浮体ブロックを爆撃から守ることだ。菱刈二佐は、EC−4Jの要撃管制官に通信を送った。
「こちらブルーシード・リーダー。まもなく交戦を開始する。ライトニング・マスター01、電子攻撃のタイミングは任せる。連中の度肝を抜いてやれ」
「ライトニング・マスター01了解。ブルーシード、ネオ・ゼロの本領発揮を期待します」
ライトニング・マスター01――EC−4Jの要撃管制官が涼やかな女性の声で返答してきたので、菱刈二佐の眉がぴくりと跳ねた。
「ライトニング・マスター01、あんたの声には聞き覚えがあるぞ。もしかして、マジカルプリンセスか?」
「ご明察。今のコールサイン、懐かしいわね。近頃は専らマジカルクイーンで通っているわ。それにしても。あのクーガーが飛行隊長だなんて、私も歳を取ったわね」
マジカルプリンセス。航空自衛隊における女性飛行管制官の第一号。本来のコールサインは、名字から取った『リキュール』。が、彼女の座乗する指揮管制機の機首に、短弓を引き絞る金髪の女神の姿が描かれていたことから、マジカルプリンセスの呼び名が奉られている。ちなみに、今彼女が乗るEC−4Jのノーズアートは、同じ金髪女神でも、丸盾と短刀を構えたポーズに変わっている。
「結婚して、こんなヨタな商売とはおさらばしたんじゃなかったのかい?」
「旦那とは別れたわ。私、今は宇宙港のほうで管制官の仕事をやってるんだけど、たまにパートタイムで飛んでるの。何せ人手不足だし、子供の養育費も馬鹿にならないのよ」
「そうか。甲斐性なしの旦那に感謝する。王女様改め女王様のご加護が受けられるんだからな」
軽口を叩くと同時に、菱刈二佐はFV−Xの機首を下げつつ北よりに針路を変更した。低空で侵入して来るであろう後衛を迎撃する為だ。三河率いる第二分隊はそのまま直進し、前衛に備える。
EC−4J。
二個小隊八機ものF−15SJ『スーパーイーグル』を護衛として引き連れる姿は、まさしく女王の呼び名にふさわしい風格を漂わせていた。
戦術担当士官コンソールに陣取っていたマジカルクイーンこと、酒巻カツミ特務三佐が、機内無線で全クルーに訓辞する。
「みんな、聞いて頂戴。この戦闘は、前半の航空攻撃にどの程度耐えられるかにかかっているわ。私達の電子的支援の結果如何にかかっていると言ってもいい。むこうも目の敵にしてこちらを狙ってくるかも知れないけど、自分たちの力を信じて、最後まで全力を尽くしましょう。ミンメイ・アタック(電子攻撃)準備を為せ!」
真剣な顔付きの酒巻は、内心では全く別のことを考えて続けていた。
ああ。そういえば今日、イサオに朝御飯をつくってあげてないじゃないの。出がけにばたばたしちゃったものね。あの子はタカトラと違って朝食をちゃんと食べないと元気が出ない子だから。困ったわね。もう。全く、この忙しいときに戦争なんて止してよね……。
直後、『ラングレーV』付近のレーダー反応に動きがあった。
「巡航ミサイルの発射を確認!」
彼らの戦いが始まった。
EC−4Jの激しいレーダー妨害をかいくぐり、先頭のSu−35がFV−X隊に向け、レーダー追尾式空対空ミサイルを発射しようとした。その直前、突如として、HUDのレーダー表示が消失した。パイロット達は慌てて周波数を切り替え、スイッチを確認した。全ての対応は無駄であった。CICに指示を請おうとするが、無線すら全く不通になっていた。
六発のジェットエンジンを積むEC−4Jが、そこから生み出される大出力電力にモノを言わせて、電子攻撃を開始したのだ。
対するFV−Xは始めからレーダー追尾式ミサイルを搭載していなかった。主翼下六、胴体下二、計八つのハードポイントには、全て赤外線・光学画像複合追尾式のAAM−11を吊るしていた。
真っ正面からAAM−11の射程内まで間合いを詰めた三河率いる第二分隊のFV−X二機が、同時に攻撃する。やや遅れて、第一分隊も後に続いた。計十六発。全てが正常に点火され、連携を取ってロックオンしていく。
無線が使えないことで統制の取れないまま、三つの挺団を構成する計三十六機の敵機がばらばらに回避しようとした。AAM−11は目標を計八機消滅させた。 そして混乱する編隊の正面から第二分隊が、側方からは第一分隊がなぐり込みを掛けていく。いきなり機関砲を用いた格闘戦である。最新兵器を用いた前時代的戦闘が開始されようとしていた。
格闘戦を重視したFV−Xは、兵装モードを機関砲に入れた場合、空戦フラップが開き、旋回性能を上昇させる機構が組み込まれている。小回りという点では世界の如何なる戦闘機を相手にしても後れをとらない。たとえ『ハリアーII』が相手でも、エンジンパワーと旋回性能の総合点では、勝負にならない。まして、爆弾を抱えたF−14Bなど、太った鴨も同然だ。
菱刈二佐は、視界内に入ったF−14Bの胴体下から、何か黒い物がぽろりと落ちるのが見えた。ミサイルか。いや違う。あれは。
(いいぞ、どんどん落とせ)
菱刈二佐は酸素マスクの奥でにやりとした。
F−14Bは、浮体ブロックを粉砕すべく、レーザー誘導爆弾を搭載していた。が、重い爆弾を抱えていては空中戦に不利と判断したらしい。投棄された爆弾は眼下へと消えていく。それこそが菱刈二佐達の狙いだった。
「付いてこい!」
「ラジャー!」
菱刈二佐は散開したF−14Bの一機の後方に、いとも簡単に張り付いた。すれ違い様、F−14Bの機首に描かれたUNのレターが乱暴に塗りつぶされ、UFと書き直されているのが見えた。
(雑な仕事を……)
そんな考えを抱く一方、極めて冷静に機体を操る。F−14Bのノズルのオレンジ色が目に焼き付く。一瞬、バルカン砲弾を撃ち込んで機体を躍らせる。F−14Bの右主翼が付け根からちぎれ飛び、錐揉み状態になりながら高度を失っていく。と、そのペアらしきF−14Bが菱刈二佐が駆るFV−Xの後ろに回り込んできた。
「甘い!」
菱刈二佐はFV−Xの推力ベクトル変更ノズルを下に向けて、強引に径の短い垂直旋回を行った。追随しようとしたF−14Bが大回りをし、あえぐように揺れながらFV−Xの正面に背面を晒す。
F−14の可変翼は、性能は悪くないが、可変構造の複雑さが機体の大型化・重量化を招き、本来想定されていた機敏さを失わせている。
FV−Xの機首下のバルカン砲が火を噴いた。ほとんど同時に機体を右へ滑らせる。巨大な投影面積を持つF14Bの背面に叩き込まれたバルカン砲弾は、一瞬にしてF14Bの燃料タンクを打ち抜いた。F14Bは小規模な爆発を起こしながらばらばらになって飛び散っていった。
その頃、先鋒隊と交戦中の三河と山本も、三倍の敵機相手に奮戦していた。
連携の取れないまま回避に移ったSu−35の右翼が吹き飛んだ。その脇をFV−Xが掠める。
(これで二機。後一機でハットトリックか)
サイドスティックを操る三河は酸素マスクの内側で笑みをこぼした。もっとも、強烈なGがかかっている状態だから、外から見る限り、口を歪めたようにしか見えないが。
レーダーを使えない状況では、赤外線感知装置だけが頼りである。八時方向から接近する敵性飛行物体の存在を感知し、その赤外線感知装置が反応した。
三河が首を捻って左上後方を見る。いた。
機首を左に捻って相手の射線を外す。相手も追随しようと左にロールをうった。
直後、三河は機体にバレルロールを打たせた。高速で殴りかかってきたため、FV−Xの軽快性に対処できずに、Su−35がオーバーシュートしてFV−Xの鼻先へと滑り出る。
(こいつは縦方向の旋回に強いが、横へのロールは鈍い。どうでる?)
直後、Su−35の機首が跳ね上がった。有名な『プガチョフス・コブラ』だ。が、同時に三河はFV−Xの前部ノズルを真下に向けてその機動に追随する。機体下面の空気抵抗により、空戦フラップを開いた主翼がびりびりと震える。
『ガォーク・ブレーキ』。誰言うともなくそう呼称される、VTOL機にしか出来ないVIFF機動だ。急激な下向きへのGが、三河の血液を足元に引っ張る。視界が暗くなる。三河は罵り声をあげて意識を保った。
FV−Xの排気がSu−35の背面に直接吹き付けるほどの、至近距離にまで近づく。無意識のうちに奥歯に力を込めて恐怖を抑え込む。
一瞬後、勝負は決していた。エンジン出力の大パワーに物を言わせた力任せの機動を行った、Su−35のほうが分が悪かった。するり、と前に出てFV−Xの鼻先に機体後部を晒してしまう。
瞬間、FV−Xのバルカン砲が劣化プルトニウム弾を叩き込んだ。同時に三河は機体を横転させて爆発の影響圏内から逃れる。
Su−35はコクピットを撃ち抜かれていた。赤黒い何かが四散する。炎か、それとも人血か。誰にも確認する術はない。
「さあ! 次はどいつだ?」
ヴァリス――三河は咆吼した。地上では優しげな風貌の彼も、空の上では餓狼だった。
と、遥か遠くの水平線近くで何か白い物が視野の隅に入った。次々と数が増える。伸びていく白煙。何だ? 直ぐに理解した。思わず三河は唇を噛んだ。
乱戦の中、FV−Xが抑えきれなかったF/A−18が対艦ミサイルを放ったのだった。
EC−4J。
「F/A−18隊による対艦ミサイルの発射を確認! 数、……四十二発」
レーダーコンソールの担当士官が叫ぶ。
「巡航ミサイルのほう、追尾出来てる?」
「問題無しです。まもなく残り五百キロ」
「限界ね。ミンメイ・アタック中止、警告を」
酒巻は重い声で命じた。電子攻撃の妨害電波が、三度に渡って短く断続的に切られた。まもなく電子攻撃を中止するという合図だった。
「データ送信を急いで頂戴ね」
私達に出来る『攻撃』はこれまで。戦況に寄与できていれば良いんだけど。酒巻は祈るような思いで、モニターを見つめていた。
『いせ』CIC。
電子攻撃の影響を受けて沈黙していたレーダーディスプレイが回復した。途端に、迫り来る対艦ミサイルと巡航ミサイルが表示され、対空戦闘準備が直ちに始まった。
「どうにか、タイムラグが貰えそうだな……」
CIC前面のスクリーンを睨む橋場が呟く。巡航ミサイルの接近を待ちきれずにF/A−18が対艦ミサイルを一斉発射した為、対艦ミサイル迎撃の真っ最中に巡航ミサイルが雨霰と降り注ぐ事態は回避できそうだった。
対ミサイル戦闘は、全て『いせ』の指示をデータリンクする形で、火力過多にならないように配慮して行われる。
ロケット弾が打ち上げられ、一見景気づけのような銀色の吹雪が艦隊の上空を舞う。勿論これは、レーダー波を撹乱するチャフの吹雪だ。
『かつらぎ』を除く全護衛艦から、レーダー追尾式の艦対空ミサイルが発射される。VLSが開き、白煙で船体を覆い隠すような勢いでミサイルが飛び去っていく。
続いて多目的砲を積む『いせ』『あやなみ』『うらなみ』の三隻が、計六門の七インチ砲を放った。弾種は、対空用の気化炸裂弾。発想自体は、旧帝国海軍の三式弾と大差はない。ただし、用いられているテクノロジーは雲泥の差である。この気化炸裂弾は近接信管を用いて、対艦ミサイルを影響圏内に入れたところで第一段階の爆発を起こす。それによって内蔵されている燃料を霧状にして散布、さらに第二段階の爆発により、飛び散った燃料を瞬時に引火させるのである。一発あたりの影響圏内はせいぜい百メートル足らずだが、一分間に五十五発発射出来る多目的砲六門が釣瓶撃ちをすれば、炎の壁を作ることが出来る。
そこを突破した対艦ミサイルに対しては、『あやなみ』『うらなみ』『かつらぎ』『いせ』搭載のバルカン・テルシオ、及び『きりしま』『むらさめ』搭載のバルカン・ファランクス近接対空機関砲が浴びせられた。
中世ヨーロッパの密集方形陣、古代ローマの重装歩兵の名をそれぞれ冠した新旧二種の近接対空機関砲は、劣化プルトニウム、劣化ウラン弾による濃密な段幕を形成し、残弾全てを叩き落とした。
第一次攻撃は結果的に、護衛艦隊に全く被害をもたらさなかった。一度はCICに歓声が起こった。
だが、指揮要員の誰もがいつしか浮かぬ顔をしていた。一度の戦闘で、余りにもミサイル及び機関砲弾を多量に消費していた事に気づいたからだ。
第一次攻撃を凌いだところで、最も弾を使っていたのが先陣を切る『あやなみ』ついで左翼を守る『うらなみ』だった。後尾につく『きりしま』と、右翼の『むらさめ』は、ほとんどバルカン・ファランクスを用いる機会が無かった。
「やっぱり、前衛は横山のとっつあんに譲っとくんだったな」
派手に機関砲弾を消耗した事を戦術情報スクリーンの表示で知った久川がぼやく。この調子では、あと二回攻撃を受けただけで弾切れに陥る。まずいことにそれは、『ラングレーIII』の全航空機が一ソーティするだけの数でしかなかった。反復攻撃を受ければ、それまでだった。
『いせ』CIC。
「まもなく外周ヘリ部隊が、巡航ミサイルと接触します!」
橋場を初め、艦長以下の指揮要員が戦術情報スクリーンを注視する。浮体ブロックのシンボルマークを中心に描かれた同心円。八〇キロを示す円上に、南東部から接近する巡航ミサイルの前方に立ちふさがる味方機のマークがあった。その数六機。
「どれだけ潰せるかな……? 無理はするなと伝えろ」
MH−7Jヘリ。
「どうしてこんな事まで……」
サイクリックスティックを握る生駒はぼやいた。既にアルコールは十分に抜けていたが、その分、気が重かった。
ヘリはAユニット装備。爆弾倉には巡航ミサイル迎撃用に赤外線追尾式ミサイルAAM−10を装備している。パイロンにはロケットポッドが四基。
電子攻撃が終了し、データリンクによる巡航ミサイルの位置が表示されたとき、その距離は百五十キロほど離れていた。
相手は今、ターボファン・ジェットエンジンで飛行しているため、亜音速で接近している。が、『ヴェルセルプ』は残り約五十キロに入ったところでロケット・モーターに切り替えてラストスパートに入る。その前に少しでも撃ち減らすのが、生駒達の役目だった。
彼女の操るMH−7Jの左右では、各護衛艦選抜の五機がローターを回転させてホバリングしている。『かつらぎ』『いせ』から各二機ずつ、『あやなみ』『うらなみ』から一機。『きりしま』『むらさめ』の搭載ヘリは旧式の対潜専用ヘリである為、純粋な対潜任務を与えられてこの場にはいない。
多目的ヘリである分、ハードワークになるというのが生駒の実感であった。
対空捜索モードのレーダーが、直接『ヴェルセルプ』を捉えた。まだ加速はしていない。
「各機、迎撃態勢。発射タイミングはこちらで指示する。準備はいいか?」
便宜上隊長機を務める『いせ』搭載のMH−7Jから機長が無線を送ってきた。
「いつでもどうぞ」
生駒は感情を押し殺した声で応えた。目は水平線ぎりぎりを這うようにして飛来するであろう『ヴェルセルプ』の姿を追い求めている。
「来た! ほぼ正面!」
発見したのは真崎のほうが早かった。生駒も慌てて目を凝らす。
いた。弾頭部の防護カバーが陽光を反射して光ったのだ。対空ミサイルと違って白煙を曳かない為、発見が遅れたのだ。
「対空ミサイル、自動発射モード!」
隊長機からの声に、真崎が兵装モードを切り替えた。
『いせ』のNADIAシステムが、六機のヘリの攻撃目標を割り当て、射程に捉えた順に発射命令を下していく。
真崎が最終的な安全装置解除プロセスとしてトリガを引く。爆弾倉からAAM−10が次々と落下した。すぐさまロケットモーターに点火されて飛び出していく。
「もう、勝手にして」
生駒は不機嫌だった。何から何までコンピュータ。そっちのほうが確実なのは判っているけど。
何十発というAAM−10が襲いかかり、前方で爆発が次々に発生した。きらきらと破片が太陽の光を浴びて輝く。
「なに、これ……?」
HUDのレーダー情報を見た生駒が眉をひそめた。『ヴェルセルプ』とAAM−10が接触したあたりのレーダー反応がぼやけている。破壊されたミサイルの残骸の影響かと思ったが、何かおかしい。と、そのぼやけた辺りから、かなりの数の『ヴェルセルプ』が直進してくる。
「変よ、さっきの爆発から見たら、半分は潰した筈じゃ……!」
生駒は十分な知識を持っていなかった。このヴェルセルプの恐ろしさを。
レーダー反応がぼやけたのは、チャフを放出した為であった。もっともAAM−10は赤外線追尾式だったため効果が無かった。そこで『ヴェルセルプ』は自らにロックオンしたAAM−10に弾頭部正面を向け、胴体下部に内蔵された機関砲でAAM−10を直接破壊したのだ。生駒が視認したのは『ヴェルセルプ』の爆発ではなく、AAM−10が撃破されたものだったのだ。
「一割も墜とせて無いじゃない!」
まっしぐらに向かってくる巡航ミサイルの群に、生駒は恐怖を感じた。彼女はどのような手段でAAM−10の攻撃がかわされたのかを知らなかったが、とにかくこの場にとどまっているのは危険に思われた。
編隊長の声が届く。
「全機、高度を400まで上げて反転、二次攻撃に備えよ」
つまり、飛び上がって相手の前から逃げるということだ。
生駒はためらうことなく、コレティクティブスティックを引いてエンジンの回転数を上げ、ローターの角度を捻って揚力を増大させた。同時にサイクリックスティックを慎重に操り、機体がぶれないように抑える。
メインローターが唸り、機体は垂直に引き上げられた。
すぐさま足元を、異様な姿の『ヴェルセルプ』が続々と駆け抜ける。反転していたMH−7Jの機首下から、巡航ミサイルの後ろ姿が視界内に入った。
「行け!」
再び空対空ミサイルが放たれる。直後、生駒は『ヴェルセルプ』がバレルロールをうってミサイルをオーバーシュートさせ、後方からバルカン砲でそれを撃墜する瞬間を目の当たりにした。
「何て奴……」
二十七発の”真実の蛇”が生き残った。
再び対空戦闘が開始される。対空ミサイルが三発喰い、気化砲弾の連射によって十発を叩き落とし、十三発が複合装甲の弾頭部を、バルカン・テルシオの三十ミリ劣化プルトニウム弾によってぶち抜かれた。
が、最も北よりの針路を取っていたため、脅威評価が低く、猛烈な攻撃に晒されなかった最後の一発が、後衛の『きりしま』にロックオンした。
バルカン・ファランクスが火を噴く。が、弾頭部の複合装甲がその炎の嵐に耐え、明瞭にレーダーを反射するラティス・ポールを直撃して炸裂した。
瞬間、白熱の火球が『きりしま』を包み込んだ。その閃光が消えた時、『きりしま』は、ねじくれた金属塊と化しており、次の瞬間、その中心から爆発が起こって粉々に砕け散った。
『あやなみ』。
衝撃波が船体を揺さぶり、乗組員達はそれぞれ何かに捕まってそれに耐えねばならなかった。
「『きりしま』、……爆沈!」見張り員の悲鳴が無線から響く。
『あやなみ』の戦術情報スクリーンに、燃える海面と膨れ上がる黒煙が映った。浮体ブロックBW−03からの映像らしかった。『きりしま』の姿はどこにも無かった。
「畜生め! UFの奴ら、N2弾頭弾を使いやがった!」
久川は自分の半身が引き裂かれたかのような思いで、映像を睨んでいた。彼と『きりしま』艦長とは防大の同期生だった。
2.海の蜂
『かつらぎ』。
スキージャンプ甲板を用いて、AAM−11を全ハードポイントに装備したFV−Xが飛び立っていく。その一方、飛行甲板後部では、叩き付けるような勢いで、第一小隊のFV−Xが次々と降り立っていた。
「状況は!」
デブリーフィングもそこそこに、CICに駆け込んだ菱刈二佐が大声で聞く。
「航空隊の対艦ミサイルは今のところ、どうにか抑え込んでいる。君たちのおかげだ。だが、『ヴェルセルプ』を喰らった『きりしま』が爆沈した。いや、ありゃあ、消滅したと言ったほうが正しいな。N2弾頭弾だ」
三石が自ら応じた。
「『きりしま』が……。あ、もうアップル・シードを出してしまったんですか?」
アップル・シード。第四小隊のコールサインだ。第一小隊から順に繰り出していたからつまり、第一小隊が補給を終えるまで後続が離陸できないということになる。
「防空網のほころびを埋めなきゃならんのだ。何しろ『ヴェルセルプ』一発で、浮体ブロックだろうと消し飛ぶ」
三石は渋い顔で応じた。
「こんな調子じゃ、すぐに息切れしますよ」
「どっちにしろ、護衛艦の対空ミサイルが尽き始めている。これ以上の持久は苦しいね」
「……アレを使いますか?」
「今、シミュレーションをしているところだ。もう少し待ってくれ」
「そんな悠長な……」
菱刈二佐は憤然として格納甲板に向かった。飛行甲板から降ろされたばかりのFV−Xに、作業班が取り付いて燃料弾薬の補給に忙殺されている。
「あ、あの。菱刈二佐」
ふいに、ためらいがちな女性の声が後ろからかけられた。
「ん?」
菱刈二佐が振り向くと、眼鏡を掛けた女性の士官が、おにぎりと水筒を差し出していた。
「あの、これを」
「あぁ、悪い」
菱刈二佐は直ぐにおにぎりにかぶりついた。それから始めて喉の渇きを思いだし、水筒の中身を蓋コップにそそぎ込み、一気に飲んだ。妙な味がした。
「なんだ、こりゃ?」
「す、すいません!」女性士官は真っ赤な顔をしてうつむいた。「お茶が……、無かったもので……」
よくよく味わってみると、スポーツドリンクの一種らしかった。ふと、この修羅場を余所に炊き出しを行っている女性士官の姿を想像し、笑みがこぼれた。
「いや、こまかな気遣い、感謝する。名前は?」
「あ、牛島ミチル三尉です!」
牛島と名乗る士官が背を伸ばした。
「良し、牛島三尉、名前を覚えたぞ。礼は改めてする」
菱刈二佐はつかの間の休息を終え、愛機の元に向かった。
(名前を覚えて貰えた……)
牛島は頬を赤く染めて、しばしその場に立ちつくしていた。その脇を、整備班長が駆け抜けた。
「”クーガー”さん! 許可が出ました。すぐにCBの装着作業を行います!」
「よし!」
菱刈二佐は渋い顔のままながら、大きく頷いた。
菱刈二佐機と岩尾機の二機だけが、主翼の付け根側のハードポイントに、ASM−5対艦ミサイルより一回り径の太いミサイルが取り付けられた。
部内名称『CB』。シービー、という発音から『海蜂』とも呼ばれる。ミサイルの弾頭部に魚雷を装填した、対艦攻撃用の兵器だ。
F1のメカニック並の慌ただしさで装備が調えられていくFV−X。作業を見つめる菱刈二佐の脇に、山本が立った。表情が固い。
「どうして”ヴァリス”さんと私の機体は、空対空装備のままなんですか? たった二機じゃ、全弾命中させても空母を沈められないと思います。第一、『CB』って何です?」
「『ラングレーIII』の弱点は何だと思う?」
菱刈二佐は山本の質問を無視するかのように逆に聞いた。
「ええ? 原子力機関の脆弱さ……ですか?」
「それもあるがな。一番の弱点は、あのフネがニミッツ級の正規空母だって事だ」
「は?」
首を傾げる山本を余所に、菱刈二佐機がサイドエレベータに運ばれていく。
「”ノヴァ”! 君と”ヴァリス”は俺達の援護に回ってくれ。何せ『CB』は技本からちょろまかしてきたばかりの秘密兵器で、四発しか手元にないんでな」
第一小隊の四機の『ラングレーIII』接近に合わせ、本土の各基地から発進した航空自衛隊の編隊も対艦攻撃の実施に入った。だが、航続距離に不安があるために増加タンクを付けたままでは充分な戦闘が行えない。さらには支援戦闘機F−2が装備していたのは射程距離の短い旧式の対艦ミサイルASM−2あるいはASM−1改で、射点につかないうちに大多数が追い払われ、どうにか放った対艦ミサイルも、ティコンデローガ級イージス巡洋艦『バンカーヒル』によって全て撃墜されてしまった。
第二小隊――加古サトシ率いる『スター・シード』三機がさらなる囮として南側から接近し、直掩機を南北に引きつける形を取る。
そして、この間隙をつき、FV−X四機が真西から突入を開始した。
「来る」
EC−4J、酒巻の声がレシーバに響く。リンクされた対空情報が、輝点となってレーダースクリーンに映る。菱刈二佐は腹を括った。四機の上空直掩機が群がってくるのが判った。
菱刈二佐は機体を降下させた。当然岩尾もそれに続く。一方、三河と山本は高度を維持したまま突っ込む。つゆ払いとして、彼らが前に出る。
「ヴァリス、エンゲージ(交戦開始)」
三河が宣告し、敵編隊の一機に向けてレーダー追尾式ミサイルをロックオンし、すかさず発射した。
「フォックスワン、ファイア」
「ロックオンされた!」
三河のコールにかぶさるように、山本の緊張した声が無線で飛んだ。アクティブ追尾式ではあっても、発射前の瞬間は、どうしても直線的な飛行になる。その瞬間を見計らってレーダー波を浴びせられているのだ。三河に続いて攻撃を行おうとした山本は先手を取られる格好になった。
すぐさま間に割って入って助けてやりたい、菱刈二佐はその思いを振り払い、岩尾を連れて直進する。
山本機がECMを開始した。EC−4Jも懸命に電波妨害を行って山本機を支援するが、先ほどのような無差別電子攻撃を行う訳にも行かないので、追尾レーダーを妨害しきれない。新式の『アドバンスト・フェニックス』ミサイルのレーダーはそれほど優秀なのだ。
ふいに、敵の輝点が一つ消えた。三河の放ったミサイルが命中したのだ。「スプラッシュ!」
直後、山本機にかかっていたロックオンも消えた。間合いが詰まっているため、一気に格闘戦に持ち込まれる。
「タリー(視認した)!」
相手はF−14B『ボムキャット』だ。群がる編隊のど真ん中を三河機がぶちやぶる。インメルマン・ターンをうって背後を取ったF−14Bの一機のさらに後方に、山本機が食いついた。
「フォックススリー・ファイア」
コールと共に、FV−Xのバルカン砲が唸る。一瞬。F−14Bの右垂直尾翼が吹き飛んだ。直線的な飛行を避け、すかさずロールをうつ。これで二対二。どうにかなりそうだった。
三河と山本が敵を引きつける間に、菱刈二佐と岩尾が相次いで『CB』を放つ。
低空を突進した四発のミサイルは、『ラングレーIII』との距離が二十五キロになったところで弾頭部を分離、躍り出た魚雷がパラシュートによって制動されながら着水する。
二発は海底目がけて沈んでいった。残り二発は深度十メートルを保ち、七十ノットの高速で『ラングレーIII』へと突進する。
菱刈二佐は上昇反転して、F−14Bと交戦する三河達の元に向かった。
「”ヴァリス””ノヴァ”、バグアウト(離脱)せよ!」
「ラジャー、スリー」
「フォア」
激しい息づかいの声が返ってくる。
交戦でほとんど武器を使い果たした二機が退避行動に移る。身軽になった菱刈二佐達がそれを支援する形になった。が。
「敵機、方位0・5・0。数、四。急速接近中」
酒巻の声が菱刈二佐の耳を打つ。直後、レーダー波を浴びせられてロックオン警報が出る。今度の相手はSu−35らしい。アラモETミサイルが来る。
菱刈二佐はチャフをまき散らし、左へ急旋回をうった。岩尾は当然右方向に降下旋回している。ロックオンが外れた。
山本は、後ろに張り付くF−14Bの殺気を感じ、胃が蠢動する感触をおぼえていた。額からつたう汗が目に入って染みるが、それに対処する暇もない。
(逃げなきゃ、早く逃げなきゃ――)
アフターバーナーをふかし、超音速で戦闘空域を離脱しようとしていた。僚機――三河の操る三番機の姿が見えない。格闘戦の中ではぐれてしまっていた。
ミサイル警報が鳴る。山本は強引に首を捻って後方を見た。V字に伸びる垂直尾翼の間に、白い何かが光って見えた。ミサイルが向かってきている。
(フレアを撒いてブレイク)
山本はフレアのボタンを押し込み、ベクトル変更ノズルを引く。
動かない。
山本はぎょっとして左手のレバーを見た。理由を直ぐに思いつく。ベクトル変更ノズルは本来、自由に動かせてはいけない存在なのだ。飛行中に可動させられるのは、兵装モードをバルカン砲に合わせているときだけ。アフターバーナーを点火している時にこれを強引に動かせば、機体が最悪の場合空中分解する。その為の安全措置だ。今回の戦闘で、FV−XがあまりにもVIFF機動の多用で戦果を挙げていた事で、山本はその存在が諸刃の剣であることを失念していたのだ。
しまった! 慌ててアフターバーナーを切ろうとする。機体を旋回させる動作も忘れて。
直後、操縦席の中でミンチになりそうなほどの衝撃が山本を襲った。
F−14Bの放ったサイドワインダーが左後部ノズルを直撃したのだった。
「”ノヴァ”! ベイルアウト(脱出しろ)!」
返事はない。無線が途切れた。
「こちら”ヴァリス”。”ノヴァ”ベイルアウトを確認した」
三河の報告に、菱刈二佐はどっと汗が全身から吹き出るのを感じた。
状況は、時間の経過と共に、自衛隊側の旗色が悪くなっていた。
一次攻撃で『きりしま』が沈没。残存艦艇も、『いせ』を除いては、ほとんどの艦があらかた対空ミサイルを射耗していた。が、まずいことに『いせ』は肝心のNADIAシステムがシステム・ダウンを起こし、『あやなみ』からデータ・リンクを受ける羽目になっていた。NADIAシステムは『ネイディア(nadir=どん底)』と陰口を叩かれるように、まだまだ脆弱な面を持っているのだった。
新鋭艦の『あやなみ』にしても、頼みのSAM−8は撃ち尽くし、次の攻撃への対応は、対空気化砲弾の次は、いきなり『テルシオ』近接対空機関砲で行わなければならない。
懸命にミサイル攻撃を防いでいる一〇一航空隊も、次第に戦力を削り取られていく。数倍の数の敵機を相手に一歩も引かない戦いを行っているのだが、どうしても一機の消失が数倍の打撃となって跳ね返ってくる。
菱刈二佐の第一小隊も、四番機の山本が撃墜されていた。空戦を行っていた際、空対空装備のF−14Bに墜とされたのだ。相手はこちらの戦力に余裕がないことを知って消耗戦に出ているのだ。幸いにも脱出に成功していたが、戦力は全体で十二機にまで減っていた。
3.起死回生
『あやなみ』CIC。
「艦長。BW−01の官制主任から、通信が入っています」
「本艦宛にか?」
「そうです」
久川は眉を寄せた。このクソ忙しい最中にどういう了見だろうかと思う。
「こちらは『あやなみ』艦長、久川二佐ですが」
「私、BW−01の保全運行官制主任の東郷ともうします。いよいよ、本ブロックの全能力をお見せすることになりました」
「……?」
「『あやなみ』のNADIAシステムのデータを、こちらにリンクして頂きたいのです」
艦橋構造物上部にある無人カメラが、BW−01を映していた。映像が戦術情報スクリーンに転送される。
何人もの作業員が上面に出て、BW−01の各所を覆っていた、レーダー波吸収特殊ビニールシートが取り払われていく。そこからは、各種ミサイルランチャーや、近接対空機関砲が無数とも思えるほどの数が顔を覗かせていた。
おお。スクリーンに映ったその様に、『あやなみ』のCICでは歓声とも呆れともつかぬ声が漏れた。
「いわゆる、あれか? 昔アメリカが提唱していた兵器庫艦……」
東郷ヒサカズは久川の問いに誇らしげに応えた。
「そうです。もっとも原型はアーセナルシップというよりは、第三新東京の兵装ビルですが。火山島である硫黄島には、兵装ビルを収納出来る地下空間を作れません。従って、浮体ブロックという形になりました。基本的に固定された状態で使用されますので、今回のような戦闘は本来想定外なんですがね……」
久川は唸った。
「リンク33によるデータリンク・システムを?」
「そうです。硫黄島の管制システムからデータを貰うのが通常なんですが。今回はリンク33を搭載しています。何せ急な話だったもので、他のシステムとすりあわせるのに、時間を取られてしまいました」
「こんな話は聞いていないぞ」
「上層部の意向です。どこでUFの目が光っているか、判らなかったもので」
(おいおい、どうして民間の技術者がUFの事を知っているんだ)
久川はその異常さに疑問を抱いたが、選択肢は無かった。直ちにヒサカズの要請を受け入れた。
BW−01。兵装管制室。
自衛艦のCICとほとんど変わらぬ内装の部屋に、ヒサカズは陣取っていた。管制を行うのは民間人ばかりだが、今のところはごく平静に作業が進められている。
幸いにも、どうにかミサイルが内懐に飛び込む前に、データ・リンクが完了した。
『あやなみ』のNADIAシステムによって与えられたデータに基づき、猛烈な射撃が開始された。三百五十目標同時追尾を誇るNADIAシステムは、迫り来る巡航ミサイル及び対艦ミサイルに対し、適切な誘導が為され、次々に叩き落としていく。し 晴天の空にも鮮やかに火球が連続して浮かび、白煙と共に消えていく。その爆発は次第に自衛艦隊側に近づいてくる。
「残存ミサイル、こちらに向かいます!」
余りにも巨大な目標であるため、多くのミサイルがBW−01にロックオンして突っ込んでいく。厄介な『ヴェルセルプ』がその大半だった。
「ようし、こっちに来い!」
東郷ヒサカズの凄みのある笑みに、周囲の技術者は畏怖と信頼の感情を同時に抱いていた。
「巡航ミサイル接近。距離、五万!」
「撃ちもんせいっ!」
思わず薩摩訛りが剥き出しになっていた。往時の維新入道もかくやという怒声を受け、近接対空戦闘が開始された。
直進してくる巡航ミサイル目がけ、青緑色の光線が浴びせられた。相当数の劣化プルトニウム弾を浴びせなければ打ち抜けなかった『ヴェルセルプ』の装甲カバーを容易に突き抜け、弾頭部の炸薬を破裂させた。
『あやなみ』。
あれほど苦労させられていた『ヴェルセルプ』が、次々に爆発していく様は久川達には、この世のものではないような感覚を抱かせていた。
「おいおい、対空レーザーなんぞ積んでるのか?」
「動力は原子力でしょうか?」
「あれは、レーザーではないようですね」
由比が言った。
「じゃあなんだ、ビーム砲の類か?」
「ええ。日本重化学工業共同体が開発中の、粒子流ビームでは?」
「俺は光線兵器の類はよく判らんのだが、戦自研の陽電子砲とは違うのだな?」
「ええ。あれとは原理が異なります」
戦自研の自走陽電子砲は、自走砲の名があるものの、本来は地上から人工衛星を迎撃するためのものだ(直進する光線兵器は地対地兵器としては限定的な近接戦闘でしか効果を発揮できない)。大出力で長距離射撃が可能だが、消費電力は原子炉一個や二個でもどうにもならぬほど膨大になるのがネックになっている。
目標にたどり着けたミサイルは一発もなかった。
「これでしばらくは持ちこたえられるぞ」
「しかし、決め手にはなりません」
「……と、なれば、水上打撃戦になるのか」
「冗談ではないな」
だが、戦闘はあっけない形で終わりを迎えようとしていた。もう一つの秘密兵器が、『ラングレーIII』の命運を決すべく海中を突き進んでいた。菱刈二佐と岩尾が放った『CB』魚雷である。
直進した二発は既に撃破されていた。が、UF側が動作不良によって沈降したと思いこんでいた残る二発は、ちょうどU字を描く形で進行し、四隻の護衛に周囲を護られた『ラングレーIII』の真下から襲いかかったのだ。
『ニミッツ』級のスクリュー音は詳細なデータを海上自衛隊は有している。『ラングレーIII』の固有データに関しては充分とは言えないものの、周りに紛らわしい存在が無い以上、誘導は極めて精密だった。二発の『CB』は、共に艦尾のスクリューにホーミングし、綺麗に全てのスクリューを吹き飛ばした。たちまち行き足が止まる。 だが、見た目以上に深刻な打撃となったのは、ただでさえ癇癪持ちの原子力機関に異常が発生し、制御棒が降りたことであった。
航空機発艦不能。『ラングレーIII』は戦闘力を消失した。
そして燃料を失った直掩機が全て海上に不時着水した頃合いを見計らい、準備が整った『かつらぎ』から攻撃隊が発進を開始した。彼らの前に立ちふさがる者は存在しなかった。
距離二百二十キロで放たれた六十発の対艦ミサイルASM−5は、ティコンデローガ級イージス巡洋艦『バンカーヒル』の奮戦もあって二十二発が撃ち落とされたが、十三発が『ラングレーIII』を直撃した。『バンカーヒル』自身も二発が連続して艦橋構造物にヒットして沈黙。残る二隻も似たような運命を辿った。
これで我々の勝利だ。
攻撃を終え、機首を巡らす菱刈二佐は思った。浮体ブロックの思いがけない援護があったとは言え、これは『かつらぎ』最初の勝利だ。それは間違いない。
だが、何のための勝利だ? これで我々が何を得たというのだ。
「あの時、生駒一尉が何故あれほど浮かぬ顔をしていたのか、もっと理解しておくべきだったな……」
「ブルーシード、リーダーよりライトニング・マスター01へ」
「こちらライトニング・マスター01、マジカルクイーンです。おめでとうクーガー、見事な勝利だわ」
「ありがとう、マジカルクイーン。まだ直接顔を合わせたこともないが、硫黄島についたら一緒に飲みたいもんだ」
「駄目よ、こんなおばさんを掴まえてそんな事言っちゃ。第一、硫黄島にはロクな飲み屋もありゃしないのよ。……”ノヴァ”さん、早く救助されると良いわね。ビーパーは確認しているから、たぶん大丈夫だとは思うけど」
「ああ。戦闘は終わったんだ。他の連中も、一刻も早く助けて貰いたいもんだ」
「こっちでも海上捜索レーダーで海面を洗います」
「頼む」
菱刈二佐の戦いは、ひとまず終わった。
『あやなみ』。
誰が実際に救助を行うのかと言えば、結局は多目的ヘリに出番が回ってくる。
MH−7Jが『あやなみ』のヘリパッドに着艦した。整備員が掛けより、パイロンから武装を外していく。
「誰が墜ちたんです!?」
操縦席から中腰になり、風防を中程まで押し上げた生駒が、機首下に近づいてきた古鷹に聞く。
「名前聞いて、判るのか?」
「昨日、一緒に飲んでいた人達が居るんです」
「そうかぁ……。話じゃ、女性パイロットらしいぞ」
(山本二尉……!)
生駒が唇を噛む。古鷹がそれに気づいた様子は無かった。
「……ユニットを交換するぞ!」
「判りました」
メインローターが生むトルクを相殺用する尾部のガス噴射量が増し、ローターのシャフトを軸としてMH−7Jがくるりと半回転した。艦尾方向に機首を向けたところでベアトラップと呼ばれる車輪留めで機体が固定される。
続いて、ヘリ甲板に繋がる後部構造物のシャッターがあき、専用のフォークリフトが走り出てきた。ちょうど野球のフォークボールの握りのようにアームを伸ばしたリフトがAユニットの四隅を抑え、そのまま後方に引き抜く。
次に同じ手順でUユニットが押し込まれた。
「真崎、頼むぞ」
古鷹が怒鳴る。
「ダイバーをつけてもらえないんですか」
「人手が足りんのだ。真崎一曹、いけるな?」
「うっす」
真崎は鈍い言葉とは裏腹の素早い動作で後席から降り、ヘリの直ぐ横でダイバースーツに着替え始めた。生駒の視線などお構いなしだった。
着替えが終わると真崎は、後席ではなく、Uユニットの左横にある昇降口を開け、中に潜り込んだ。
「こっちは準備完了です、いつでも上げて下さい」
キャビンの真崎から、機内無線を通じて生駒に声が届いた。
燃料の補給を受け、MH−7Jは滑るように海上へと躍り出た。
高度を上げると、『かつらぎ』の後方に続く浮体ブロックが見えた。対空火器を満載した兵装ブロック。
「ねぇ、相棒?」
機内無線で呼びかける。
「なんですか?」
「変な物言いかも知れないけどさぁ、あんなモン作ってるから、私達の国が左前になるんじゃないの?」
「違いないです」
正直な真崎の返事に、生駒は力無く笑った。ここに来て、意外と上手くやって行けそうな気がしたのだ。
山本の乗った救命ボートを発見するのに、それから一時間がかかった。
既に日は傾き、視界の確保が難しくなっていた。
ホバリングするMH−7Jの機首下から、フラッドライトの光条が伸びた。その中央に、まるでスポットライトのように、オレンジ色の救命ボートが浮かび上がる。ごく単純な発想に基づき、『バスクリン』とあだ名されるダイマーカーの蛍光色が海面に漂っている。救命ボートの上では、身体を起こした山本が懸命に手を振っているのが見えた。
「準備OKっすよ」
機内無線を通じて、真崎が操縦席の生駒に呼びかけてくる。
「降ろすわよ、気を付けて」
「りょーかい」
生駒は、コクピット右手の監視モニターのカメラを胴体下のそれに切り替えた。ウインチケーブルに片足を引っかけてぶらさがる、真崎の頭が大写しになった。
生駒はオート・ホバリングに設定して、右手の制御コンピュータ端末のキーボードを叩いた。ウインチの昇降にモードを合わせ、降下速度を『中』にして、キーボードの『↓』キーを押した。
ウインチのストッパーが外れ、耳につく駆動音と共に真崎が降下していく。どうしてもケーブルの捻れが起こるため、彼は海面の高さに降りるまで右に三回転ばかり回っていた。素人なら、それだけでパニックになる。
足がボートに付いた瞬間、波にあおられて足下をすくわれ、真崎は蹴躓くように山本の上にのし掛かってしまった。
「っと、すまんです」
「あ、あ……」
間近に顔を近づけられた山本は、目に涙を一杯に溜めていた。
「……? 身体のほう、なんともないですかね。えーと――」
「ありがとう!!」
突如、山本が真崎の身体を抱きしめた。
「え、え!?」
「怖かった……。本当に怖かった。でも、きっと、貴方達が助けに来てくれるような気がしたの!」
山本は真崎に抱きかかえられて、救命ボートからキャビンに引き上げられた。恐怖が収まらないのか、山本はキャビンの中でも真崎の胸に頬を寄せたまま、離れようとしないでいた。
「……戦闘機パイロットになれなくて良かった」 生駒はそんな事を呟きつつ、機首を『あやなみ』の針路上に向けた。
『かつらぎ』ブリーフィングルーム。
「間違いないんですね?」
「ああ。『あやなみ』搭載のMH−7Jが救助した。久川艦長が直々に無線を送ってきたよ。身体には何の異常もなし。直接こっちに連れてきて貰えるそうだ」
「そうですか。有り難うございました」
艦内無線の受話器を置いた菱刈二佐は、深刻な顔付きで彼の周りに集まる部下達のほうに向き直った。
「”ノヴァ”は無事だ!」
「よっしゃあ!」
岩尾がガッツポーズを作った。三河はほっと肩の力を抜いていた。
菱刈二佐はブリーフィングルームを出た。飛行甲板にまで出て、潮風にあたりたくなったのだ。
通路に出た途端、牛島と鉢合わせした。
「あ、菱刈二佐……! お疲れさまでした」
「君たちも大変だったね。そうだ、大変ついでに、仕事を引き受けて貰えないだろうか?」
「は、はい。何でも致します」
菱刈二佐は気負い立つ牛島の様子に苦笑した。
「そんな大げさな事じゃない。さっきみたいに、握り飯と飲み物を用意して欲しい。救助された仲間が帰って来るんだ」
「判りました。喜んで、やらせていただきます」
「助かる。えーと、名前、なんだっけ?」
牛島はガクッと前のめりになった。
「牛島ミチル、です!」
「悪い悪い。どうも近頃、人の名前を覚えるのが苦手になったな……。タックネームならすぐに思い出せるんだがなぁ」
頭を掻きながら去っていく菱刈二佐の後ろ姿を見つめる牛島は、盛大に溜め息をついた。
EC−4J。
「どうしたもんかしらね……」
酒巻カツミ特務三佐が、通信士の肩越しにぼやいた。硫黄島の滑走路に大穴が穿たれたため、そちらに着陸できなくなっていたのだ。
EC−4Jの航続距離からすれば、本土に向かうのも不可能ではない。が、硫黄島で息子と二人暮らしの彼女は、そう簡単に外泊なんてしたくはなかったのだ。
「パラシュート抱いてダイブしてみます?」
管制官の一人が冗談混じりに言い、爆笑を誘った。
「……それも、仕方ないかもね」
真顔の酒巻の言葉に一同は一瞬沈黙し、すぐさま機首を北に向けるよう、口々に機長に進言する羽目になった。
BW−01。
恐るべき事に、戦闘が終わった途端、工事が再開されていた。
「向こうに到着するまでに、全部綺麗に完成させるんだぞ!」
喧噪の中、ヒサカズの発破に、工員が蛮声で応じる。
「上手く行って良かったですよ。正直、冷や汗ものでした」
ヒサカズの鞄持ちと化した技術者が、安堵の表情を見せていた。ヒサカズも苦笑いで応じる。
「ああ。正味の話、懲りた。やっぱり戦争は軍人さんに任せるべきだな」
ヒサカズは思った。客観的に見た場合、何故あれほど圧倒的な戦闘を行えた俺達がこれほどテンションが低いのか、判らないかも知れないな。
だが。仕方のないことだ。明確な殺意を抱いた無数のミサイルを眼前に迎えた者でなければ、この感覚は理解できないだろう。
本音を言えば、硫黄島に固定されたBW−01がどれほどの効果を発揮できるのか、彼には疑問だった。今回は自衛艦隊との連携があったからこそ、上手く行った。その存在を秘匿していたからこそ、相手は攻撃方法を誤った。二度目は無いなというのが実感だった。
「……それにしても」
UFとは、一体どんな組織なのだろう。彼らの本当の狙いはなんだったのだろう?
4.アフター ザ カーニバル
Xdayマイナス九〇日――『硫黄島』大阪山
島の中部やや西側にある、山というよりは岡にちかいその場所に登ると、夕日を浴びてシルエットと化した宇宙港の威容が一望出来た。
山頂には通信施設が置かれている。その周囲を張り巡らされたフェンスに片手を掛け、タカトラは宇宙港を見ていた。
数条の煙が立ち上っている。それは空港周辺も同様だった。事故などではあり得ない。攻撃を受けたのだ、タカトラはそう確信した。
だが、誰からだ?「……何かが起こってるというのに」
為すべき事も判らない。辛い。悔しい。所詮は子供だと言うことか。
「やっぱりここにいたんだ」
早足で登ってきたためか、息を弾ませる境がタカトラの横に立った。
「避難命令が解除されないうちから抜け出すなんて――」
「見てみろよ、あれ」
タカトラは境の小言を無視して、宇宙港からたなびく煙を指さした。
「……空港のほうも、大変なことになってるみたいよ」
境が声を潜めるようにして言った。
「何かが起こってる。嵐が来るぞ」
タカトラの顔に、恐れの色はなかった。
Xdayマイナス八九日――小笠原沖
『あやなみ』。
最大戦速で間合いを詰めたにも関わらず、目的地にたどり着いたときには深夜になっていた。航空機との脚の違いを思い知らされるのは、大抵こんな時だった。 艦橋の中程から、サーチライトの光条が伸びている。その先には、彼らを苦しめた原子力空母の姿があった。
「酷いもんだな……」
洋上に停止した『ラングレーIII』は左に一五度ほど傾き、艦橋基部、艦橋後ろのサイド・エレベータ、アングルド・デッキ、艦尾のミサイルランチャー付近の四ヶ所から、戦闘から半日を経過した後も止めどもなく黒煙を吹き上げていた。時折内部で未だに爆発が起こり、煙と共にサイドエレベータの中から残骸が海面に向けて飛び散る。
「こりゃ、使い物にはなりませんね」
「原子力機関が炉心融解なんぞ起こしたらコトだぞ……。大丈夫なんだろうな」
水蒸気爆発などを起こされたら、『あやなみ』もただではすまない。いずれにせよ、放射能漏れの影響は避けられない。『あやなみ』は生存者救助もそこそこに現場海域を離れ、本隊と合流する針路を取った。
「なんでこんな事になったのかしらね……」
ヘリパッドから、漂泊する『ラングレーIII』の姿を眺めていた生駒が、独り言のように呟く。
「さあ? でも、これで終わりじゃないっすよ、絶対」
MH−7Jのパイロンに片手をかけた真崎が珍しく語尾に力を込めた。
「冗談じゃないわね。この次も、サービスサービスって訳?」
「ははっ、いいっすね、その台詞」
真崎の乾いた笑い声を聞き、生駒も口の端を緩めた。ここでいう『サービス』とは、『兵役』の意味に他ならなかった。
Xdayマイナス八七日――新横須賀
科学技術庁海洋環境調査船『たまな』。純白の船体を午後の日差しに煌めかせつつ、ゆっくりと港を離れていく。
「これで当分、旨い酒ともお別れだなぁ」
艦尾の作業甲板。遠ざかる港を名残惜しげに眺める古賀トシハルは、溜め息混じりに言った。
「そんなに何もない所なんですか、硫黄島って?」
傍らで手すりを軽く掴む菱刈レミが聞く。
「当たり前だよ、いかにカネをつぎ込んだ所で、絶海の孤島っていう地理条件は変わらないんだから」
「そうなんですか。あーあ、私もなんだか憂鬱になってきましたよ」
レミの気弱げな微笑みに、古賀は得意のポーズ――肩を竦めて首を振った。
「うーん。予定が思ったより伸びてたから、『いちもんじ』の連中に仕事を押しつけられるとおもったんだがな……」
古賀は『たまな』の同級二番船の名を挙げてぼやいた。
「そうですよね。この間みたいに、水没した銀行の金庫から金塊を掘り出す仕事のほうが、よっぽどエキサイティングですよ。宇宙港の脚柱を眺めてたって面白くもなんともない」
二人の文句は延々と続いた。とはいえ、彼らの不満ぶちまけ大会は、いわば適度なテンションを維持するための儀式のようなものだった。この時点では、彼らの前に如何なる困難が待ち受けているのか、二人とも理解していない。
Xdayマイナス八六日――硫黄島沖
浮体ブロックは当初計画されていた予定時間通りに、硫黄島宇宙港へと到達した。直ちに接続作業が開始される。沖合では、爆沈した『きりしま』を除く護衛艦隊が遊弋し、万一の攻撃に備えている。もっとも弾薬を使い果たしているため、補給艦が寄り添って急ピッチで補給を受けながらの海上護衛だ。
『かつらぎ』航海艦橋。
西の空に厚い雲がかかり始め、綺麗な夕焼けを邪魔していた。飛行甲板に上げられたFV−Xの影は長く東に伸び、海面にまで落ちて波に揺られている。
強者どもが夢の後。パイロット達があれほど望んだ実戦。『かつらぎ』は見事に勝利した。だが、どこか寂寥感が漂うのは否めなかった。
『かつらぎ』は搭載十六機のFV−Xの内、五機を失った。脱出できたのは山本を含めて二人。三人が帰らぬ人となった。何とか『かつらぎ』に帰り着いたものの、本格的な修理が必要な機体も三機ある。まともに動くのは八機。ただ一度の戦闘にしては、損害が大きすぎた。
「一〇三空――錬成中の『サクヤ』航空隊から、機体と人員を回して貰う事になっている。時間を掛ければ一〇一空は再建出来る。だが」
甲板に置かれ、緊急発進に備えるFV−Xの姿を見下ろしながら、三石が言った。菱刈二佐は無言で次の言葉を待つ。
「極東ロシアでクーデターが起こったらしい。ウラジオストックあたりも抑えられたようだ。元ロシア海軍のUN太平洋艦隊艦艇の何隻かが同調して離脱したとも聞く。一番必要な時間が、我々には与えられていない」
独自の情報網を持つ菱刈二佐は、さして驚かなかった。
「うわさ、本当だったんですね」
「ああ。どうも、あそこは国ごとUFに取り込まれているような空気だ。第二新東京のUNのお偉方は真っ青だろうな。何しろ、日本海を挟んだ目と鼻の先だ」
「攻撃を受ける恐れがあると?」
「可能性はある。もしそうなっても、『オーバー・ザ・レインボウ』が動けず、『ラングレーIII』が潰れたとなれば、UNに術はない。我々以外にはな」
三石の言葉に、菱刈二佐はこくりと頷いた。
Xdayマイナス八四日――『硫黄島中部居住区硫黄島第一中学校』2年1組教室
「転校生を紹介する。喜べ女子ぃ!」
やたらと元気のいい担任の女性教師が頓狂な声をあげる。彼女の隣りに立つ長身の少年が軽く会釈する。
「陶シュンスイです。よろしくお願いします」
そう言って嫌みのない笑みを見せる。こっ恥ずかしい表現を敢えて用いるなら、掛け値なしの美少年だ。女子生徒が歓声とも溜め息ともつかぬ声を一斉に漏らす。境や松田ですら、例外ではなかった。それとは対照的に男子生徒は一様にしかめ面だ。
(気にいらんな……)
タカトラもまた、同じような感想を抱いている。とはいえ彼の場合、陶の容姿に嫉妬したのではなかった。彼の眼、恐ろしく醒めて周囲を油断無く睥睨している眼に、危険な色を感じ取っていたのだった。
第四話に続く
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