『バトル・オブ・甲子園』
第二十五話”領域”




(1)


 県大会決勝戦、当日。
 朝になって、志摩監督からスターティングメンバーの変更が告げられた。
 この変更により、これまで二番、あるいは七番で先発出場してきた岸野を外し、代わりに一年の星野が七番・サードに入る形の打順になった。
 この変更について、高梨は星野の守備に不安がないか、事前に志摩監督から同意を求められていた。
 高梨としては不安はなくもないが、了承していた。
 岸野は予選大会で二十二打数二安打と打率が一割を切る状態であり、勝ち進むに連れて表情から余裕が失われていくのが傍らで見ていて痛々しいほどだ。
 打たなければならない、という焦りがバッティングフォームを崩させ、余計に打てなくなる典型的な悪循環にはまりこんでしまっている。
「まずいところでスランプにはいっちまったよな。今は無理に試合に出ても状況を改善するのは難しいだろう」
「ああ、そうかもな……」
 高梨に諭されて、岸野は悔しげな中にも安堵の表情を見せていた。
「ブロック大会までになんとか復調してもらわないと困るからな。今日はスタメンを外れてもらうけど、終盤で守備で出て貰う可能性もあるから、あんまりぼんやりとしてるなよ」
「判った」
 とりあえず、経験不足の感が否めない星野よりは岸野の守備は安心できた。守備固めで出番があるとすれば、終盤で大栄高が勝っている場合だ。 
 そういう状況に持ち込みたい、と高梨は思った。

(2)


 高梨は井町南高の主将との試合前のジャンケンに負け、大栄高は先攻になった。
 グラウンドに出てみると、天気はうす曇で、時折冷たい風が強く吹いていた。やや肌寒いコンディションの中、試合が始まる。
 一回表の大栄高の攻撃は、井町南高のエース・夏目の前に三者凡退に終わった。
 続いて一回裏のマウンドに登った途端、今までに感じたことのない重圧に、高梨は少々たじろいだ。
(やばいな。岸野の深刻そうな顔を見ていて伝染したか?)
 などとは思うが、県大会の決勝に駒を進めているのである。緊張しないほうがどうかしている。
 開き直りの気持ちで深呼吸し、守備陣のボール回しが終わるのを待つ。
 先頭打者の有本もすでに打席に入っている。
 綾瀬も相手が有名な強豪高だけに、集めてきたデータもいつになく豊富だ。だから高梨もこのバッターが変化球系なら初球から積極的に手を出してくることを知っている。
 主審がプレイの開始を告げた。
(さぁ、やろうぜ)
 高梨はおびえもろとも吹き飛べとばかりに腕を振りぬき、外角低めへとストレートを投げ込んだ。

 一回は両チームとも三者凡退だったが、二回表に四番・榎本が口火を切り、連打によって大栄高が一点を先制した。
 しかし、一気に畳み掛けることは出来なかった。そこまで井町南高も甘くはない。
「一点を守り抜こうなどと考えるなよ」
 二回裏の守備に就く選手達を送り出す志摩監督の言葉に、高梨はうなずいてからマウンドへと足を向けた。
 頭では攻撃的な気持ちを維持しようと努力しているのだが、やはりどこかで守りに入っていた。
 自分は連投で疲れている、という思いも脳裏に過ぎる。
 四番に強打される。これは樋口がぎりぎり追いついてグラブにおさめたが、続く五番・梅原にツーナッシングと追い込みながらセンター前ヒットを運ばれた。
「ストレートにタイミングがあってやがる」
 高梨は口をへの字にした。
 今日はたまる疲労感と指先の違和感とは裏腹に、久々にストレートが伸びている。ピッチャーとは面白いもので、疲労度と球速は、必ずしも相関しない時がある。
 もっとも、高梨にとって一番の武器である速球すら、百戦錬磨の井町南にとってはさほどの脅威でもないらしい。
 市川も同じ考えに達したらしく、サインを変化球主体の配球に切り替えてきた。
 せっかくストレートが走っているだけに悔しい思いはあったが結果的にはこの作戦が功を奏し、六番・江草にカーブを引っかけさせてゲッツーに仕留めた。もっとも、指のかかりが悪いのか、変化球は全般的にあまりキレない。
(それにしても、揺らぎがないな)
 県下随一の強豪校という自信がよほど強固なのだろう。半端なプライドは、それにひびが入った途端にもろくも崩れてしまう。だが少なくとも井町南高の選手達は、高梨が速球主体の配球をあっさり変更してきたことに対しても、全く動じる気配がない。
 なんとか追加点を挙げて高梨の援護をしたい大栄高は、三回表の攻撃で、この回の先頭打者である星野が粘った末にフォアボールで一塁に歩く。
 志摩監督は迷わずに送りバントのサインを出した。だが、一番の越川は井町南高の夏目が繰り出す速球に寝かせたバットをあわせられず、二度連続してバントに失敗する。
「慌てるな!」
 ベンチから激励の声が飛ぶが、本来は強心臓のはずの越川の表情が強ばっている。志摩監督はやむなく強襲に切り替えるサインを出した。
 夏目の球は、外角低めぎりぎりいっぱいに飛び込んできた。だが越川も見送る訳にはいかず、バットを振り出した。
 泳ぎ気味のスイングがボールを捉えたが、運悪く打球はファーストの正面に飛ぶハーフライナーになった。飛び出してしまった星野はヘッドスライディングで一塁ベースに飛び込んだものの、井町南のファースト・酒井のタッチのほうが一瞬早かった。
「あちゃ。さっきのお返しをされちまったぜ」
 ベンチでメガホンを叩いていた市川が天を仰ぐ。結局、二番・横山も三振に倒れ、大栄高も攻撃を三人で終える。
 三回裏、四回表と両チーム共に三者凡退と、緊張感の漂う投手戦が続く。
 四回裏、井町南高の攻撃は二番・山本から。初回の攻撃では内野安打を放った山本に対し、市川のサインは強気の内角攻めだった。
 高梨も市川の期待にこたえ、二球続けて内角にきわどく決まるストレートを投げ込む。三球目に、決めに行くつもりで外角におちるカーブを投じるが、これが失投になった。
「やべっ」
 甘い球を見逃さず、山本が強振する。打球は一・二塁間へ。抜けるかと思われたが、大谷が横っ飛びに飛んでボールを抑えた。グラブに収まらずにこぼれたボールを腹の下から拾い上げ、起きあがりざまに一塁に投じ、フォースアウトに仕留める。
「ナイスプレー!」
 市川や内野陣が喜色を浮かべて声を張り上げる。
 だが、高梨は左手の指先に視線を落として渋い顔になった。投げ損じがあるのは人間である以上仕方がないが、それにすかさず喰いついて来る井町南高の打線にあらためて脅威を覚えたのだ。
(こりゃあ、相当に締めてかからないとヤバいな)
 疲労が抜けきれず、万全でないという思いが頭にあるだけに、自然と気圧される思いになっていく。
 ここで、井町南高は影山・酒井・梅原のクリンアップトリオに打順がまわる。
 高梨は外角に球を集め、打ち気に逸った影山をセンターフライに抑えるが、酒井と梅原に相次いでクリーンヒットを放たれた。
 さすがに市川も厳しい顔になるが、ここで先ほど狙い通りのゲッツーでおさえた江草に打順が回る。
(こいつのスイングは変化球に弱そうだ)
 高梨と市川の思惑は、言葉を交わさずとも一致していた。カーブの連投でカウントを稼ぎ、高めへのストレートで視線を吊りあげ、決め球としてフォークボールをおとす。江草は絵に描いたような三振をしてくれた。
「よっしゃ、まだ行ける!」
 マウンド上で跳ねながら、高梨は小さく叫んだ。
 次に試合が動いたのは六回裏だった。
 井町南高は一番からの好打順からの攻撃となる。
 さすがに三順目となると球筋を把握されてくる。速球狙いの井町南打線をかわそうと変化球を主体にした高梨はワンアウトも奪えないうちに、三連打を喰らってあっさりと同点を許してしまった。
 四番・酒井にも危うく三遊間を抜かれそうになったが、ここは岸野にかわってサードに入る星野がファインプレーをみせてダブルプレーに抑えった。
 五番・梅原もライトフライに仕留めて、どうにか一失点でくい止める。
「まだ同点だ。取り返せばいいんだからな」
 志摩監督のゲキに高梨もうなずき、気を取り直す。
「ピンチのあとにチャンスありってな」
 四番・榎本が鼻息も荒く言い張って七回表の先頭打者として打席に向かう。
 そして言葉通りにヒットを放って口火を切ると、五番・大谷、六番・市川もそれぞれヒットを飛ばしてチャンスを広げた。
 市川の打球がライト前に飛んだ時には榎本は本塁をうかがったのだが、ここは井町南のライト・山本の鋭い返球がノーバウンドでキャッチャーの元に戻ってきたため、三塁にストップしていた。
 ノーアウト満塁の大チャンスに、打席に入るのは唯一の一年生・小林である。
 一年ながらレギュラーに抜擢されたのは、目に見える形で計測できる身体能力の数値だけではない。プレッシャーのかかる大舞台にも動じないと思われる図太さがあってのことだ。
 期待に応え、小林は右中間に打球を運んだ。榎本と大谷が相次いでホームを踏む。
 高梨もヒットを放ち、さらに一点を追加した。
「よし!」
 自分のバットで失点を取り返し、高梨は一塁ベース上で拳を固めて小さくガッツポーズをとる。
 この後、星野が凡退したものの、スコア四対一と三点のリードを得て、高梨は七回裏のマウンドに登る。
 この回の井町南高の攻撃は、ここまでの二打席を共に凡打に抑えている六番・江草。再び変化球攻めでボテボテのサードゴロに打ち取る。
 しかし、七番の羽鳥には、ライト前に鋭い打球を持って行かれた。変化球を立て続けにカットされ、苦し紛れに投じたストレートを狙い打たれてしまった。
「ゲッツーとるぞ、ゲッツー!」
 守備陣に喝を入れようと、市川がことさらに叫びあげる。
 ここで、井町南高はピッチャー・夏目に対して代打・渡辺を送り込んできた。
 夏場の練習で故障してレギュラー落ちしているものの、二年の春からスタメンに名を連ねていた選手だった。控えといえど全く油断できない。
(下手に変化球でかわすより、まだ目が慣れていない分、速球で圧倒したほうがいい)
 と、バッテリーの思惑は一致したのだが、渡辺の打撃センスは高梨達の予想の上を行った。渡辺は初球から果敢にバットを振ってきて、ものの見事に芯でとらえられてしまった。打球は一二塁間を鋭く破った。
 九番・関は高いバウンドのファーストゴロを放った。榎本の処理はまずくはなかったが、ゲッツーをとるには打球の滞空時間が長すぎた。結果的にランナーを二塁に送る進塁打となる。
 ツーアウトながらランナー二塁という状況で打順が一番に戻った。
 マウンドまで市川が走ってくる。
「どうすんだ? ストレートは狙われてるし、今日は変化球がいまいちキレてない」
 ミットで口元を隠しながら、市川は身も蓋もないことを聞いてきた。
「俺に聞くなって。ピッチャーの調子が悪かったら、配球の妙でなんとかしてくれよ」
「しゃあねえよな。次は確か変化球が得意だって話だったよな。カーブとスライダーでカウントを稼いで、最後は内角にストレートで三振か、最低でも打球を詰まらせる。どうだ」
「どうもこうもない。それでいこう」
「頼むぜ。ここで抑えられないと、このままずるずる行きそうだ」
 いやな事を言い残して市川はどたどたとキャッチャーズボックスに戻る。
 一番・有本に対し、高梨は初球をスライダーから入った。
 外角に逃げてボールになる球だったが、市川が構えたところからボール三つ分は中に入った。有本はこれを見逃さず、目いっぱいひっぱたいた。
 金属音を残し、打球はあっというまに外野のフェンスに達した。
「くそっ」
 この後、高梨はツーアウトから一挙四点を奪われた。点差を広げて逃げ切れると思った気のゆるみが無かったとは言えない。一度「勝てる」と気負った後だけに、落胆もまた大きい。
「さすがに、厳しいな」
「こちらを良く研究してきてるぜ。打ちにくいよう打ちにくいよう攻めてくる」
 逆転を許したにも関わらず、八回表の大栄高の攻撃は淡白なものに終わった。夏目の後を継いだ二番手投手は左のサイドハンドで、河野のアンダースローとも違う慣れない位置から繰り出される球に翻弄されてしまったのだ。
 八回裏。志摩監督は審判に投手交代を告げた。高梨にかわって河野がマウンドに登る。先頭打者にヒットを放たれはしたものの、河野はどうにか後続を断ちきって無失点におさえた。
 ついに、九回表の大栄高最後の攻撃になる。
 なんとか塁に出て、と気負いたつものの、六番・市川、七番・小林はともに凡打に倒れた。
 ツーアウトになったところで、「代打に使って下さい」と、岸野が志摩監督に直訴した。
 ベンチの誰もが、驚きの声こそ挙げないが、今までに見たことのない岸野の必死の面立ちに顔を見合わせていた。
 この局面で、逆転の目はほとんどない。加えて、次の打席は八番に入る河野である。ここで奇跡の大逆転をしてのけたところで、九回裏には三番手投手を送り込むことになる。
 それでも、敢えて最後の打者になることをいとわずに自ら志願する岸野の心境はいかなるものだろうか。
 星野には酷な場面だと考えているのだろうか。それとも。
 高梨には思いを計りかねた。
 ややあって、志摩監督は主審に代打を告げた。
 硬い表情で岸野は打席に向かう。高梨達はその背中に向けて懸命に声援を送る。
 岸野は粘ったものの、最後はセカンドフライを打ち上げて無念のゲームセットとなった。

 スコア五対四。
 善戦したともいえるし、痛恨の逆転負けとしか表現できないのかもしれない。
「ここまでがうまく行きすぎたんだよ。勝つことの難しさを再確認させてもらったようなもんさ」
 主将としての立場があるから軽口も叩けないが、内心で高梨はそんな言葉を呟いていた。だが、そんな負け惜しみでは消すことの出来ない井町南と輪島城東という二大強豪校の壁の高さを改めて思い知らされていた。

(3)


 試合後すぐ、高梨は監督とともに、球場内の事務所で行われたブロック大会の打ち合わせに参加した。
 負けた直後だけに高梨としては複雑な思いだったが、むしろ気持ちを早めに切り替える機会をもらったと割り切るしかなかった。
 監督は大栄高の部員達に先に学校に戻っているように伝えていたので、高梨は一人で帰るつもりで球場を出た。
 が、通路の出口前で、綾瀬が立っているのに気づく。
「よう」
「おつかれさま。夕方になるとだいぶ寒くなるね。じっとしてたら、ちょっと身体が冷えちゃったよ」
 綾瀬は自分の肩を抱き、震えてみせる。
「あれからずっと待ってたのか。なんかあったのか?」
 高梨はなんの気なしに尋ねる。と、綾瀬の表情が途端に曇った。
「えっと。まあ、井町南の偵察とか」
「ふうん。なるほど」
「あのね。キャプテンを一人で帰らせるなんて格好悪いこと出来ないでしょ。だからわざわざ残ってたのよ」
 高梨の鈍さにあきれたのか、綾瀬が怒ったような口ぶりで言う。
「悪りぃ」 
 なぜ怒られるのかいまいち納得できなかったが、とりあえず高梨は謝っておくことにした。考えることがいろいろとありすぎて、綾瀬の思いにまで注意が回っていない。元々他人の考えに気を遣うほうではない。
「ふぅ。まあ、いいけど」
 ためいきをついた綾瀬は、気持ちを切り替えるように頭を振った。
「どうでもいいから、行こうぜ」
 高梨はさっさと歩き出した。「もう」と声をあげながらも、ナップザックを肩にかけなおした綾瀬がその隣にならぶ。
 駅に向かう道すがら、しばらくの間、どちらも無言だった。
「なにか、考え事?」
 気まずい沈黙に耐えかねたのか、高梨の横顔を覗き込むようにして、綾瀬が尋ねてきた。
「まあな。高いレベルの野球ってのがどういうことか、もう一度考え直す時期かもな、って思ってたところ」
「ん?」
「これまではさ、身体能力をいかに効率よく高めるかをずっと考えていただろ? みんなの練習スケジュールをどう組んだらいいのかって」
「うん」
 綾瀬がうなずき、「それで?」と目で続きを促す。
「けど、これから冬にかけては実戦の機会も少なくなるし、グラウンドでの練習だけじゃなくて、戦術についてもミーティングみたいなことをする必要があるだろうな、ってさ」
「へぇ。ホントにいろいろ考えてたんだね」
 綾瀬が大げさにうなずく。もっとも、高梨は誇る気にもなれない。
「他人事じゃなくて、自分のことだからな」
 言いながら、高梨は思った。いままでは、いかに速い球を投げるか、切れのある変化球をマスターするかという技術面にとらわれていた。なにも考えなくても相手を圧倒できる力だけを求めてきたのだ、と。だが、もはややそれだけでは足りないのだ。
「確かに、井町南や輪島城東が相手だと、個々の能力を高めるだけでは通じないかもね。わたしの調べてくる情報も、もっと効率よくつかってもらわなくちゃ」
 綾瀬が相槌をうつ。
「ああ。頭を使った戦術も否応なく考えてないと駄目ってことだ。市川も、情報マニアの割には情報の使い方がうまいとは言えないし。綾瀬頼みとはいっても、戦術は結局グラウンドにいる人間が決めなきゃならないんだからなぁ」
「まあ、負け試合にも学ぶべきものはある、と」
「ブロック大会で活きてくればいいんだけど。どうだろ。意識改革なんて難しい話すぎる気もするけどな」
「そうだね。けど、甲子園にいけるチャンスは、もうあと二回だけだもん。ちゃんと約束は守ってよ」
 綾瀬が、いたずらっぽく言って念押しする。高梨も忘れている訳ではないので、「判ってるって」と言うしかない。

 そのあと、電車の中でも二人は今後の方針についていろいろと話し合った。良くも悪くも高梨の性格か、綾瀬と二人きりだという事実に対し、なんら意識を払っていなかった。

(4)


「さすがにへばったなぁ」
 高梨が家に戻り、しばらく自室のベッドの上にひっくり返っていると、隼児がドアをノックして入ってきた。
「晩メシか?」
「それもあるけど。試合、見てたよ。残念だったね」
 隼児が肩をすくめ気味に言った。
「まぁな」
 身体を起こしながら、高梨は気のない返事をかえす。
「俺、決めたよ」
「なにを?」
「進学先。井町南にしようと思うんだ」
「……そっか」
 隼児が中学野球ではスラッガーとして名を轟かせ、県外からも誘いの声がかかるほどの選手だという事は、高梨も知っていた。
 もっとも高梨は弟のやることに口をはさむような性分ではないから、どういう経緯があったのかは知らないし、知りたいとも思わなかった。
 同じチームで戦えるとは元から想像していなかったが、かといって敵に回すというのも今ひとつ実感が沸かなかった。
「井町南のチーム層はかなりのもんだぞ。簡単にレギュラーになれると思うなよ」
 アドバイスになっているのかどうか、肌で感じた思いを伝える。
「判ってるよ。でもなんとか一年生のうちにレギュラーをとりたいね」
 どこまで判っているのか、隼児は不敵な笑みを浮かべた。その表情を見て、ようやく高梨は来年度に思いを馳せた。

 第二十六話に続く

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