第二話

(三)


 太陽が西に傾いている。
 試合後の楽しみとばかり、選手達はスナック菓子とペットボトルのジュースを並べてわいわいと騒いでいる。
 試合は結局引き分けに終わった。聖志は死球で出塁したものの、後が続かなかった。
「背中、本当に大丈夫ですか? やばそうな音が外野まで聞こえましたけど」
 鮎川が心配げに尋ねてくる。
「骨は折れてないと思うよ」
 なんでもない風を装いたいが、その顔は眉の下がった情けないものになってしまう。
 幸か不幸か自分の目では確かめられない位置になるが、聖志の背中にはボールの縫い目までくっきりと痕が残っているらしい。コールドスプレーをかけ、湿布を貼ってもらったのだが、しばらくはずきずきとした痛みが消えないだろう。
 しかし、とっさにボールを背中で受けた自分の反射神経を、少し自慢したい気持ちもあった。かわしきれるボールではなかった。対応を間違えて腹や顔面に食らっていたら、こうやって顔をしかめているだけでは済まなかったところだ。
 ふとみれば、聖志のいる場所からは離れたところで、かもめがちらりちらりと様子を窺っている。啖呵を切って投げ込んだ一球がデッドボールになってしまったので、かなり気にしている様子だった。
 それに気づいてはいたが、いまの時点で声を掛けるつもりはなかった。
 聖志の中に、ひとつの構想が静かに膨らみ始めていたからだ。それが具体的な輪郭を形作るまで、かもめに話しをしても混乱させるだけだろう。
 何事も事前の準備が大事。そして周辺を固め、自然と一つの結論に相手を誘導する。営業マン時代に嫌というほどたたき込まれた鉄則だ。
「それはともかく、草野球っぽいと思ってたけど、やっぱり野球部じゃなかったんだな」
 布石として話題を変えた聖志の呟きに、意図に気づいた様子もない田岡が素直に頷く。
「そう。残念ながら、野球同好会。ここにいる中で、高校生は沖野をいれても八人しかいないから、OBやら中学生やら引っぱり出して紅白戦みたいにやるのが精一杯なんだ」
「無理に頭数を増やしたところで、対戦相手がいないから、仕方がない」
 秋上が口をへの字にしている。その顔をみながら、聖志はおもむろに切り出した。
「惜しいよな。彼女の球はたいしたもんだし、それをきっちり捕れるキャッチャーもここにいるってのに。むしろ、正式に野球部に昇格させて、対外試合ができる体制にしたほうがいいんじゃないか? 今から一年かけて鍛えたら、甲子園が目指せるかも知れない」
 聖志の真顔での言葉に、選手達が顔を見合わせた。
「そんなこと、考えたこともなかったな」
 うつむき加減の田岡がぽつりと漏らす。
「なんでだ。彼女の足に障害があるからといって、甲子園にいけないと決まった訳でもないだろう。義足の選手がセンバツに出ていた記憶がある。それに何年か前に、規約が改定になって、女子でも公式戦に参加できるようになったじゃないか。甲子園に出場した女子選手だっている」
 どのような曲折を経て、高野連の規約が書き替えられるに至ったかについて、聖志も詳しくは知らなかった。しかし、先人の努力に今は感謝したい気持ちだった。
「そんなのもいましたね。背番号十六の控え選手で、最後に代打で三振してました」
 秋上が応える。聖志は半ば意図的ににんまりとしてみせた。
「良く覚えてるな」
「そりゃまあ、甲子園までとはいかないまでも、公式戦に参加できる可能性を考えてみなかったと言えば嘘になりますよ」秋上はため息混じりに呟く。「ここにいる連中だって、一度ぐらいは想像してるはずなんだ。けど、無理ですよ」
「どうしてだ」
「このグラウンドじゃ、まともに練習できない」
 吐き捨てるような声を漏らしたのは深田だった。
「グラウンドか……。確かに。余所者の俺が言うのもなんだけど、狭い島だからな」
 聞けば、二面あるグラウンドは、小学校、中学校、高校が共有している為、日々の練習に使える状態ではないのだという。月に一度か二度、こうやって面子を集めて試合をやるのが精々だと田岡が説明し、秋上達がつまらなさげにうなずいている。
「そんな訳だから、本式に鍛えられている他の野球部相手にまともに戦えると自惚れる気にはなれない。いくら沖野がいても。……いや、場所ならあるんだがなぁ」
 厳しい表情で自分の膝を叩きながら、田岡がうなった。
「ああ、採石場の跡地でしょう。広さは確保できても、あそこじゃ、ちょっと」
 秋上が肩をすくめて首を振った。
「それは、どういう場所なんだ?」
 興味を引かれて聖志が尋ねる。
「秋上の言ったとおり、石を堀り尽くして放置された場所が島の南側にあるんだ。ちょうど百メートル四方ほどの平地になってる」
 顔を上げ、腕で「あの山の向こう」と場所を指し示して田岡が説明する。
「ちょうどいいじゃないか。どうしてそこを使えないんだ」
「どういったらいいのか。実際に目で見れば判ってもらえると思うけど、ちょっと無理だ」
 田岡は首を振りながら髪をいじっている。じれったくなって、聖志は立ち上がった。
「よし、じゃあ連れていってくれないかな。今すぐ」
「なんでそこまでこだわるんだ」
「俺は、沖野が甲子園で投げる姿を見てみたい」
 聖志は、気負った風もなくそう言い切った。そして、かもめのいる方に顔を向ける。
 が、そこに当の本人の姿はなくなっていた。きまりが悪かったからか、それとも興味が失せてしまったのか、聖志達が話し込んでいる間に帰ってしまったらしい。
(なにごとも意図した通りにはいかないもんさ)
 決め球があっさりボール球になったような間の悪さを感じ、一人咳払いする聖志だった。

(四)


 田岡は学校のグラウンドに自分の軽乗用車で来ていた。中古市場で十万円といったところかな、と聖志は営業マン時代の視点で査定をしてみたりする。
 その軽乗用車の助手席に乗り込んで、二人は問題の採石場跡地に向かった。
 道の両側の斜面は、ミカン畑になっていた。その姿が雑木林へと変わるところまで差し掛かると舗装された道は途中で終わり、深々と轍の刻まれたでこぼこ道へと姿を変えた。この轍の幅が田岡の軽乗用車の車幅とあわないために、車体がひどく揺れる。
「これは、ダンプの走った痕かな?」
 手すりを握りしめたまま、聖志が聞く。
「そう。今は使われてないけど、元はダンプ道だから」
 斜面にそってとぐろをまくようなゆるやかな上り坂を跳ねるようにして、軽乗用車は進んでいく。いったいどこまで、と聖志が思いかけたところで、唐突に視界が開けた。
「着いたぞ。ここだ」
 立入禁止と書かれたプレートが、坂の終点に張られた鉄鎖の中央にぶらさげられている。
「これは、また……」
 軽自動車から降りてその鉄鎖をまたいで採石場に入った聖志は、そう声を漏らしたきり、あとの言葉が続かなかった。
 確かに野球のグラウンドが一面とれそうなほどの広さを持つ空き地がそこにはあった。百メートルほど先には、削り落とされることなく放置された山の断面が台形の絶壁となってそそり立っている。しかし、なによりも聖志を絶句させたのは、岩肌がむき出しになり、岩の割れ目からまばらに雑草が伸びている光景が延々と続いていたからだ。
「空き地といっても、島そのものがでかい岩で出来てるようなところだからな。これじゃ野球は出来ない。ここは町の所有地で、せっかくの平地だから住宅地として開発しようという話も昔はあったんだけど、水や電気やガスを引くのにかかる予算と、それで入居する人数を考えたら到底割りにあわないってんで放置されてる」
「確かに」
 聖志は、空き地と聞いて河川敷のような場所を想像していた自分を恥じた。
 言い遅れたけど、俺は町役場に勤めてるんだ、と田岡は付け加えた。
「道理で詳しい。……島に住んでる人でもなけりゃ、わざわざ引っ越してここに住もうとは普通は考えないな、確かに」
「お金さえあれば、グラウンドだろうがなんだろうが作れるんだろうけどなぁ」
 田岡がため息をつく。それを横目に見ながら、聖志は一つの決意を固めていた。

(五)


 その晩、釣り客向けの民宿で過ごした聖志は、朝一番の汽船で一度島を離れた。そして数日後に、やはり朝一番の便で戻ってきた時には、軽トラックに乗っていた。
 自動車のセールスマンだった経験を生かし、中古車屋を回って見つけた四WDの軽トラックだった。二十五万円で購入し、名義を自分のものにする手続きは、すべて自分で済ませていた。荷台にはこれまで乗っていたバイクの他、草刈り機、手押し式の耕耘機、スコップ、整地用のトンボ、一抱えもある大きなフルイ、軍手一ダース、金槌とノミ、五十メートル巻き尺、といった品々がこれでもかと載せられている。
 島への再上陸を果たした聖志は、そのまま軽トラックを運転して採石場跡地へと向かう。
 二速から三速へのシフトレバーの切り替えにひっかかるような癖がついていて、その扱いに閉口しながらなんとか到着する。そして雑多な荷物をおろして手近な岩の横に置くと、まず草刈り機を使って伸び放題の雑草を刈り始めた。
 慣れない手つきで、時折回転刃を岩にぶつけて火花を散らしながらの作業ではあるが、燃料タンクを空にするまでにどうにか二十メートル四方ほどを刈り終えると、今度は軽トラックの荷台にスコップだけを載せて坂道を降りる。
 そして、島の西側にあるひと気のない砂浜へと、堤防の隙間から伸びるスロープを使って軽トラックを降ろす。
「問題は、これがどの程度の手間を食うかなんだけど……」
 などと呟きながら、スコップで砂をすくい上げては、荷台へと放りあげていく。
 太陽はすでに南の空へと高く昇り、厳しい日差しが容赦なく照りつける。白い砂浜の照り返しもあり、聖志は汗だくになりながら、黙々と作業を続ける。
 どうにか荷台にすりきり一杯分の白砂を載せたところで、採石場跡地までトンボ返りをする。聖志は、軽トラックを買う際に、ダンプカーのように荷台が油圧で持ち上がるタイプを探しだしていた。草を刈り取った岩場の上に、荷台を持ち上げて砂をぶちまける。
「予想はしてたけど、これっぽっちか。あと何往復すりゃいいんだ」
 砂の山を前にしてひとしきりぼやいてから運転席に戻った聖志は、再び荷台を水平に戻し、砂浜へと軽トラックを走らせていった。

 気の遠くなるような作業を初めて三日目、思いがけない『来客』があった。学校帰りの鮎川だった。
「グラウンドづくり、本気でやるんですか」
 しゃがみ込んで運び込まれた砂に手を触れながら、半袖開襟シャツの学生服姿の鮎川は呆れ声を出す。
「やりはじめてしまったことだからなあ。正直、途方にくれている」
「手伝いますよ。部外者だけに任せておけない」
「殊勝なことを言ってくれるなぁ」 
「俺も対外試合とか、やってみたいですから。たとえ公式戦でなくても。島の外のチームと試合が出来るようになるってんなら、力を貸します」
 初めて顔を合わせたときからは想像も付かないほどの真剣な面もちで、鮎川は言った。もっとも、半袖だというのに腕まくりする仕草をしてみせるあたりが、この男の軽妙さを物語っていた。

(六)


 田岡が公用車で採石場の跡地に駆けつけたのは、聖志が島に戻ってきて五日後だった。
「町有地に立ち入って何かをやっている人がいる、という知らせが役場にあった時から、そうじゃないかと思ったよ。イヤな予感がしていたが、案の定だ」
 トンボを使って砂山を崩して均している聖志に向け、田岡はため息まじりに声を掛けた。
「手伝ってくれるとありがたいんだけど。このペースだと、結構時間がかかりそうなんだ」
「本気でグラウンドを作ろうとしてるのか?」
「それ以外のなにに見える? まあ、海の砂だけではどうしようもないけど、岩肌の上で練習する訳にはいかないから。厚さ十五センチが目標だな。あとでなんとか黒土を手に入れないと。それに排水の問題も考えておかないと――」
「ここは町有地だし、砂浜から勝手に砂を持っていくのも違法行為だぞ」
「問題があるなら、砂浜ぐらいもっときっちり管理しておいて欲しいな」
 表情を険しくした聖志が、一カ所にかき集められたゴミの山を指さした。砂と一緒にスコップですくい上げ、運んできてしまった海岸のゴミだった。田岡が顔をしかめる。
「それを指摘されるとつらいが。……人手不足はこっちも一緒なんだよ」
「じゃあ、手伝えとはいわないから、黙認してくれないか。ただの荒れ地より、グラウンドとして使えたほうが、島のためにもなるだろう?」
「こんなので、本当にグラウンドに出来るのか?」
「正直なところ、判らない。けど、俺の頭で思いつくのはこれぐらいしか無い」
「そこまでして、沖野に野球をやらせたいとはね」
「あ、田岡さんも来ていたんだ」
 聞き覚えのある声を耳にして聖志が顔を向けると、秋上をはじめ、先日の野球でユニフォームを着ていた面々が数名、やってきていた。
「どうしたんだ?」
「鮎川に誘われたんですよ。噂も聞いてましたし。ここでなんかやってる人がいるって。たぶん如月さんのことだろうなって思ったら、やっぱりだ」
「なんかバレバレらしいけど、助かるよ。とにかく頭数がいる作業だから」
 聖志が喜んだのは、秋上達がスコップや一輪車などを携えていたからだ。
「ただ、条件を付けさせてもらっていいですか」
 振り返って仲間に同意を求めてから、秋上は言った。
「どんな条件だろう?」
「簡単なことです。いくらグラウンドがなければ本格的な練習が出来ないと言われても、俺達も作業ばかりじゃ気がのらないところもあります。ですから、出来る限り野球の練習の時間もとってもらいたいんです。素振りとか、キャッチボールとかでもいいんです。俺達は、本物の経験者から野球を教わった経験がないものですから」
「判った。場所をとらない練習なら今でも出来るし。内野さえなんとかすれば、守備練習もどうにかなるだろう」
「おいおい勝手に話を進めるな。お前らまでそんなものを持ち出して」
 田岡が渋い顔で口を挟む。
「どうせなら、俺達だって広い場所で野球をやりたいですから。それにしても、すごいことを考えましたね」
「三日も続けてると、腕も腰も筋肉痛でガタガタだよ。豆の出来にくい体質だと思っていたけど、軍手してスコップを振り回してたら、水ぶくれがむけてしまった」
 砂の山にあぐらをかいて、聖志は軍手を脱いで掌をかざしてみせた。
「それに、どうやったって体中が砂だらけになる」
 鮎川が先輩風を吹かせてしたり顔で付け加える。
「そりゃ大変そうだな」
 という言葉とは裏腹に、秋上達はどこから手を着けたらよいものか、とばかりにあちこちを見回している。
「おい、おまえ達も妙な気を起こすな。とにかく、無断でこういう事をやられては困る。役場で稟議をあげてかけあってみるから、答えが出るまでは、あまり悪印象をもたれるようなまねをしでかしてくれるな」
 苦り切った表情で、田岡はそう釘を差した。

(七)


 数日後。聖志は久しぶりにアイロンかけしたシャツにネクタイをしめ、スーツに姿で役場に赴いていた。田岡の言葉を疑う訳ではないが、他にすることもない聖志には、ただじっと待っているだけの日々を過ごすのに耐えられなかったのだ。
 窓口の奥で机に向かっていた田岡が、困惑げに応対に出てくる。
「どういうつもりだ」
「話が進んでいるかどうか確認しにきた。偉い人に意見を聞いてもらいたいとも思ってる」
「参ったな。けどまあ、それで気が済むなら。ちょっと待ってくれよ」
 ほどなくして、田岡に伴われて町長室に通されることになった。
「その背広、どうしたんだ?」
 そっと横に身体を寄せてきた田岡が尋ねてくる。
「実家に連絡して、宅配便で送ってもらった。こうみえても、今年の春まではサラリーマンだったんだ」
 聖志を迎え入れた町長は、説明された内容に理解は示しながらも、ある意味では実に政治家らしい韜晦を繰り返し、なかなか言質を得られない。
 要するに、今回の件を持ち込んだ聖志が、島とは関係のない余所者であることが一番のネックであるらしい。
 こればかりは、努力などではどうしようもない。必要とあらば住民票を移して島の人間になることに異存はないが、そのためにはまず民宿住まいの状態を解決しなければならず、そんなことに時間をとられていたくない。
 かといって、この件について他人任せにしていて、話が進む気がしないのも事実だった。
 手詰まりの空気が漂いだしたところに、ドアをノックして入ってきた女子職員が町長に耳打ちした。
「判った。入ってもらいなさい」
 ほどなくして、町長と同年代と思われる一人の男が入ってきた。髪は一本残らず真っ白になっている。そして、同じく白い口ひげと顎ひげが顔の下半分を覆っている。老人といってよい年齢にみえるが、恰幅は立派なものがあった。
「高校の校長をしております、立原です」
 丁寧な口調で名刺を差し出された聖志は、習い性で背広の内ポケットに手を伸ばしかけた。営業をやっていた頃には、そこには分厚い名刺入れが収まっていたからだ。
 しかしもちろん、なんの肩書きも持たない今の聖志は名刺など持ち合わせていない。
「如月ともうします」
 簡単に挨拶をして、あらためて立原校長に対して、かもめの球の速さや、他の野球同好会の面々が粒ぞろいであることを力説する。甲子園にもいけるチームになる、と。
「私の学校の生徒をそこまで買ってもらってありがたい話だが、さて、貴方がそこまで言い切れる根拠はどこにあるのでしょうかな」
 語調は穏やかながら、鋭い目線はいい加減なおだてを許さない無言の圧力を放っている。
「わたしは」一瞬言いかけてためらった後、聖志は意を決して顔を上げた。「高校時代、甲子園の準決勝まで進出した経験があります。甲子園出場校のレベルがどのようなものであるか、身をもって知っています。社会人の野球部にも籍を置いていました。今はユニフォームこそ脱ぎましたが、自分の目に狂いはないと自負しています」
「なるほど。よくわかりました。貴方の経歴については、調べさせていただければ真偽はすぐに判ります。もちろん、それを承知の上で仰っているのであれば、信用にたると判断できますな」
 立原校長の言葉の後半部は、町長に向けられたものだった。
 町長は腕を組んで考え込んでいる。
「私からも、格別のご配慮をお願いしたい」
 立原校長は、町長の答えを聞くまでは一切頭をあげないとばかりに、ゆっくりとした動作で深々と頭を下げた。
「わかりました」ややあって町長が応えた。「前向きに検討いたしましょう」
 
 町長室を辞した聖志は、田岡に肘で小突かれた。聖志が眉を寄せ、言い訳じみた言葉を返す。
「なんだよ。高校の校長先生が来たのは別に俺の差し金じゃないぞ。偶然かどうかは知らないが、俺が呼んだ訳じゃない」
 田岡もしかめ面で首を左右に振った。
「そうだろうな。立原校長はしょっちゅうここに顔を出してる。そうじゃなくて、なんで黙ってたんだよ、甲子園のこと」
「言わなきゃいけないことか?」
「当たり前だ。ただの通りすがりの野球好きなプー太郎が言うのと、元甲子園球児が言うのとでは説得力が全然違う。俺がどれだけ苦労して稟議書を作ったと思ってるんだ」
「悪かったな。けど、こっちもいろいろと考えるところはあるんだ」
「そうか。ま、いまので話がうまく進めばいいがな。どっちにしろ、正式な決定にはそれなりに時間がかかる。もうしばらく、おとなしくしていてくれよ」
「判った」
 そう殊勝に返事はしたものの、ぐずぐずとしている間はない。一日も早くグラウンドを形にして、本格的な練習に取り組みたいのだ。


 第三話に続く

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