『翔子の挑戦』@
――『98スタジアム2』より
はじめに
この小説は、日本ソフテック株式会社が発売している『98スタジアム2』の内容を概ね(一部に手を加えて)小説化したものです。完全に無許可未公認ですので、著作権云々に関する責任の全ては、実際に小説化を行った、島津義家にあります。
批判、ご意見等ありましたら、 こちら
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プロローグ
とある夏の、とあるグラウンド。
鋭く打球を捕らえた音が、もう日も沈みかけたグラウンドに響いている。左打席で黙々とボールを打つ姿の後ろでは、常に何人かの男たちが目を鋭く光らせていた。そんな男たちの視線を背中に浴びているその選手こそ、プロ野球スカウトの誰もが注目する沢村翔太である。
高校通算本塁打八十三本という長打力に加え、守備・走塁ともに高校生離れした資質の持ち主。注目されないほうがおかしかった。
「やはり沢村で決まりだな。一位指名で消えるのは間違いない。問題は何球団が一位指名するかだが……」
「ええ、はっきり言って他の選手とはモノが違いますね。もちろん、おたくの球団も一位でいくんでしょ……」
各球団のスカウトが互いに胸の内を探りあう状況の中、東海イーグルスのスカウト、山神がつぶやく。
(へっ、馬鹿馬鹿しい。沢村が一流なのは誰が見ても判る。この狭い日本の中から、いかに埋もれた逸材を探し出せるか、それがわしらの腕の見せどころじゃ)
山神が注目していたのは沢村でなく、沢村の練習相手を務めている一人の無名の投手であった。
そして月日は流れていった……。
ドラフト会議当日。
不作と評されるこの年のドラフトにおいて、注目される選手はなんと言っても沢村翔太である。打撃、駿足、好守と三拍子揃った沢村は、十年に一度の選手と形容され、高校出ながら即戦力との評価を受けている。
東海イーグルスも例外でなく、上層部の意向もあって沢村を一位指名する事を決めていた。人気、実力をかね揃えた沢村は東海イーグルスにとって是が非でも獲得したい選手であり、重複するのは覚悟の上での指名であった。
しかし、結果は五球団が競合する中、沢村自身の希望球団である埼玉パイレーツが好運を引き当てたのであった。
「くそっ、実力のある選手は運まで持っとるというワケか!」
一位指名を終えた大森がいら立たしげに声を発し、足早に控え室に去ろうとする。そのとき、大森の後を追ってきた山神が、小さいながらも自信に満ちあふれた声で大森に言う。
「実は監督……。おもしろい選手がいるんです。全くの無名です。是非、自分の目で確かめて下さい」
しかし、大森は沢村を獲得できなかった悔しさからか、山神の言葉を一蹴する「無名の選手など、その辺にごろごろおるわ! わしは沢村が欲しかったんじゃ」
東海イーグルス控え室。
「なにぃ。女だと?」
山神が見つけだした例の無名の選手が女であると知った大森は、余りの驚きに次の言葉が続かない。
「ええ、沢村翔子。沢村翔太の双子の妹です」
「なに、沢村の妹だと? バカも休み休み言え! いくらウチが弱いといっても女、子供に頼るほどではないわ!」
大森の余りの荒れように、慌ててオーナーが口をはさむ。
「まあ、少し落ち着いたらどうだ、大森。山神の話も少し聞いてやってくれ……」
山神がこれまでのいきさつを大森に説明する。翔子はプロになるのを夢見て、兄、翔太の練習相手をしてきたこと、そして、何より翔子の将来性を高く評価していること……。
結局、山神の強い熱意と、さらには、翔子人気による観客動員を見込んだオーナーの後押しが大森の反対を押し切り、翔子は東海イーグルスへ入団することになる。
こうして、ここに初の女子プロ野球選手が誕生した……。
――MESSAGE#1 キャンプ前日
東海イーグルス合宿所の三〇七号室。
(ふーっ! 疲れた……。これで、ようやく荷物が片付いたわね……)
荷物を運び終えた翔子はベットの上に座り込んだ。ベット、机、洋服ダンス、そしてテレビ、ビデオ、ラジカセ。昨日までの彼女の部屋に比べればだいぶ狭くはなったが、今日からはここが彼女のお城である。
(今日からここで暮らすのね。生まれて初めての一人暮らし。ちょっぴり不安だわ。ううん、それ以上に不安なのは、プロ野球選手としてやっていけるかということ。私の百三十三キロのストレートで本当にプロの打者に通用するのかな……。コントロールには少し自信があるんだけどネ。それに、イーグルスの保科さんだって、百四十キロでないみたいだし。……まあ、あの人は球のキレが凄いんだけど。「体力さえ付けばお前は百四十キロの球が投げられる!」って、山神さん、言ってくれたわ……。そうね、山神さんの言うように、私のキャンプはまずは体力作りからスタートね)
今までの騒ぎがひと段落して、今まで忘れていた不安が頭をもたげてくる。
全く、ドラフト以来マスコミに追われ、目の回る忙しさだった。そのお陰で今日引っ越しして、明日からすぐにキャンプに入る。高校の卒業試験も重なって、強行スケジュールになってしまった。
もっとも、キャンプと言っても二軍は、この合宿所のすぐ近くのグラウンドで行う。普通、キャンプと言えば海外や沖縄、九州でのキャンプを想像してしまうので、彼女にはちょっとピンとこない。
(山神さん、「キャンプはきつい、覚悟しておけ!」
って言ってたよね。私、他の選手についていけるのかしら? きつい、って言われても、どの程度きついのか想像もつかないわ。それに、卒業試験の勉強で、しばらく体、動かしてないし……。もしキャンプ初日で脱落なんてことになっちゃったら、みんなのいい笑いものだわ。きっとマスコミも大勢、来るわよね。あーあ、心配だな……)
翔子は小さく溜息をつくと、部屋を見渡した。
(それにしても、殺風景な部屋ね。とても女の子の部屋とは思えないわ。でも、明日から野球漬けの毎日が始まって、この部屋に帰ったら寝るだけだから、これでいいのかなぁ。ん……? あれ、何かしら? 机の下に何か落ちてる)
彼女の視線が机の下で止まる。
「あれ。これ名刺だわ……。毎朝スポーツの川崎って人の名刺だわ。たぶん引っ越しの時、どこかに紛れ込んじゃったのね。でも何でこんな所に落ちてたのかしら」
翔子は記憶の糸をたどった。しばらくして思い出す。以前、翔太の取材にやってきて、一緒に練習をしていた彼女に、「ついでに」
と言って渡された名刺だった。
(どうせ、ついでにもらった名刺だから無くなっちゃっても、別に良かったんだけどネ。でも、あの人、あの時はまさか私が沢村翔太の妹だなんて知らかったから、後で知って、さぞや驚いたでしょうね……)
翔子は少し愉快な気持ちになって口元を緩める。それから大きく息を吐く。
「もうこんな時間……。明日は朝が早いから、そろそろ寝ようっと!」
その晩に彼女が見た夢は最高だった。彼女は東海イーグルスのエースとなって、並みいる強打者をバタバタと三振に切って取っていた。
――MESSAGE#2 球春
(今日から春期キャンプだわ……。私、いよいよプロとしての第一歩を踏み出すのね……)
前日の夢の余韻を楽しみつつ、それが正夢になることを願いながら、翔子は東海イーグルスの二軍グラウンドに姿を見せた。
グラウンドは、翔子が思っていたよりも広くなかった。高校の時のグラウンドを少しだけ広くしたという程度だった。もっとも二軍とはいえ、一応はプロだから観客席が付いている。収容人員は五千人。そこには野球についての知識も怪しい観客が、翔子目当てに詰めかけている。
グラウンドにはときどき寒風が吹きすさぶ。球春と言ってもまだ二月が始まったばかり、翔子は九州とか沖縄といった、もっと暖かなところでキャンプしたかったという気持ちを抑えられない。
(思った通り、うんざりするほどの人の多さ……。注目されるのはうれしいんだけど、中には、単に好奇の目でみるマスコミもいるのよね。ほら、あそこにいる人、あの人なんか誰が見ても写真週刊誌のカメラマンって感じ。きっと、あることないこと、いろいろ書かれるんだろうな。あーあ、想像するだけでもいやだわ。でも、まっ、注目されないより、注目される方がいっか……)
マスコミ陣を横目で眺めていた翔子は、その中に毎朝スポーツの川崎の姿を見つけた。
(あれ。でも、川崎さん、どうしてここにいるんだろ。確か、川崎さんは全国のスポーツに励んでる高校生を専門に取材していたはずよね? 今年からプロ野球の担当に変わったのかしら……)
疑問を意識の片隅に追いやり、山神の元に向かった。山神はユニフォーム姿である。理由は翔子も詳しく聞かされていないが、翔子のコーチは山神が全面的に担当することになっているらしい。
(ユニフォームを着た山神さんを見るの始めてだわ。私、今まで背広姿しか見たことなかったから、ちょっと違和感があるけど、山神さんは元はプロ野球の投手だったんだから、これが本当の姿なのよね)
山神は二軍監督の松木と何やら話をしている。松木は東海イーグルス一筋で、かつては名捕手と言われた男である。山神が唯一の勝ち星を上げたときにも、松木がマスクをかぶっていた。山神の後輩でもあり、公私に渡ってつき合いがある。
(私がまだ小さかった頃、テレビで見た記憶があるけど……。でも、実物を見るのは初めてだわ。意外と背が低いのネ)
二人の会話が一段落ついたところで、翔子は山神に頭を下げた。
「山神さん、私、一生懸命がんばります。よろしくお願いします!」
「うむ。プロは厳しいぞ、覚悟はできてるな」
山神が言う。
「あの……。ところで、私、何をしたらいいんですか? 他の選手の人はもう、ランニングとか始めてますよ」
翔子がグラウンドに視線を送る。
「他の選手のことは気にせんでいい。お前のトレーニングは他の選手とは別メニューだ。わしの作ったメニュー通りやればいい。これは松木も承諾済みのことだ」
「え、別メニュー? 私だけ?」
思わず翔子は聞き返した。全面的に担当、とは聞いていたが、別メニューだとは思っていなかった。
「そうだ、それがどうした。一人だけ別メニューで恥ずかしいのか」
「いえ……。恥ずかしいんじゃなくて、悔しいんです」
翔子がうつむく。
「翔子、所詮、お前は女だ。男と比べて体力が見劣りするのは無理もない。しかし、お前のその悔しいという気持ちがあれば、体力の無さを必ずやカバーすることができるはずだ。翔子、これがわしの作ったメニューだ。わしは今日一日はいっさい口を出さん。メニューに従ってお前一人でやるんだ」
「えっ、私一人でやるんですか?」
再び翔子は聞き返す。
「そうだ。しかし、今日一日だけだ。今日一日、お前一人でプロと言うものを経験してみろ。そのかわり、明日からはわしとマンツーマンだ。いや、お前は女だからマンツーマンじゃなくてマンツーウーマンだな。ふぁっ…ふぁっ…ふぁっ…ふぁー!」
山神がバカ笑いする。
(……こ、これってもしかして山神さんのジョーク? もしそうなら、私も笑った方がいいのかしら)
山神の笑い声に合わせて、翔子も引きつり笑いをする。山神は翔子の気遣いにも気づく風もなく言った。
「さて、と。いいか、翔子。お前は近い内に必ずモノになる、だから必死でがんばるんだ!」
「ハイ。このメニュー通りにやればいいんですね」
「そうだ、言い忘れたが、わしは遠くでしっかり見てるからな。さぼるんじゃないぞ!」
「ハイ、判りました」
メニューはランニングに始まり、ストレッチ、百メートルダッシュ、筋力トレーニングとなっており、その内容も細かく設定されていた。その体力トレーニングだけで午前の練習は終わる。
午後からは他のピッチャー達と一緒に練習になる。さすがに、バント処理などの連係プレーの練習は一人ではできない。
昼食を採り終え、グラウンドに向かう途中、川崎と出会った。
「やあ、久しぶりだね。僕のこと覚えていてくれたかな……?」
「はい。川崎さん……、ですよね」
「ああ。君みたいな超有名人が、僕のこと覚えていてくれたなんて光栄だな」
「別にそんな。それに、超有名人、なんて言い方、やめて下さい。これから練習するんで、失礼します」
目線を逸らして歩き出そうとした翔子を、川崎は慌てて引き留めた。
「悪かった、謝るよ。別に悪気はなかったんだ……。ただ、君に初めて会ったとき君が沢村翔太の妹だなんて知らなくて……。その、テレ隠しって言うか……。あれ? 俺、いったい何を言ってんだ……」
「もう、いいんです……。私も少し言い過ぎました……。このところ、ずっとマスコミに追いかけられていて……。それで、つい」
「そうか。でも、俺もそのマスコミの一人だからな。でも、これが俺の仕事なんだ、少しでもいいから取材させてくれないかな……」
「取材はお断りします。……失礼します」
翔子は足早にその場を立ち去った。
「うーん。彼女はとても真剣だ。とても俺なんかに、相手してられる状態じゃ無さそうだな」
川崎は翔子の後ろ姿を見送りながら頭をかいていた。
バント処理、牽制球、ベースカバーと続いた練習は二時間近くかかって終了した。実戦経験の乏しい翔子にはどれも苦手な練習ではあったが、どうにか及第点が付けられそうだという手応えを感じていた。
「これで、山神さんの作ったメニューは終わったわ。全部、消化できるか心配だったけど、何とかクリアできたわ。ううん、ホントはまだ少し体力に余裕があるくらいよ。他のピッチャーの人たちは、これからブルペンでピッチングするみたいね。そうだわ、私もブルペンで少しピッチングしようかな」
キャンプ初日だから、ピッチング練習とは言ってもキャッチボールに毛の生えた程度でしかない。それでも、ボールの感触も久しぶりに味わいたいと思い、彼女はブルペンに向かった。
そして、翔子がブルペンで”壁”と呼ばれるブルペン捕手に頼み込んで、ボールを二、三球投げたとき。
「こらー! 何やってるんだ! 誰がピッチングしろと言った!」
山神の怒鳴り声がいきなり翔子の背中に突き刺さった。
「や、山神さん!」
翔子は背筋を振るわせて仁王立ちする山神のほうに振り向いた。
「余計なことはするんじゃない! だいたい、お前がボールを握るのは十年早いんだよ、十年!」
(何よ、ちょっとボールを投げただけで、あんなに怒らなくてもいいじゃない。それに、十年も待っていたら、私、二十八歳になっちゃうわよ!)
翔子は思わず頬を膨らませる。
「こら! 聞いてるのか、翔子!」
「あっ、ハイ。すみませんでした」
「よし、判ればいい。今日一日、わしはお前を外から見て、お前に何が足りないのかよく判ったぞ。よーし、明日からが本当のキャンプじゃ、翔子!」
――MESSAGE#3 オーナー室にて
開幕を前にして、大森、山神の二人は球団オーナーに呼び出され、球団事務所のオーナー室にいた。オーナー室には気まずい雰囲気が充満している。しばらくの間、誰も無言のままだった。
(ここに来るのはこれで二回目か。あそこに飾ってあるのは、高そうな壷と、わしにはさっぱり判らん絵と……。それと、ありゃ何だ? わしには金持ちの趣味といったものはよう判らんて)
山神は無言の重圧に耐えかね、部屋の様子を見回していた。
(それにしても、わざわざ今の時期にこんな所まで呼び出して、いったい何の用があるってんだ。監督に用があるのなら話しは判るが、一介のスカウトのわしまで呼び出すということは。おそらく、翔子についてのことに違いない)
オーナーの腹のうちにあるものは明白だった。それは翔子を開幕一軍に入れるという事だ。
(いかん! 目先の企業利益だけで翔子を開幕一軍に入れる事など! 翔子は体力的にも技術的にも一軍のレベルに達してはいない。それを無理して使えば、必ずやどこか故障する。最悪の場合、翔子の選手生命に関わるかも知れん。わしは絶対反対だ!)
その事を先に言っておかねば。そう思ったとき、沈黙を破って、おもむろにオーナーが口を開いた。
「わざわざこんな所まできてもらって、すまなかったな。話は他でもない、沢村翔子のことだ。単刀直入に言うと、沢村翔子を一軍に上げてもらいたい。知っての通り、我が東海イーグルスの観客動員数は球団設立時をピークに年々、減少傾向にある。球団経営者とすればこの事態を何とかせねばならん」
オーナーはそこまで言って言葉を切り、大森と山神に等分に視線を向ける。だが、二人とも沈黙を保ったままだった。オーナーは一息ついてから再び口を開く。
「言葉は悪いが、沢村翔子は東海イーグルスにとって金のなる木。金のなる木は日の当たる場所に。世間が注目する場所に置かねば意味がないのだ。二軍では客は呼べん、二軍などに埋もれてしまってはいかんのだ! 彼女の実力が一軍レベルに達していないのは、世間の評価などで知っているつもりだ。だが、球団のために、多少の実力不足は目をつぶって沢村翔子を開幕一軍にしてもらえんだろか」
(思った通りだ。オーナーの話しは、やはり翔子の事か。だが、いかんぞ! 確かにオーナーの言うとおり一時的には客は集まるだろう……。しかし、翔子はまだまだ実力不足、やがてその実力不足が露呈されたとき、彼女は世間の笑い物になってしまう。わしは絶対、反対じゃ。何としてでもオーナーを説得せねば。しかし、オーナーもかなりのやり手。うまく説得できるだろうか?)
山神は口の中が乾くのを感じていた。
「ん……。どうした? 二人とも黙って? 黙っていちゃ判らんぞ」
再びオーナーが山神と大森の顔を見比べる。
「山神。お前はどう思う? 沢村翔子を見つけだしたのもお前、そして入団を決意させたのもお前。そして、聞いたところによると、今はお前が指導してるらしいな。そのお前からみてどう思う? 意見を聞かせてくれ」
山神は大きく息を吸って覚悟を決め、それから一気に思うところを述べた。
「オーナー、はっきり言わせてもらいます。私は沢村翔子の開幕一軍には絶対反対です!」
予想外の強い反対に、オーナーは激怒した。
「絶対反対だと? わしはこの球団のオーナーだぞ! お前はただのスカウト! オーナーのわしが頼んでおるんだぞ! これはオーナー命令だ!」
「たとえ、オーナー命令であっても反対なものは反対です。命令に背く以上、それなりの覚悟はあります。わしの首、オーナーに預けます……」
「ええい、もういいわ! お前の首など、どうでもいい!」
オーナーが怒鳴る。しかし彼は、翔子を全面的に指導している山神が、どうでもいい存在だとは考えていなかった。それだけに、真っ向からの反対は彼には堪えた。
(ちっ。山神がこれほど頑固者だったとは……)
「大森、お前はどうだ? お前ならわしの意見に賛成してくれるだろ」
オーナーは大森を指さす。しかし大森は首を振った。
「……私も反対です。いかんせん、沢村は実力不足。今の実力では一軍で使う事など、とてもできません。それに、私がイーグルスの監督に就任する際、オーナーからは『わしは金は出すが口は出さん』とのお言葉、頂いております」
(監督、よく言ってくれた。監督も翔子の開幕一軍には反対だったんだ。そうか。たとえ、翔子の実力が一軍のレベルに達していても、一軍に上げるかどうか判らん程の、監督は極度の女嫌い。よく考えてみれば、監督が翔子の開幕一軍に反対するのは当然のことだったんや!)
山神は心の中で拍手した。
「確かに、わしは金は出すが口は出さんと言った。それは、わしも覚えておる。だから、今日ここにお前たちを呼んだとき、なかなか言い出せずにいたんだ……。大森よ。お前の気持ちも理解できる。だが、わしの気持ちも察してくれ。本当にどうにもならんのか?」
オーナーは痛いところを突かれ、声の調子を落とした。
「球団経営のために、とのオーナーのお気持ちは判ります。しかし、こればかりは。いかにオーナーの頼みと言えど、どうにもなりません」
(そうだ、そうだ……。いいぞ、監督! あと少し、あと一押しでオーナーは折れるぞ……!)
「ええい、もうお前らに頼まん! 勝手にせい! そのかわり、お前たち責任持て! もし今年もBクラスに終わったら二人ともクビだぞ。クビ! 判ったか」
オーナーはそう言い捨て、席を立った。
(ふーっ。やれやれだ。これでなんとか、翔子の開幕一軍は阻止できたな。だが、喜んでもいられない。今度は実力で一軍に上がれるようわしも翔子も頑張らんとな)
山神は安堵と同時に、決意を新たにしていた。
――『始動編』おわり
『試練編』に続く
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