『鋼鉄のヴァルキューレ』(改) 第五話


REDSUN IN WONDERLAND
SUPPLEMENT STORY:05


 1・所信表明

 『たかちほ』艦内通路。後部第二甲板科員居住区前。

 残月に照らされる艦体からは、一切の灯りが消されている。視認よりも先にレーダーその他の科学の知覚によって探知される時代であっても、意味がない行為とは言い切れない。機械は機械によって欺瞞される。そこにある限り、モノを消す事は不可能だが、見えにくくすることは可能だ。

「こちらも向こうも、補給路が断たれて、もう燃料弾薬が限界だ。もう何日も戦えない」
 『たかちほ』副長の村上ミツヒロ二佐が、戦務長の六分儀三佐を相手に話している声が妙に響いて聞こえている。
「まさに”此の一戦”ですね」
 二人とも、大事を前に身体を休めるように艦長から命じられていたのだが、とても自室で睡眠をとっていられる心境ではない。第一、隊司令や艦長は残らずCICに詰めているのだ。かといって狭い艦の中、どこに行く当てもなく、二人してたわいのない話をしていたのだ。
「なあ、このフネ、どう思う」
 村上がふいに声を潜めた。長躯で広い肩幅に、無精髭一歩手前の髭面。それが肩を丸め、小声で話す姿はどこか滑稽ですらある。
「素晴らしいフネだと思いますよ」
 村上に比べると頭一つ分背が低く、肩幅にいたっては三分の二あるかどうか、といった感じの痩身である六分儀は、村上の体格に気押さされる感覚を抱きつつ、見上げるようにして応える。
「素晴らしい、ね」どこか莫迦にした口調で村上が繰り返す。「でかいフネだからな。揺れも少ない。しかし」
「しかし?」
「俺はビッグガンが嫌いだ」
 ビッグガン――つまりここでは大砲の事だ。
 六分儀は意外そうに村上の顔を見た。六分儀は今まで、このフネに乗り込んでいる自分以外の全員が、いわゆる大艦巨砲主義者だと思っていたのだ。
「自分もです。このフネで使えるのは、THANATOSによるNADIAの高度化と――」
「VLS四十八セル。俺が期待してるのも、それだけだ」村上が言葉を引き取ってにんまりとする。
「ええ、その通りです」
「貴様が知ってるかどうかはしらんが……」村上が勿体ぶって言う。「俺の生まれは瀬戸内でな、先祖は海賊だった」
「村上水軍!」六分儀がすかさず言葉を弾ませる。
「直系じゃないけどな」村上の笑みが大きくなった。「村上水軍は九鬼水軍の鉄甲船が積んだ大砲にやられた。だから、大砲が大嫌いなんだ」
 どこまで本気なのか掴みかねる口調で村上は言い放った。このあたり、早川に似ているのかも知れない。本人がそう評されれば気を悪くするだろうが。
「有り難いです。副長が同志だったとは知りませんでした」
「同志、か、なんとも胡散臭い響きだな」
 村上が言い、二人して苦笑いした。
「ま、実戦が済めば、このフネが役立たずかどうか判る。せいぜい自分の身を大事にしてきばろうや」
「はい!」
 その時、二人の肩がふいに叩かれた。
「我等が『たかちほ』は良いフネだろう?」
 早川の調子の良い口調が浴びせられ、二人はまたも苦笑した。
「はあ……」
「そこでだ。『たかちほ』の頭脳たるTHANATOSに関して、今一度造詣を深めておいて貰いたいんだ」
「……早川一佐。無礼だとは思いますが、一つだけ覚えておいて欲しいことがあります」村上が押し殺した声を出す。いかつさを絵に描いたような男がこの手の声を出すと、かなりの迫力がある。「自分は、艦載砲は時代遅れだと考えている人間であります」
「うん、まあ、そういう考え方もあるだろうけどね」
 早川は微塵も動じない。
「まずは、敵を知り己を知り、だよ。結論を出すのはそれからだ」
 有無を言わせず、早川は二人をCICの後方にある電算室へと二人を引っ張っていく。

 『たかちほ』電算室。通称”ウルザブルン”。
 早川はTHANATOSを頭脳と評したが、普通、現代の大型戦闘艦における頭脳とはCICを指す。無論、コンピュータルームも、頭脳という表現から外れるわけではない。ただ、大脳と小脳、あるいは右脳と左脳といったように、脳にも種類があるというだけのことだ。コンピュータールームは意思決定手段ではなく、その意思を円滑に導き出すために存在している。

 それじゃあ私は一体何者なんだろうか。温くなったコーヒーを口に含む。リツコはそんな言葉をコーヒーと共に飲み下した。
 どうして、こんなところまでのこのこ出てきてしまったのだろうと、彼女は後悔し始めていた。専用に用意されている椅子に座って、ただコーヒーを飲んでいるために来た訳ではないことは確かだった。
 オペレータ用のコンソールでは、石本一尉と神通三尉が談笑している。まだマイクロソフトが”帝国”と称されていた時代の、OSとハードについての考察らしかった。リツコは二人の後方でそのやりとりを眺めつつ、背もたれに体重を預けた。溜め息が漏れる。
「先輩……」
 力のない声を掛けられて振り向くと、マヤがいかにも手持ち無沙汰と言いたげな顔をして立っていた。
「私達、何しに来たんでしょうね?」
 その問いに、リツコは思わず苦笑する。
「確かにそうね」
 二人は異邦人であった。一個の戦闘マシーンとして、寸分の狂いもなく作動している『たかちほ』。その中にあって、二人は完全に蚊帳の外であった。
 リツコはTHANATOS――スペックダウンしたMAGI――の人格移植OSに関して、多大なノウハウを提供している。だが、石本と神通という優秀なオペレータは『たかちほ』の進水式よりも前から、このOSを徹底的に学習していた。システムを動かすことにかけては、もはやリツコより習熟しているかも知れない。
「お呼びがあるのは、何かトラブルが起こった時だけね」
「起こりっこないですよ、先輩の組んだプログラムは完璧です」
「完璧、ね」
 無地のマグカップをもてあそびながら自嘲気味に呟くリツコ。その目が、コンソールの前方で佇立する三体の第七世代有機コンピュータに向けられる。
 北欧神話の三美神の名を与えられた有機コンピュータには、ネルフの中央発令所にあるMAGIとは異なり、厳密な意味での人格移植がなされていない。
 代わりに、単に運用を円滑にするOSとして、ダミーの人格が与えられている。いわば、人工無脳に近い存在だが、石本と神通が手塩にかけて”育てた”結果、三美神には違った性向が表れているという。
 石本曰く、”ウルド”は頑固一徹で喧嘩っ早い。”スクルド”はとにかく気まぐれ。”ベルダンディー”は消極的で優柔不断。人間くさく、とても女神の名を戴くとは思えない。そして完璧でもない。むしろ攻撃的性向の強い”ウルド”の意見が押し通されそうな力関係になっているこのフネの性格を考えるなら、まさに理想かも知れない。
 もし意図的にそうなるように教育したのなら、石本は教師に向いているかも知れない、リツコは思った。MAGI同様、多数決を行うTHANATOSにおいては、三者三様が望ましいのだから。
「いざ戦闘となっても、私達に出番はないわ」
「ですよね」
 リツコの言葉に、マヤは簡単に相づちを打つ。
「休暇で船旅でもしてると思って、リラックスなさい」
 ほとんど空になったマグカップに視線を落とすリツコ。
「お休みになっていて構いませんよ」
 二人の会話を聞いていたのか、石本が振り返ってリツコとマヤに声を掛けた。その横の席に座る神通も、石本の意見に同意して頷いている。
「そうもいかないわ、ほら」
 リツコはウルザブルンの出入り口の扉のほうに軽く顔を向けた。ちょうど早川が村上と六分儀を引き連れて入ってきた。
「やあどうもどうも。赤木博士、しばらくは退屈かも知れませんが、実戦となれば血沸き肉躍りますよ」
 石本の屈託の無さ過ぎる言葉に、なんて不躾なのかしら、とリツコが眉を寄せる。
「さて石本一尉。今は何をやってる?」
「対極東共和国艦隊とのシミュレーションを走らせて、ウルドにデータを貯め込んでいるところです」
 石本がキーボードに指を走らせた。コンソール前のモニタに、チャート図が現れ、早回しのシミュレーションが展開されていく。
「今頃データの蓄積? 受験生の一夜漬けみたいだな」
 村上が皮肉る。
「ありとあらゆる可能性を考えると、一度でも多くシミュレーションを演じさせておくに越したことはありません。それに、ウルドは一度覚えたことを決して忘れません。半端な受験生とは違います」
「なるほど。執念深い年増女みたいだな、ウルドってのは」
 何気なく呟く六分儀。後ろでリツコの目つきが一瞬鋭くなったことに気づくはずもない。
「で、肝心の勝敗は?」
 早川が、例によって誰の思惑も察知しない口調で問いかける。
「六千四百八十六勝百三十二敗です。無論、同じ条件は一度としてありません」
「なんだって? そんなに繰り返してるのか」
 六分儀が目を剥く。
「おおよそ勝率九十八パーセントか。勝ったも同然と言うことだな、このご本尊の御神託によれば」
 村上が唸る。言葉にどことなく刺があるのは、所詮はシミュレーションに過ぎない、という懸念が残っているからだろう。
「敗因はほとんどこちら側のミス――というよりはトラブルですね。機関の異常ですとか、砲塔が機械的故障で旋回しないとか」
「THANATOSのシステムダウンというのは?」
 六分儀が意地悪く聞いた。石本が言葉に詰まる。見かねたか、早川が割って入る。
「六分儀三佐、そう邪険にするもんじゃないよ。そういう訳ですので、赤木博士、この二人にTHANATOSの凄さを教えてやって下さい」
 促されてリツコは席を立った。いい加減、現状に厭きていたリツコは、詳細な説明を二人に始めた。
 だが、頭の中では、こんなことでいいのか、という自問を繰り返している。
 こんなことでいいのだろうか。わざわざこんな事をするために、本来の仕事を放り出してここに来たのだろうか。私がTHANATOSに――いいえ、『たかちほ』に出来ることは、もはや何も残っていないのだろうか……。

 2・つゆ払い

 能登半島北約百五十キロ。

 日付が変わる。
 先陣を切るのは、みずほ級ミサイル艇母艦『ちとせ』から出撃した、いなわしろ級ミサイル艇『あしの』『びわ』。そしていそなみ級護衛艦『しきなみ』と、こんごう級イージス護衛艦『みょうこう』が前衛を務める。その後に、『まるやま』、『たかちほ』、『なでしこ』と続く。『ひえい』『くらま』は後衛として、『ちとせ』と、おおすみ級輸送艦『おおすみ』を護衛している。
 闇の中であり『たかちほ』の航海艦橋からでは視認できないが、『おおすみ』の上甲板には、海上自衛隊が半ば公然と採用を内定している試作VTOL戦闘機、三菱FV−Xが四機、兵装を整えて待機している。
 南シナ海で勇猛を以て鳴る、かつらぎ級航空護衛艦『あまぎ』所属の、一〇二『アエカ』航空隊の分遣隊である。
 分遣隊とはいうものの、一〇二航空隊隊長、タックネーム”ジュライ”こと文月ケンシン二佐が自ら率いて乗り込んできている。
 『おおすみ』は本来ただの輸送艦ではあるが、ヘリ空母に極めて近い形状を持ち、かつらぎ級建造に当たっては数多くのデータを提供した経歴がある。今回の任務を前に、上甲板に分厚い耐熱塗装を施して、VTOL機のジェット噴射に耐えられるように改装されている。
 ただ、アイランド(島型艦橋)と呼ぶには幅のありすぎる艦橋が、フネの正中線にかかるような場所にまでせり出している関係で、見た目ほどVTOLの運用に適している訳ではない。

 東の空が白み、そして日輪の上縁が水平線の向こうから姿を現した。清冽な朝日を浴びる鋼鉄の勇士達。

 『たかちほ』CIC。
「偵察衛星よりの画像です」
 前面の戦術情報スクリーンに、南下する極東共和国の艦隊の画像が映し出された。
「クロンシュタット級二隻は前衛、ウラジオストックは後衛か」
 角田が、この時ばかりは言わずもがなの感想を漏らす。
 ウラジオストック級航空巡洋戦艦『ウラジオストック』。キエフ級航空巡洋艦の拡大バージョンとして知られる、基準排水量七万八千トンの巨艦である。V/STOL機十六機とヘリコプター十機を運用できる。最たる特徴は、建造当時から大型の艦載砲を搭載可能なように、砲座のターレットリングがあらかじめ作られており、その中にVLSが仕込まれていたという点である。今ではそのVLSは取り外され、三連装二基の四十八・五口径四十センチ砲が装備されている。
「初陣のウォームアップとしては、程々の相手でしょうナ」
 神が、傲慢な口調で言った。この男が、THANATOSによるシミュレーションの結果が勝率九十八パーセントだと知ったら激高するであろう。何故百ではないのか、と。
「何か策でも?」
 黛が薄笑いを苦労して押し隠し、妙に明るく響く声で問う。元々彼は神とはそりが合わない。能力は評価しているが、押し出しの強すぎる性格が、ネイビーのスマートさを信条とする黛には、時折神経に障るときがあるのだ。
「いや。今回は正攻法でごわす」
 それがよろしいでしょうね、と黛は心の中でだけ呟いた。

 『たかちほ』ウルザブルン。
 階級は一佐とは言え、早川は指揮権のライン上に位置していない。単なる技術屋と周囲に思われており、それは事実でもあるからだ。従って彼もまた、ウルザブルンに籠もるTHANATOS関係者と共に、来るべき時を待ちかねている。
「まずは、互いのエアカバーを削ぎ落とすことから始まります」
 早川はモニタ上の彼我のシンボルマークを見ながら、リツコに現代の水上艦同士の戦闘を説明していた。己の生死に関わる事項だからか、リツコも真面目な顔で聞いている。傍らではマヤや石本達も耳を傾けている。
「敵さんの『ウラジオストック』には、ロシア産のVTOL戦闘機が十六機ほど搭載されているはずです。が、こちらには第二護衛隊群から分捕ってきた新鋭のFV−Xが四機あります。現在、上陸部隊を叩くために手持ちの航空戦力を叩き込んでいる最中ですから、この四機だけが持ち駒です」
「わずか四機で、十六機を相手ですか?」
 マヤが思わず口を挟む。
「FV−XとロシアのYak−38改とじゃ、エヴァンゲリオンとジェット・アローンくらいの差があります」
 『たかちほ』が日本重化学工業共同体の造船所で生まれたことを忘れたかのように、早川は物騒なことを口走った。
「その次は?」表情の消えた顔のリツコが促す。JAの事を何処で知ったか、などと問い質す気力はもはや持ち合わせていない。
「対艦ミサイルの撃ち合いです。これには、厄介なことがあります」
 早川がそう前置きして説明し始めた。『たかちほ』『なでしこ』『しきなみ』の三隻は射程二百キロの国産対艦ミサイル・SSM−4を搭載しているが、その他の艦は射程百十キロの”ハープーン”である。事情は極東共和国海軍も同じで、西側の”ハープーン”に性能的に匹敵するSS−N−25対艦ミサイルのランチャーを搭載しているものばかりでなく、それより世代の劣る艦もある。
 セカンドインパクトによっても、科学技術、軍事技術のノウハウは失われなかった。が、それらを具現化する社会資本が壊滅してしまったため、高性能の兵器が第一線に行き渡らず、一世紀近い格差のある兵器が同居するという現象が起きていた。
「そういう訳ですから結局、ほぼ同じ距離で撃ち合うことになるでしょう」
 極東共和国艦隊のキーロフ級原子力ミサイル巡洋艦やスラヴァ級ミサイル巡洋艦は、SS−N−12という、最大射程が三百キロとも五百四十キロにも達すると言われる対艦ミサイルを搭載している。
 石本がその点を指摘した。相手の先制があるのではないか、と。
「ミサイル攻撃の基本は飽和攻撃だよ」早川がすぐにそれを否定する。言葉遣いが石本に対してのものに変わっている。「十発や二十発程度を送り込んでも効果がないことくらい、向こうは察知しているはずだ」
 それに、中間誘導の問題もある。誘導装置が西側に比べて劣っているロシア製ミサイルの場合、途中で航空機か浮上した潜水艦の中継がなければ、著しく命中率が低下する。
 実際、そのSS−N−12にしても、単独で放った場合には六十キロ程度が実用射程圏内だと言う話がある。
「実際、ミサイルの射程なんてのは、『たかちほ』の主砲とそれほど差がある訳じゃないんだ」
 早川がにんまりとする。居合わせた全員が、結局言いたかったのはそれか、という顔をした。
「対艦ミサイルの応酬の次は、いよいよ当艦の三十センチ砲の出番という訳ですね」
 神通がまとめる。
「そう言うことだな。さて、そろそろ『おおすみ』の艦載機が出る頃だな。期待しよう」
 居合わせた全員の視線がモニタに向けられた。

 『おおすみ』。”飛行”甲板。
 整備員が怒声を潮風に乗せて、機体の周りを忙しげに動き回っている。その中を、真っ直ぐに愛機に向けて歩くオレンジ色のGスーツ姿のパイロット。しばしば猛禽類に例えられる厳めしい表情の持ち主は、一〇二空隊長、文月だ。傍らの整備員が周囲の喧噪に負けじと声を張り出す。
「だいじょうぶですかね? 相手はフォージャーIIIとはいえ、四倍ですよ」
「なあに、たった十六機相手にFV−Xが四機も出るんだ。大船に乗った気でいて貰って大丈夫だ」
 文月は、太平洋戦争で名を馳せた”人斬り半次郎”こと加持半次郎中尉の再来、と謳われる凄腕のパイロットである。豪快に笑い飛ばして操縦席に収まった。
 彼の愛機の風防の下には、墨痕を強くイメージして記された”毘”の一字が書き込まれている。これを見ただけで、ケンシンの名前に本来どういう漢字を当てるのかが判る。日本人はカナ名前とはいえ、本当なら当てはめるべき漢字の名前を誰もが持っている。いつの間にか、それを人に知らせることがタブー視されるようになってしまったが。
「離陸準備ヨシ!」
 整備員がわらわらと甲板上から退避していく。FV−Xの下に向けられたノズルから高熱のジェット噴射が吐き出され、機体下部が陽炎のように揺らぐ。
「ジュライ、テイク・オフ!」
 跳ねるような軽快さで、文月搭乗のFV−Xは宙に舞い上がった。

 極東共和国艦隊。
 三群に分かれた艦隊は、輸送艦を除いて二十九隻に達する。
 最も東側の群の中核を為す航空巡洋戦艦『ウラジオストック』の飛行甲板から、Yak−38改”フォージャーIII”十六機が次々に離艦していく。
 艦隊の前面に展開して、対艦ミサイルの撃ち合いに際して、外周部での迎撃にあたるのが目的である。
 だが、『クロンシュタット』のOTHレーダーが、急速接近してくるFV−Xの四機編隊を捉え、緊張が走る。
 先の”小笠原沖海戦”において、数的優勢にあった『ラングレーIII』が、FV−Xの放った対艦魚雷によって大破させられた戦績を、彼らも知らぬ訳ではなかった。
 フォージャーIII編隊が、躊躇いがちではあるが散開して戦闘隊形を取る。
 『ウラジオストク』自らが放つ強烈な電波妨害の影響で、彼我の戦闘機は、レーダーが盲目化された状態で交戦に入った。
 勝負はほぼ一瞬だった。最初の一航過でFV−Xは、複合センサー装備のAAM−11ミサイルを二発ずつ放った。その全てがフォージャーIIIに命中し、八機が叩き落とされた。一方、フォージャーIII編隊が続けざまに放った赤外線対空ミサイルは、一発が点火不良で落下し、五機がフレアに欺瞞されて明後日の方向に飛び去り、四発がAAM−11によって迎撃され、四発がバルカン砲に打ち砕かれて果てた。
「”アエカ”見参!」
 無線すら電波妨害によって使用不能になっている。が、文月は南シナ海での戦闘の際と同じように名乗りを上げていた。
 格闘戦となってからは、戦闘はますます一方的だった。
 FV−Xは、ジェット噴射口の向きを変えることで垂直離着陸が可能となっている。この噴射口の偏向は飛行中でも可能で、これにより通常の航空機より旋回半径を小さくできる。
 それに対し、フォージャーIIIは、垂直離陸用と通常飛行用と二つの異なる目的を持ったエンジンを積んでいる。当然、飛行時には垂直離着陸用エンジンはデッドウエイトになるだけで何の役にも立たない。エンジン性能自体はアップされているとはいえ、機動性の違いは明らかだった。
 FV−Xは好き勝手な戦法で、逃げまどうフォージャーIIIを追い回し、劣化プルトニウム弾芯のバルカン砲弾を浴びせて片っ端から叩き落としていった。
 そして十六機全てが空から退場したのを確認すると、一目散に南へ向けて遁走を開始した。味方への誤射を恐れて沈黙していた、極東共和国艦隊の火砲と対空ミサイルが射程に捉える前に、FV−Xは遥か南方へ離脱していた。
「相手が39だったら危なかったが……」
 サイドスティックを軽く操りながら文月が呟く。
 可変ノズルと大パワーエンジンを組み合わせたSu−27”フランカー”シリーズの最高峰、Su−39。第二新東京攻略戦の開始と同時に戦線に投入され、航空自衛隊の主力戦闘機で同じく二次元可変ノズル搭載のF−15SJ”スーパーイーグル”と死闘を繰り広げていた。
 両者ともに実戦配備から三十年は経つ原型を、極限まで改良しているが、”イーグル”とフランカーそれぞれの原性能は、電子性能以外ではフランカーに軍配が上がると言われていた。その分の性能差が現れたのか、撃墜される率はスーパーイーグルのほうが高い傾向にあった。
 新型機のFV−Xでも、まともに組み合いたくない相手である。
 幸いにも、というべきか、激戦を生き残ったSu−39の全てが、UNと自衛隊、戦略自衛隊合同の反撃作戦の対応に追われており、艦隊の直掩に派遣する余裕はなかった。
 スキージャンプ甲板を持たぬ『おおすみ』から垂直離陸したときに、大量に燃料を消費していたFV−Xは、そのまま佐渡島へと向かっている。そこで補給を受けて『おおすみ』に帰還する事になっていた。もっとも文月は、その頃には勝敗は決しているだろうと確信していた。
「ん?」
 下方警戒レーダーに反応。IFFに応答。味方。しかも単独だ。なんだろうかと文月は思った。

 3・誘導弾

 低空を北上する機影がある。遠目にはFV−Xとほとんど変わらぬシルエットを有している。最大の相違点は、風防の長さ。この機体は複座であるために通常のFV−Xより長い。偵察機・RFV−Xの勇姿である。
 ”単独、非武装、くそ度胸”。これこそ、強攻偵察を行う際の心意気。
 帆足三佐の駆るRFV−Xには、自衛用のミサイルが二本搭載されているから非武装ではない。が、単独で、しかも糞度胸が必須の状況に身を投じる瞬間が近づいていた。
「見えた。まさしくお疲れさまってところだな」
 帆足は上空を行くFV−X四機を見上げていた。
「味方が敵戦闘機を蹴散らしたからいいようなものの……」
「電力が桁違いですから、電子戦で対抗するのは不可能です」
 天霧が告げる。
「たがが一機に、がむしゃらに攻撃を仕掛けてはこないさ」
「ですが、我々の任務の重要性は向こうも理解しているはずでは?」
「対空ミサイルの射程に入るつもりはないさ」
「お願いします。無茶はしないで下さい。セレス16、こちらハミング・バード。これより敵艦隊への接触を開始する」
 天霧は通信を送り、それから電子の知覚が捉えた、極東共和国艦隊の正確な座標送信を開始する。
 と、赤外線感知装置に二つ反応が相次いで現れる。機種がコンピュータによって分析される。
「どちらもカモフKa−25”ホーモン”ヘリ。今頃になってのこのこと、こんなところを飛んでる……となると恐らく、水平線外測的用のB型だな」
 帆足が呟き、主兵装スイッチをオンにした。可変ノズル装備赤外線追尾式のAAM−9ミサイルのシーカーが瞬間冷却される。
 のろのろと飛ぶヘリのシンボルマークにロックオン。シーカー作動のトーンが、断続的な者から次第に切れ目が無くなっていく。完全に音が繋がったところでトリガを引く。
「フォックス・スリー、ファイア」
 FV−Xの左翼側に吊られたAAM−9が白煙を噴射して飛び去る。ステルス性を高めるためのフェライト塗装が施された黒地のミサイルは、朝日にさらされて却って目立った。
 が、どちらにしろ、Ka−25に回避する術はなかった。命中。一機が爆発する。機首を明後日の方向に向けたもう一機にも、AAM−9が食いついて吹き飛ばした。

 小規模ながらも苛烈な航空戦は幕を閉じ、続いて艦対艦ミサイルの撃ち合いに状況は移行する。
 早川が言ったように彼我の距離が約百十キロに迫ったところで火蓋を切ることになる。同時に撃ち放ち、直ちに迎撃戦へと移る事になる。日本側は、”ハミング・バード”こと帆足機の強攻偵察・弾着観測機が存在する分、優位に展開できるはずであった。

 『たかちほ』CIC。
 担当オペレータが、攻撃開始までのカウントダウンを飛び交う命令をBGMにして正確かつ冷酷に読み上げている。
「距離、百十キロ」
 オペレータに先んじて六分儀がコールする。内心で、これでケリがつけば、30Gなど無用の長物だという事がはっきりする、と呟いている。
「セレス16より護衛隊群各艦に命令。攻撃開始」
 ”ブルードラゴン”こと特五護衛隊群の所属艦は、”セレス”というコードに、任意の数字を組み合わせてコールサインとしている。『たかちほ』はセレス16、『まるやま』はセレス13。『なでしこ』はセレス27といった具合だ。
 角田の太い声。特五護衛隊群の全艦が一斉に、それぞれが搭載したSSM−4A、SSM−4B、ハープーンを発射する。
 対艦ミサイル攻撃の骨子は、相手の対応しきれない数を叩き込む、”飽和攻撃”である。その為には、手持ちの対艦ミサイルを全て一回こっきりで使い切るくらいの意気込みが必要である。
 彼らの目的は、極東共和国艦隊の撃滅である。その為には、あらゆる手段を講じなければならない。ためらう理由はなかった。
 無数のミサイルが天へと加速されながら駆け登っていく。
 なかでも、艦首から五分の一ほどに艦橋を持ち、その背後にVLSを背負う兵器庫護衛艦『なでしこ』の連射ぶりは凄まじい。二種類のSSM−4対艦ミサイルに加え、貴重な新型巡航ミサイル”ヴェルセルプ”をも惜しげもなく空中に放り上げていく。
 イソギンチャクの触手を思わせる軌跡を残して、ミサイルの群は視界の向こうに消えていく。
「どんどんやれ! やっぱ、こうでなくちゃな」
 背後から感じる振動に、『なでしこ』CICで笑み崩れる桑島。とてもそこが戦場であるとは思えない表情だ。
 百発以上の対艦ミサイルが吐き出した白煙が、一時的に特五護衛隊群を包み隠す。が、二十ノット以上で突っ走っている艦隊は、自らの作り出した煙幕を突き破って姿を現した。更に前進する。

 『たかちほ』ウルザブルン。
「豪勢だねえ」
 モニタ上に無数とも思えるミサイルの輝点が記され、北上していくのを見て、早川がにんまりとする。リツコは素直に呆れた。同時に、ただの大砲バカではないのね、と妙なところで感心していた。

『まるやま』CIC。
「敵艦隊よりの、対艦ミサイル発射を確認。数――百発以上……訂正。二百十一発。あ、いえ、三発消滅。二百八発」
 モニタ上にデジタル表記される数値を読み上げるレーダーオペレータの声が、流石に緊張気味で上擦っている。無理もない。対艦ミサイル。人一人の命を奪うには火力過多な存在だ。自分が軍艦を構成する一部品で在ることを忘れ、生身で立ち向かっている意識を持っている限り、先天的な恐怖が噴き出してしまう。とはいえ、部品と呼ぶにしても、人間は脆弱に過ぎる。
 当直士官が、これも強ばった声で作間に報告する。
「セレス16より通信。”迎撃戦闘ヲ指揮ヲ執レ”、以上です」
「いよいよだ。返信、”セレス13了解、我レコレヨリ指揮ヲ執ル”、だ」
 作間が力のはいった笑みを浮かべる。流石に彼は場数を踏んでおり、いまさら動揺をみせはしない。第一、彼はこの距離で撃ち合いに応じた極東共和国海軍に同情さえしていた。彼らはSS−N−22という、ロケットモーター推進で、高度十メートル以下をマッハ二・五で突っ込んでくる厄介なミサイルを持っている。が、この距離では、射程の短いロケット推進式のミサイルは使えないのだ。
 対空戦闘の優先指揮権は、艦隊防空指揮護衛艦『まるやま』が有する。作間は勇んで命令を下す。
「NADIA21の本領を見せてやれ。迎撃戦闘開始!」
 『まるやま』自身のSPY−1DJ改レーダーに加え、リンク33によって送られた『たかちほ』の情報を加味し、統一戦闘情報が作成され、脅威判定が行われる。攻撃目標は自動的に優先順位が与えられ、対応する形で最も遠距離で迎撃できるSAM−8が、『しきなみ』の専用ランチャー、あるいは『なでしこ』と『まるやま』のVLSから撃ち放たれる。続いて『みょうこう』がスタンダード・ミサイルを発射。
 ロシア製のミサイルは旧世紀の遺物であり、迎撃自体は容易だ。次々に命中し、盲撃ちに近い形で接近していたSS−N−12が、火球となって日本海の空に消えていく。ロシア版ハープーン・SS−N−25も、世代の違う高機動性を持つSAM−8の敵ではない。
 が、突入してくるミサイルは二百発以上。次第に防衛ラインは艦隊に近づいてくる。ジャミングやチャフによる欺瞞により、侵攻してくるミサイルは確実に減じているが、まだ生き残っているものも多い。
 作間は迷わず戦闘フェーズを進めた。
「セレス16に、対空砲弾射撃を命令」
 間髪入れず、『たかちほ』の主砲が、進水以来初めて実戦の場で火を噴いた。THANATOSによって計算し尽くされた空間に九発の砲弾を送り込み、ほぼ同時に炸裂する。対空用燃料気化砲弾が巨大な火の玉を生み出す。
 いそなみ級護衛艦も七インチ多目的砲から、同様の砲弾を放っているが、『たかちほ』のそれは桁違いの破壊力だった。既にターボファンからロケットモーターに切り替えてスパートしていたSS−N−25が、まとめて薙ぎ払われる。
 墜とされこそしなかったものの、爆風に煽られて針路をねじまげられたミサイルが弧を描いて元の針路に戻ろうと喘ぐ。そこに赤外線追尾式ミサイルSAM−9、あるいはシースパローミサイルが飛びかかって蹴散らしていく。
 それをかいくぐったところで、極東共和国海軍のミサイル群の行く手には、さらなる脅威が待ちかまえていた。
「近接戦闘に移行。本艦はレーザー攻撃を開始」
 佐久間の命令一下、『まるやま』の艦橋構造物を前後から挟む格好で配置された、二門の十二式改・対空レーザー砲が光条を伸ばした。一瞬その光に捉えられたミサイルが爆発して散る。だが、照射はまさに一瞬で、発射間隔も必ずしも早くない。
 その間にも、他の各艦に搭載されたバルカン・テルシオ、あるいはバルカン・ファランクスが切れ目のない唸りと共にバルカン砲弾を吐き出し始める。残り少なくなったSS−N−25は、小刻みに針路を変えてその弾丸をかわそうともがく。が、文字通りの弾幕と化した空間に突入し、次々に叩き落とされていく。
 SS−N−25の弾頭部はバルカン・ファランクスの二十ミリ弾に耐えられる、という触れ込みだったが、テルシオの三十ミリ弾には歯が立たずに吹き飛ばされる。二十ミリ弾が相手ですら、当たり所によってはあっけなく四散する。
 そして唐突に戦闘は終了する。煙と金属の粒子によって薄汚れてしまった大気中には、もはや彼らに刃向かってくる存在は皆無であるからだ。
「接近中の敵ミサイル、ゼロ。全てを撃墜しました」
 溜め息に近い声がCICに満ちた。それは、他の艦でも同様であるはずだった。 「さて。こちらの攻撃はどうなった?」
 作間が、どこか他人事のような声で訊く。

 『たかちほ』”ウルザブルン”。
 リツコは腋にしたたかに汗をかいていることに気づいてわずかに眉を寄せた。ミサイルが自分の乗る艦に降り注いでくる、その感覚は筆舌に尽くしがたいものがある。のどが渇く。半ば無意識にコンソール脇に置かれたマグカップの姿を視線が追う。手に取った。が、すでに空になっていた。そういえば戦闘が始まる直前に、万一ミサイルが命中して衝撃でこぼれたら、などと考えて飲み干していたのだった、と気づく。
 それを察したのか、横合いから神通がリツコのマグカップを手に取った。
「おかわり、お入れしますね」
 リツコは無言で頷いた。口の中が強ばって、ありがとうのひとことも言えない自分に腹が立つ。
「――子供の頃、隕石が怖くてね」
 早川が、いつもながらいきなり何事か話しかけてくる。
「隕石、ですか?」
 この状況でいきなり何の話だろう、リツコは訝りながらかすれた声で聞き返す。
「そう。空から突然降ってきて、気づくもなく頭に命中して死んでしまう。そんな光景を想像するだけで恐ろしかった」
「杞憂、まさに杞憂。空が崩れてくると思っていた古代中国の人々となにも変わらない」
「セカンドインパクトが隕石の仕業じゃないと知っている人なら、そうお答えになると思いましたよ」
「……!」リツコの両目が驚愕に見開かれた。瞳孔が収縮する。
「貴方は一体何者なんです? どうしてそんな事を……」
「さあ? そんな事はどうだっていいんです。恐怖は貴女だって感じたはずです、赤木博士」
 早川はリツコの問いにまともに応じない。リツコは大きく深呼吸して動悸を落ち着け、ゆっくりと口を開いた。
「ミサイルは撃ち落とせる」
 言い終えたリツコが、どうにも渇いた喉をごまかすように、無意識のうちにつばを飲み込んだ。早川が口元を引き締めて首肯する。
「だが、砲弾はそう簡単には行かない。いよいよ本番です」

第六話に続く

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