一般的意見 第1 (1989)
締約国による報告(E/1989/22, Annex III)
1.規約第4部に含まれた報告義務は、主として、各締約国がその規約上の義務を履行するのを援助すること、並びにそれに加えて、理事会が委員会の援助を受けて、締約国の義務履行を監視し及び、規約の規定に従って経済的、社会的及び文化的権利の実現を容易にする責任を果たすことができるための基礎を提供することを目的としている。委員会は、報告が本質的に、適当な国際監視機関に報告する各締約国の形式的な義務を果たすことのみを目的とした手続的な事柄である、とみなすのは正しくないと考える。反対に、規約の文言及び精神に従えば、締約国による報告の準備及び提出の過程は、さまざまな目的を達するために役立ちうるし、実際、役立つべきものである。
2.第1の目的は、関係国に対して規約が発効して2年以内に提出されることが要求される第一次報告に特に関連を持つことであるが、国内法、行政規則及び手続並びに、規約とのできる限り完全な合致を確保するための実行に関して、包括的な見直しが行われていることを確保することである。そのような見直しは例えば、各関連国内省庁又は、規約が扱っている異なった分野において政策決定及び実施を行うその他の機関と協力して行われうるだろう。
3.第2の目的は、締約国が、各権利に関する実際の状況を監視し、もって、さまざまな権利がその領域又は管轄下にあるすべての人にどの程度享受されているか又はいないかを認識することを確保することである。今日までの委員会の経験から、この目的の実現は全体としての全国的統計又は推計によってのみではなされえず、劣った状況にある地域及び特に弱い又は不利な状況にあると思われる具体的なグル−プ又はサブグル−プに特別の注意を払うことを必要とするということは明らかである。従って、経済的、社会的及び文化的権利の実現の促進にむけて肝要な第一のステップは、現在の状況の診断及び認識である。委員会は、この監視及び情報収集の過程は時間がかかる可能性があること、また、関連義務を果たすことができるためには、規約第2条1項及び22条に規定されたような国際的援助が必要となる国があるであろうことを認識している。その場合、かつ締約国が、認められた公的政策の目標を促進するためのいかなる過程にとっても不可欠の一部でありまた規約の効果的な実施に不可欠である監視過程を行う能力がないと結論する場合には、締約国は委員会への報告の中でそのことを注記し、必要とする国際的援助の性格及び程度を示すことができる。
4.監視は、現在の状況を詳細に概観することを目的としているが、そのような概観の主な価値は、規約の規定を反映した優先事項の設定も含めて、明確に述べられかつ注意深くターゲットを定めた政策の策定のための基礎となることである。かくして、報告過程の第3の目的は、締約国に、そのように定められた政策決定が現実に行われたことを立証するのを可能にすることである。規約はこの義務を、「無償の義務的初等教育」がすべての者に保障されていない場合に第14条で明示的に述べているのみであるが、規約に含まれた各「権利の漸進的実現のための詳細な行動計画を作成し採択する」義務は、「すべての適当な方法により … 行動を取る」第2条1項の義務に明らかに内在するものである。
5.報告過程の第4の目的は、経済的、社会的及び文化的権利に関する政府の政策を公的審査にさらすことを容易にし、並びに、関連政策の策定、実施及び評価における社会のさまざまな経済的、社会的及び文化的セクターの関与を促進することである。今日までに提出された報告を検討するにあたって委員会は、多くの締約国が、異なった政治及び経済体制を反映して、規約のもとでの報告の準備にそのような非政府団体からのインプットを奨励してきたということを歓迎している。一般大衆がコメントできるよう、報告を幅広く流布することを確保している国もある。このような方法で、報告の準備及び国内レベルでのその検討は、少なくとも、委員会と報告国代表との間で国際的レベルで行われる建設的対話と同じくらいの価値を持つものとなりうる。
6.第5の目的は、報告が、委員会だけでなく締約国自身が、規約に含まれた義務の実現に向けてどれだけ進歩がなされたかを効果的に評価できる基礎を提供することである。この目的のためには、国が、ある分野におけるその義務履行をそれに照らして評価できる具体的な標識又は目標を設定するのが有用であろう。従って例えば、乳児死亡率の低下、子供の予防接種の程度、一人当たりのカロリー摂取量、医療ケア提供者一人当たりの人口数などに関して具体的な目標を設定するのが重要であることは、一般に認められている。これらの多くの分野で、一国の又は他の具体的な標識がきわめて有用な進歩の標識となりうるのに対し、全世界的な標識は限られた用途しかもたない。
7.この点で委員会は、規約が関連権利の「漸進的実現」の概念に特別の重要性をおいていることを注記したいと考え、その理由から委員会は締約国に対し、定期報告の中で、関連権利の効果的実現に関して、時間的な進歩を示す情報を含めるよう強く要請する。さらに、状況の十分な評価がなされるためには、量的デ−タと同様に質的デ−タも必要であることは明らかである。
8.第6の目的は、締約国自身に、経済的、社会的及び文化的権利の全範囲を漸進的に実現するための努力に際して直面した問題及び欠点のより良い理解を発展することができるようにすることである。この理由から、締約国が、そのような実現を阻む「障害及び困難」について詳細に報告することが肝要である。それにより、関連の障害の認定及び認識の過程は、より適当な政策を考案することのできる枠組みを提供する。
9.第7の目的は、委員会及び締約国全体に、国家間の情報交換を容易にし並びに、諸国家の直面している共通の問題及び規約に含まれた各権利の効果的実現のため取りうる措置の種類についてのよりよい理解を発展させることである。過程のこの部分はまた、委員会に、規約第22及び23条に従って国際社会が国家を援助する最も適切な手段を認定することを可能にする。委員会がこの目的においている重要性を強調するため、これらの条項についての別個の一般的意見が、第4会期で委員会により議論される予定である。
‐訳:申 惠手(青山学院大学法学部助教授)‐
脚注を含む全文は、「『経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会』の一般的意見(一)」青山法学論集第38巻1号(1996年)を参照して下さい。
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