一般的意見第3(1990)
締約国の義務の性格(規約第2条1項)(E/1991/23, Annex III)
1.第2条は、規約の十分な理解にとって特別の重要性を持っており、規約の他のすべての条項とダイナミックな関係を持つものとみなされなければならない。これは、規約の締約国が負う一般的な法的義務の性格を述べたものである。これらの義務は、(国際法委員会の作業に従い)行為の義務及び結果の義務といえるものの双方を含んでいる。この規定で用いられている用語と、市民的及び政治的権利に関する規約の相応する条項である第2条に含まれる用語との間の相違が大きく強調されることがあるが、顕著な類似点もあることは必ずしも認められていない。特に、規約は漸進的実現を規定し、利用可能な資源の制限による制約を認めつつも、即時の効果をもつさまざまな義務をも課している。このうち、二つが、締約国の義務の正確な性質を理解するにあたって特に重要である。このうちの一つは、別個の一般的意見で扱われるが、関連の権利が「差別なく行使される」ことを「保障することを約束する」ことである。
2.他方は、第2条1項の「措置を取る」義務であり、これはそれ自体、条件づき又は他の考慮によって制限されていない。この文言の完全な意味は、異なった言語の訳語のいくつかをあげることによっても判断することができる。英語では、義務は「措置を取る(to take steps)」こと、フランス語では「行動する(s'engage a agir)」こと、スペイン語では「措置を取る(a adoptar medidas)」ことである。従って、関連の権利の完全な実現は漸進的に達成されうるものであるが、その目標に向けての措置は、関係国にとって規約が発効した後、合理的な短期間のうちに取られなければならない。この措置は、規約で認められた義務の履行に向けて、可能な限り意図的、具体的かつターゲットをもったものであるべきである。
3.措置を取る義務を充足するために用いられるべき手段は、第2条1項で、「特に立法措置の採択を含めたすべての適当な方法」であると述べられている。委員会は、多くの場合、立法は非常に望ましく、いくつかの場合では不可欠でさえあることを認める。例えば、必要な措置のための安全な立法上の基礎なしには、差別に対して効果的に闘うことは困難であろう。健康、子供及び母親の保護、教育などの分野並びに、第6条から9条で扱われている事柄に関しては、立法は、多くの目的のために、不可欠な要素でもあろう。
4.委員会は、締約国は一般に、この点で取った立法措置の少なくともいくつかについて詳細に述べることについては実直であったということを注記する。しかし委員会は、規約で具体的に予定された立法措置の採択は決して締約国の義務を尽くすものではないということを強調したい。むしろ、「すべての適当な方法により」という文言には、完全かつ自然な意味が与えられなければならない。各権利に関するある状況においてどのような手段が最も適当かは各締約国自身が決定しなければならないが、選択された手段の「適当さ」は必ずしも自明ではないであろう。従って、締約国は報告において、取った措置についてのみではなく、なぜそれがその状況において適当と考えられたかの根拠について示すべきである。しかし、すべての適当な措置が取られたか否かの最終的判断は委員会の決定に委ねられる。
5.立法に加えて、適当と考えられうる措置の中には、国内法制に従い司法判断に適すると考えられる権利に関しては、司法的救済を与えることがある。委員会は例えば、認められた権利を差別なく享受することは、一部は、司法的又はその他の効果的な救済を与えることによって、適当に促進されることが多いということを注記する。実際、市民的及び政治的権利に関する国際規約の締約国でもある国は、同規約(第2条1項、2条3項、3条及び26条によって)によってすでに、(平等及び無差別に対する権利を含め)同規約で認められた権利又は自由を侵害されたすべての人が、「効果的な救済を受ける」(第2条3項(a))ことを確保する義務を負っている。加えて、第3条、7条(a)(i)、8条、10条3項、13条2項(a)、13条3項、13条4項、第15条3項を含め、多くの国の国内法制において司法及びその他の機関による即時の適用が可能と思われる多くの規定がある。上記の規定が内在的に直接適用不可能だという考えは、維持しがたいものに思われる。
6.規約で認められた権利の実現を直接に目的とした具体的な政策が立法の形式で採択されたときには、委員会は特に、それらの法が、その権利が十分に実現されていないと感ずる個人又はグル−プによる訴権を創設しているか否か知らされることを希望する。特定の経済的、社会的及び文化的権利に憲法上の承認が与えられたとき、又は、規約の規定が国内法に直接編入されたときには、委員会は、それらの権利がどの程度司法判断可能と考えられているか(つまり、裁判所で援用できるか)について情報を受けることを希望する。委員会はまた、経済的、社会的及び文化的権利に関する既存の憲法規定が弱められ又は顕著な変更を受けたいかなる場合にも、具体的な情報を受けることを希望する。
7.第2条1項の目的で「適当」と考えられうるその他の措置には、行政的、財政的、教育的及び社会的措置を含み、かつこれらに限られない。
8.委員会は、「特に立法措置の採択を含めたすべての適当な方法により … 措置を取る」義務は、民主的でありかつすべての人権がそれによって尊重される限り、当該措置のための手段として用いられるいかなる特定の形態の政府又は経済体制をも要求も排除もしないことを注記する。従って、政治及び経済体制の観点からは規約は中立的であり、規約の原則は、社会主義的もしくは資本主義的、混合、中央計画もしくは自由放任経済の必要性もしくは望ましさ、又はその他のいずれかの特定のアプロ−チのみに基づいているものと正確にいうことはできない。この点で委員会は、規約で認められた権利は、特に規約の前文で確認されたような二つの組の人権の相互依存性及び不可分性が当該体制において認められ反映されている限り、多様な経済及び政治体制の文脈における実現に適していることを再確認する。委員会はこの点でまた、他の人権及び特に発展の権利の関連性を注記する。
9.第2条1項に反映された主な結果の義務は、規約で「認められた権利の完全な実現を漸進的に達成するため」措置を取る義務である。この文言の意図を説明するためにしばしば、「漸進的実現」という語が用いられる。漸進的実施の概念は、すべての経済的社会的文化的権利の完全な実現は一般的に短期間にはなしえないであろうということを認めたものである。この意味でこの義務は、市民的及び政治的権利に関する規約に含まれた義務と顕著に異なる。しかし、時間をかけた、換言すれば漸進的な実現が規約で予期されているという事実は、この義務から意味ある内容をすべて奪うものと誤解されるべきではない。それは一方で、経済的、社会的及び文化的権利の完全な実現を確保する際の実際の世界の現実及びすべての国が有する困難を反映した、必要な弾力性の仕組みである。他方で、この文言は全体的な目標、すなわち、当該諸権利の完全な実現に関して締約国に明確な義務を設定することという、規約の存在理由に照らして読まれなければならない。それは、その目標に向けて、可能な限り迅速にかつ効果的に移行する義務を課しているのである。さらに、この点でいかなる後退的な措置が意図的に取られた場合にも、規約上の権利全体に照らして及び利用可能な最大限の資源の利用という文脈においてそれを十分に正当化することが要求される。
10.10年以上の期間締約国の報告を審査して委員会及び先行機関の得た多くの経験に基づき、委員会は、最低でも、各権利の最低限の不可欠なレベルの充足を確保することは各締約国に課された最低限の中核的義務であるという見解である。従って例えば、相当数の個人が不可欠な食料、不可欠な基本的健康保護、基本的な住居又は最も基本的な形態の教育を剥奪されている締約国は、規約上の義務の履行を怠っているという推定を受ける。もし規約がそのような最低限の中核的義務を設定していないものと読まれるならば、規約はその存在理由を大部分奪われるであろう。なお、ある国がその最低限の中核的義務を履行したか否かの判断にあたっては、当該国の資源の制約をも考慮に入れなければならない。第2条1項は各締約国に、「その利用可能な資源を最大限利用することにより」必要な措置を取ることを義務づけている。締約国が少なくともその最低限の中核的義務を履行できないことを利用できる資源の制約に帰するためには、当該国は、これらの最低限の義務を優先事項として充足するためにその利用可能なすべての資源を用いるためあらゆる努力がなされたことを証明しなければならない。
11.しかし委員会は、たとえ利用可能な資源が不十分であることが示されうる場合でも、現状において関連権利のできる限り広範な享受を確保するため尽力することは締約国の義務として残ることを強調したい。さらに、経済的、社会的及び文化的権利の実現、又は特に未実現の程度を監視し、かつこれらの権利の促進のための戦略及び計画を考案する義務は、いずれにしても、資源の制約の結果消滅するものではない。委員会はすでにこれらの問題について一般的意見第1で扱った。
12.同様に、委員会は、たとえ調整、経済不況、又はその他の要素の過程により生ずる深刻な資源の制約のときにも、低コストのターゲット・プログラムの採択によって、社会の弱い立場にある構成員は保護されうるし、また保護されなければならないことを強調する。このアプローチを支持するものとして、委員会は、「人間の顔をした調整:弱い立場にある人々の保護と成長の促進」と題するユニセフの分析、「人間開発報告1990」における国連開発計画の分析及び「世界開発報告1990」における世界銀行の分析を注記する。
13.注意が引かれなければならない第2条1項の最後の要素は、「個々に又は国際的な援助及び協力、特に、経済上及び技術上の … を通じて、措置を取る」という、すべての締約国の義務である。委員会は、「その利用可能な資源を最大限に用いて」という文言は、規約の起草者によって、国家の既存の資源並びに国際的な協力及び援助を通して国際社会から利用できる資源の双方をさすものと意図されたことを注記する。さらに、関連権利の完全な実現を促進する際のそのような国際協力の不可欠の役割は、第11条、15条、22条及び23条に含まれた一定の規定によっても強調されている。第22条に関しては、委員会はすでに一般的意見第2で、国際協力に関して存在する機関及び責任のいくつかについて注意を引いた。第23条はまた、「認められた権利の実現のための国際的行動」の方法のうち、「技術援助の供与」並びにその他の活動を具体的に確認している。
14.委員会は、国連憲章第55条及び56条、確立された国際法の原則及び規約自身の規定に従い、発展のため、従って経済的、社会的及び文化的権利の実現のための国際協力はすべての国の義務であることを強調したい。それは特に、この点で他国を援助する立場にある国にとっては義務である。委員会は特に、発展の権利宣言の重要性及び、締約国がそこで認められたすべての原則を十分の考慮することの必要性を注記する。委員会は、それを行う立場にあるすべての国の側の活発な国際援助計画及び協力なしには、多くの国において、経済的、社会的及び文化的権利の完全な実現は満たされない希望のままであろうということを強調する。この関連で委員会はまた、一般的意見第2の文言をも想起する。
‐訳:申 惠手(青山学院大学法学部助教授)‐
脚注を含む全文は、「『経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会』の一般的意見(一)」青山法学論集第38巻1号(1996年)を参照して下さい。
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