一般的意見第7(1997)
十分な住居に対する権利(規約第11条1項):強制退去(E/C.12/1997/4)




1.一般的意見第4(1991)において委員会は、すべての人は強制退去、嫌がらせ及びその他の恐れに対する法的保護を保障するだけの保有の安全を享受すべきであるという見解を示した。委員会は、強制退去は規約の要求に合致しないと推定されるという結論を出した。締約国の義務違反があったと委員会が決定した場合を含め、近年における相当数の強制退去の報告を検討して、委員会は現在、規約に含まれた義務の観点から、強制退去行為の意味についてさらに明確に述べることを求める立場にある。

2.国際社会は長い間、強制退去が深刻な問題であることを認めてきた。1976年に、人間居住に関する国連会議は、「大規模な退去行為を行うことは、保存及び復興が不可能であり、かつ再定住措置が取られる場合のみであるべき」ことに特別の注意が払われるべきだと注記していた。1988年に、総会決議43/181で採択された「2000年に向けての住居のための世界戦略」において、「住宅及び住宅地区を損傷し又は破壊するよりは、それらを保護し及び改善するという[政府の]基本的な義務」が認められた。アジェンダ21は、「人々は、その家又は土地からの不公正な退去から法律によって保護されるべきである」と述べている。ハビタット・アジェンダで政府は、「人権を考慮に入れつつ、法律に反する強制退去からすべての人々を保護し、それに対する法的保護及び救済を与え、[並びに]退去が不可避なときには、適当な場合、それに代わる適当な解決策が取られることを確保する」公約を行った。人権委員会も、「強制退去は大規模な人権侵害である」ことを述べた。しかしながら、これらの声明は重要であるとはいえ、最も肝要な問題の1つすなわち、強制退去が許容されうる状況を確定すること、及び、規約の関連規定の尊重を確保するために要求される保護の種類を明確にすることを残したままである。

3.「強制退去 (forced eviction) 」という用語を用いることは、いくつかの点で問題がある。この表現は、恣意性及び違法性という意味を伝えようとするものである。しかし、多くの論者にとっては、「強制退去」という言及は同語反復であり、また他の論者は、「違法な退去」という表現を、それは関連の法律が住居に対する権利の十分な保護を行っており規約に合致していることを想定しているが、実際は決して常にそうであるわけではない、という理由で批判している。同様に、「不公正な退去」という用語は、いかなる法的枠組みにも言及していない点でより主観的でさえあるという意見もあった。国際社会、特に人権委員会の場では、主として、すべての提案された代替案もそうした多くの欠陥をもっているというために、「強制退去」とよぶことを選択してきた。

4.この一般的意見を通して用いられる「強制退去」という用語は、個人、家族及び/又は共同体を、それらが占有している住居及び/又は土地から、その意志に反して、適切な形態の法的又はその他の保護を与えること及びそれらへのアクセスなしに、恒久的又は一時的に立ち退かせること、と定義される。しかしながら、強制退去の禁止は、法律に従って、かつ国際人権規約の規定に合致して実力で行われる退去には適用されない。

5.強制退去行為は広範にみられ、先進国及び途上国双方において人々に影響を与えている。すべての人権の間に存在する相互関係及び相互依存性によって、強制退去はしばしば、他の人権を侵害する。かくして、規約に掲げられた権利を明らかに侵害する一方で、強制退去行為はまた、生命に対する権利、身体の安全に対する権利、私生活、家族及び住居への不干渉についての権利、並びに財産の平和的享有についての権利のような市民的及び政治的権利の侵害をも結果としてもたらす。

6.強制退去行為は主として人口過密の都市部で起こると考えられるとはいえ、強制退去行為はまた、武力紛争の過程での強制的な住民移送、国内避難、強制的再定住、大量出国及び難民の移動に関連しても起こる。これらのすべての場合において、十分な住居に対する権利及び強制退去を受けない権利は、締約国に帰せられる広範囲の作為又は不作為によって侵害されうる。かかる権利に制限を課すことが必要な状況においても、いかなる制限も「これらの[すなわち、経済的、社会的及び文化的]権利の性質と両立しており、かつ、民主的社会における一般的福祉を増進することを目的としている場合に限り、法律で定められ」なければならないように、規約第4条を完全に遵守することが要求される。

7.強制退去の多くの事例は、国際的武力紛争、国内紛争及び村落間又は民族間の暴力から生ずる退去のように、暴力と結びついている。

8.強制退去の他の事例は、開発の名で起こる。土地の権利、開発及び、ダムもしくはその他の大規模なエネルギー・プロジェクトのようなインフラストラクチャーのプロジェクトをめぐる紛争、都市再生、住居改修、都市美化計画、農業目的での土地の一掃、土地への自由な投機、又は、オリンピック試合のような大きなスポーツイベントの開催と関連した土地取得措置と関連して、退去が行われることがある。

9.本質的に、強制退去に関連する規約締約国の義務は、他の関連規定と合わせ読んだ第11条1項に基づいている。特に、第2条1項は国家に、十分な住居に対する権利を促進するため「すべての適当な方法」を用いることを義務づけている。しかしながら、強制退去行為の性質からして、第2条1項における、資源の利用可能性に基づく漸進的実現の言及が関連することはまれであろう。国家は、自ら強制退去を控えかつ、(上記のパラグラフ3で定義された)強制退去を行う業者又は第三者も対して法律が執行されることを確保しなければならない。さらに、このアプローチは、十分な保護なく強制的に退去させられない権利を補完する、市民的及び政治的権利に関する国際規約第17条1項によって補強される。この規定は、とりわけ、住居への「恣意的もしくは不法な」干渉から保護される権利を認めている。この権利の尊重を確保する国家の義務は、利用可能な資源に関する考慮によって条件づけられていないということが注記されるべきである。

10.規約第2条1項は締約国に対し、規約の下で保護されたすべての権利を促進するため、立法措置の採択を含む「すべての適当な方法」を用いることを要求している。委員会は一般的意見第3(1990)で、立法措置はすべての権利に関して不可欠ではないかも知れないと述べたが、強制退去を禁ずる立法が、効果的な保護の体制を築くための肝要な基礎であることは明らかである。かかる立法には、(a)住居又は土地の占有者に、可能な最大限の保有の安全を与え、(b)規約に合致し、かつ(c)退去が行われうる状況を厳格にコントロールすることを目的とした措置を含むべきである。立法はまた、国家の権限の下で行動し又は国家に対し責任を負うすべての業者にも適用されなければならない。さらに、いくつかの国において、住居セクターにおける政府の責任を大幅に減ずる傾向がますますあることから、締約国は、私人又は私的機関により適切な保護なしに強制退去が行われるのを防止しかつ、適当な場合には処罰するために立法及びその他の措置が十分であることを確保しなければならない。締約国は従って、十分な住居に対する権利から生ずる義務に合致することを確保するために関連の立法及び政策を見直し、規約の要求と合致しないいかなる立法又は政策をも廃止又は改正すべきである。

11.女性、子ども、青年、高齢者、先住民、種族的及びその他の少数者、並びにその他の弱い個人及びグループはすべて、強制退去行為により不均衡に被害を被っている。すべてのグループにおける女性は、(住居の所有を含む)財産権又は財産もしくは宿泊設備へのアクセス権に関連してしばしばあてはまる法規上の及びその他の形態の差別、並びに、ホームレスになった時にはとりわけ暴力及び性的虐待を受けやすいことからして、特に弱い立場にある。規約第2条2項及び第3条は、退去が実際に起こる場合には、いかなる形態の差別もあってはならないことを確保するため適切な措置が取られることを確保するよう、政府に対し付加的な義務を課している。

12.執拗な賃貸料の不払い又は合理的な理由のない賃貸財産の損傷の場合のように、退去が正当化されうる場合があるとはいえ、それが規約に合致した法律によって保障された方法で行われかつ、影響を受けた人に対してすべての法的請求及び救済が利用できることを確保することは、関係当局の義務である。

13.懲罰措置としての強制退去及び住宅破壊もまた、規約の規範と合致しない。同様に、委員会は、強制退去行為に関連する限りで、文民の移送及び私有財産の破壊の禁止に関する1949年のジュネーブ条約及び1977年の追加議定書に掲げられた義務を注記する。

14.締約国は、いかなる退去、及び特に大きなグループにかかわるものを行う前に、武力の行使の必要性を回避し、又は少なくとも最小限にするために、影響を受ける人との協議においてすべての可能な代替手段が模索されることを確保しなければならない。退去命令によって影響を受ける人に対しては、法的救済又は手続が与えられなければならない。締約国はまた、すべての関係者が、影響を受けるいかなる私有財産及び不動産に対しても、十分な賠償を受ける権利を有するよう取り計らわなければならない。この点で、権利が侵害された人に対して「効果的な救済」を確保することを締約国に要求している、市民的及び政治的権利に関する国際規約第2条3項の規定及び、「救済措置が与えられる場合に」「執行する」「権限のある機関」の義務を想起することが適切である。

15.退去が正当化されると考えられる場合は、国際人権法の関連規定を厳格に遵守しかつ、合理性及び比例性の一般原則に従って行われるべきである。この点で、人の住居への干渉は「法律で定められた場合」にのみ行われうると述べた、市民的及び政治的権利に関する国際規約第17条に関する規約人権委員会の一般的意見16を想起することが特に適切である。委員会は、法律は「規約の規定、目的及び目標に従うべきであり、かついかなる場合でも、特定の状況において合理的であるべきである」という見解を示した。委員会はまた、「関連の立法は、かかる干渉が許容されうる性格な状況を詳細に具体化しなければならない」ことを示した。

16.適当な手続的保護及びデュー・プロセスはすべての人権の不可欠な側面でありが、両方の国際人権規約で認められた権利の多数に直接にかかわる強制退去のような事柄に関しては特に適切である。委員会は、強制退去に関連して適用される手続的保護は以下のものを含むと考える。(a)影響を受ける人との、真正な協議の機会、(b)退去予定日の以前の、影響を受けるすべての人に対する十分かつ合理的な通知、(c)提案されている退去に関する情報及び、あてはまる場合には、土地又は住居が使用される代替的目的に関する情報が、影響を受けるすべての人に対して合理的な期間内に利用に供されること、(d)人々のグループがかかわっている時には特に、政府官僚又はその代表が退去の間立会うこと、(e)退去を行うすべての人の身分が正しく明らかにされること、(f)影響を受ける人がその限りでないと同意する場合を除き、退去は、特別な悪天候のもとで又は夜間に行われないこと、(g)法的救済を与えること、並びに、(h)可能な場合には、裁判所から救済を求めるために必要としている人に対して法的扶助が与えられること。

17.退去は、個人をホームレスにし又は、他の人権侵害を受けやすい状態を結果としてもたらすべきはない。影響を受ける人が自分自身で供給することができない場合には、締約国は、場合に応じて、十分な代替的住居、生産的な土地への再定住又はアクセスを確保するため、利用可能な資源の最大限まで、あらゆる適当な措置を取らなければならない。

18.委員会は、締約国の領域内で国際機関によって出資されたさまざまな開発計画により、強制退去が生じる結果となっていることを認識している。この点で委員会は、とりわけ以下のように述べた一般的意見第2(1990)を想起する。「国際機関は例えば...規約の規定に反する個人もしくはグループの差別の促進もしくは強化、又はあらゆる適当な保護及び賠償なしの人の大規模な強制退去もしくは移住を伴う計画を慎重に避けるべきである。開発計画の各段階においては、規約に含まれる権利に正当な考慮が払われるべきことを確保するためのあらゆる努力がなされるべきである」。

19.世界銀行及び経済開発協力機構(OECD)のようないくつかの機関は、強制退去に関連した人間の困苦の規模を抑える観点から、再収容及び/又は再定住に関するガイドラインを採択している。かかる慣行は、ダム建設及びその他の大きなエネルギー・プロジェクトのような、大規模の開発プロジェクトにしばしば伴うものである。それが規約に含まれた義務を反映する限りにおいて、かかるガイドラインの十分な尊重は、国際機関自身及び規約の締約国双方の側に不可欠である。委員会はこの点で、「発展はすべての人権の享受を促進するものではあるが、発展が不十分であることは、国際的に認められた人権の剥奪を正当化するために援用されてはならない」という趣旨のウィーン宣言及び行動計画の宣言を想起する。

20.委員会の採択した報告のためのガイドラインに従い、締約国は、強制退去行為に直接に関連するさまざまな種類の情報を提供することを要求されている。これは、(a)「過去5年間に強制退去を受けた人の数及び、現在、恣意的な強制退去及びその他の何らかの種類の強制移住に対する法的な保護を欠く人の数」、(b)「保有の安全、強制退去からの保護に対する居住者の権利に関する立法」、(c)「あらゆる形態の強制退去を禁ずる立法」に関する情報を含む。

21.また、「特に、都市再生計画、再開発計画、用地改良、国際的イベントの準備(オリンピック及びその他のスポーツ競技、展示会、会議など)、「都市美化キャンペーン」などの際に、影響を受ける場所又はその近くに住む人々を強制退去から保護し又はその相互合意による再定住を保障するために取られた措置」についても、情報が求められている。しかしながら、委員会への報告の中で、必要な情報を含めた国は少ない。委員会は従って、かかる情報を受領することに対して委員会がおいている重要性を強調したい。

22.いくつかの締約国は、このような性格の情報はないと述べている。委員会は、関係政府によるにせよ委員会によるにせよ、十分な住居に対する権利の効果的な監視は、適当なデータの収集なしには不可能であることを想起し、すべての締約国に対し、必要なデータが収集されかつ、規約の下で提出される報告の中に反映されることを要請する。


‐訳:申 惠手(青山学院大学法学部助教授)‐


脚注を含む全文は、「『経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会』の一般的意見(二)」青山法学論集第40巻3・4合併号(1999年)を参照して下さい。

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