一般的意見第8(1997)
経済制裁と経済的、社会的及び文化的権利の尊重との関係(E/C.12/1997/8)
1.経済制裁は、国際的、地域的また一方的に、ますます頻度を増して課されるようになっている。この一般的意見の目的は、いかなる状況においても、かかる制裁は常に経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の規定を十分に考慮に入れるべきことを強調することである。委員会はいかなる意味でも、国連憲章第7章又はその他の適用ある国際法に従って適当な場合に制裁を課す必要性について疑問に付すものではない。しかし、人権に関する憲章の規定(第1条、第55条及び第56条)は、かかる場合においてもなお完全に適用があると考えられなければならない。
2.1990年代の間、安全保障理事会は、南アフリカ、イラク/クウェート、旧ユーゴスラビアの一部、ソマリア、リビア、リベリア、ハイチ、アンゴラ、ルワンダ及びスーダンに関連して、さまざまな種類及び期間の制裁を課してきた。経済的、社会的及び文化的権利の享受に対する制裁の影響は、規約の締約国−そのうちいくつかは定期的に報告している−がかかわる多くの事例において委員会の注意をひくところとなり、もって委員会に、この状況を慎重に検討する機会を与えることとなった。
3.制裁の影響は事例によりさまざまであるが、委員会は、制裁が常に、規約で認められた権利に対して劇的な影響をもつことを認識している。かくして、例えば、制裁はしばしば、食料、薬品及び衛生備品の配給に相当な混乱を生じさせ、食料の質及び清潔な飲料水の利用可能性を危機に陥らせ、基本的な保健及び教育制度の機能を深刻に妨げ、また、労働に対する権利を害する。加えて、制裁の意図せざる結果には、抑圧的エリートの権力の強大化、ほとんど常として闇市場の形成及び、それを管理する特権エリートの莫大な利益、人民一般に対する支配的エリートの支配の強化、及び、庇護を求め又は政治的反対を表明する機会の制限を含みうる。前文で言及された現象は本質的には政治的性質のものであるが、これらはまた、経済的、社会的及び文化的権利の享受にとって大きな付加的影響をもつ。
4.制裁を考えるにあたっては、国際法を遵守するよう説得するために国の支配的エリートに政治的及び経済的圧力をかけるという基本的目的と、その付随として被対象国の中で最も弱いグループに対して困苦をもたらすこととを区別することが不可欠である。その理由によって、安全保障理事会によって設定された制裁体制は現在、人道的目的で基本的な物資及びサービスの流れを許容するための人道的例外を含んでいる。これらの例外が被対象国において経済的、社会的及び文化的権利の基本的な尊重を確保することが、一般に想定されている。
5.しかしながら、制裁の影響を分析した最近の国連及びその他の多くの研究は、これらの例外はこの効果をもたないと結論している。さらに、例外はその範囲が非常に限定されている。例えば、それは初等教育へのアクセスの問題を扱っていないし、清潔な水、十分な健康ケアなどを供給するために不可欠なインフラストラクチャーの修理を援助してもいない。事務総長は1995年に、制裁が課される前にそれがもたらしうる影響を評価し、弱いグループに対する人道的援助の供給のための取り決めを促進する必要性を提言した。その翌年、グラサ・マシェル氏によって総会のために準備された、子どもへの武力紛争の影響に関する重要な研究は、「人道的例外は曖昧な傾向があり、恣意的かつ矛盾して解釈されている...遅延、混乱及び、不可欠な人道的物資の輸入要請の拒否が、資源の不足を生じさせている...[その効果は]不可避的に、貧者の上に最も重くのしかかる」。最も最近では、1997年10月の国連の報告書は、安全保障理事会によって設立されたさまざまな制裁委員会の下で設定された見直し手続は「依然扱いにくく、援助機関はなお、例外とされる備品の許可を得るにあたり困難に直面している...これらの委員会は、闇市場、不法取引及び腐敗という形の、業者及び政府のより大きな違反の問題を看過している」と結論している。
6.かくして、国別研究及び一般的研究双方の相当な集成をもとに、弱いグループに対する制裁の影響に対して不十分な注意しか払われていないことは明らかである。しかしながら、さまざまな理由により、これらの研究は、経済的、社会的及び文化的権利の享受にとって結果として起こる悪影響それ自体を具体的に検討してはいない。実際、すべてとは言わずともほとんどの場合においては、そうした結果は全く考慮に入れられていないか、あるいは、それに値するだけの真剣な検討を加えられていないかのいずれかであることが見て取れる。従って、この問題についての検討に、人権の側面を導入する必要がある。
7.委員会は、規約の規定は−その実質的にすべては、他の一連の人権条約及び世界人権宣言にも反映されているが−、国際平和と安全の考慮が制裁の賦課を正当化するという決定がなされたことのみによって、機能しない又は何らかの点で適用されないとみなすことはできないと考える。国際社会が、いかなる被対象国も市民の市民的及び政治的権利を尊重しなければならないと主張するのと同様に、当該国及び国際社会自身は、当該国の影響を受ける人々の経済的、社会的及び文化的権利の少なくとも核の部分を保護するよう、可能なあらゆることを行わなければならない(一般的意見第3(1990)、パラグラフ10も見よ)。
8.すべての国家のこの義務は、すべての人権の尊重を促進するという国連憲章における約束から生ずるものであるが、次のことすなわち、2カ国(中国及び米国)は批准していないとはいえ、安全保障理事会のすべての常任理事国は規約に署名しているということも、想起されるべきである。いずれの時点をとっても、非常任理事国のほとんどは規約の締約国である。これらの国家はそれぞれ、規約第2条1項に従い、「...すべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な資源[手段]を最大限に用いることにより、個々に又は国際的な援助及び協力、特に、経済上及び技術上の援助及び協力を通じて、措置[行動]を取る」義務を負っている。影響を受ける国が締約国でもある場合には、関連義務を尊重し及び考慮することは、他の国家に二重にかかる義務である。制裁が、規約の締約国でない国に課される限りにおいても、例えば、子どもの権利条約のほぼ普遍的な批准及び世界人権宣言の地位によって示されているように、弱いグループの経済的、社会的及び文化的権利は一般国際法の一部としての地位を有していることからすれば、同じ原則がいずれにしてもあてはまるであろう。
9.委員会は、制裁を課すか課さないかの決定に関しては何の役割も果たすものではないが、すべての締約国による規約の遵守を監視する責任は負っている。締約国が規約の下での義務を果たす能力を害する措置が取られる時には、制裁の条件及びそれが実施される方法は、委員会にとって適切な関心事項となる。
10.委員会は、以上の考慮から、二つの組の義務が導かれると信ずる。第一の組は、影響を受ける国に関連する。制裁の賦課は、いかなる点でも、当該締約国の関連義務を無効にし又は減ずるものではない。他の比較しうる状況と同じく、これらの義務は、特別の困窮時にはより大きな実際的重要性をもつ。従って委員会は、関係国がその管轄内に生活しているそれぞれの個人の経済的、社会的及び文化的権利に対し可能な最大限の保護を与えるために、どれだけ「利用可能な資源を最大限に用いて」措置を取ったかを、非常に慎重に審査することを求められている。制裁は不可避的に、影響を受ける国が必要な措置のいくつかに出資し又はそれを支持する能力を減ずるであろうが、当該国は、これらの権利の享受に関して、差別がないことを確保しかつ、社会の中の弱いグループの権利に対するネガティブな影響を最小限にするために、他国及び国際社会との交渉を含めあらゆる可能な措置を取る義務を依然として負っている。
11.第二の組の義務は、国際社会にせよ、国際もしくは地域機構にせよ、国家もしくは国家グループにせよ、制裁の賦課、維持又は実施に責任をもつ当事者に関連する。この点で、委員会は、経済的、社会的及び文化的人権の承認から論理的に導かれる3つの結論があると考える。
12.第一に、適当な制裁体制を作成する際には、これらの権利が十分に考慮に入れられなければならない。この点でいかなる特定の措置を支持することなく、委員会は、制裁の盈虚を予測し追跡するための国連体制の創設を求めること、人権尊重に基づいた、より透明性のある合意原則及び手続の策定、より広範囲の例外物資及びサービスの認定、必要な例外を決定する、合意された技術的機関の認可、より財源のある一連の制裁委員会の創設、国際社会がその行動を変えたいと希望している者[=訳注:制裁の対象国の指導者]の脆弱性をより正確に標的とすること、全般的により大きな柔軟性の導入、などの提案を注記する。
13.第二に、効果的な監視は、規約の規定の下で常に要求されるものであり、制裁が効力をもつ期間を通して行われるべきである。外部の当事者が(憲章第7章の下でにせよ、その他によるにせよ)ある国の状況に対して部分的であっても責任を負うときには、その当事者はまた、不可避的に、影響を受ける人民の経済的、社会的及び文化的権利を保護するためにその権限内であらゆることを行う責任をも負う。
14.第三に、外部の主体は、標的となった国の中で弱いグループが被るいかなる不均衡な困苦にも対応するため、「個々に又は国際的な援助及び協力、特に、経済上及び技術上の援助及び協力を通じて、措置を取る」義務を負っている。
15.制裁がその目的を達するべきならば、それはほとんどその定義上、経済的、社会的及び文化的権利の重大な侵害を結果としてもたらさなければならないとの批判を想定して、委員会は、「子どもの困苦を減じ又はその他の逆効果を最小限にするための決定は、制裁の政策目的を害することなく取られうる」という趣旨の、重要な国連の研究の結論を注記する。このことは、すべての弱いグループの状況に等しくあてはまる。
16.この一般的意見を採択するにあたっての委員会の唯一の目的は、ある国の住民は、その指導者が国際平和と安全に関する規範に違反したという決定によってその基本的な経済的、社会的及び文化的権利を剥奪されないという事実に注意をひくことである。目的は、かかる指導者に支持又は励ましを与えることでも、国連憲章の規定及び一般国際法の尊重を執行することについての国際社会の正当な利益を侵害することでもない。目的はむしろ、ある種の不法[=訳注:制裁を招く原因となった国際法違反]は、かかる集団的行動の基礎となりかつそれに正当性を与える基本的権利に注意を払わないという別の不法[=訳注:対象国の一般住民の基本的権利の侵害]によって対応されるべきではないと主張することである。
‐訳:申 惠手(青山学院大学法学部助教授)‐
脚注を含む全文は、「『経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会』の一般的意見(二)」青山法学論集第40巻3・4合併号(1999年)を参照して下さい。
‐無断転用を禁ず‐